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第二十三話:移動する村②

 そのカメ型ロボットの要塞は、高さが五百メートル、横幅が一キロ、奥行きが一・五キロあった。丸っこいつくりの体は緑色のコケで覆われている。甲羅の部分には透明な板が敷き詰められている。

 時速二十キロのスピードでこちらへ歩いてくる。巨体が進むたびに大きな波をつくり砂浜に押し寄せる。頭が砂浜に到達した頃足を止めた。そしてカメが口を開けると、中から舌を模した長い金属の板が伸びてきて地面に下ろされた。それは緩やかな坂となり、車一台が余裕で登れそうだ。

 喧嘩をしていたユキとレッカーだったが、さすがに驚いた様子で要塞を見上げていた。

 マオは、あまりのロボットの迫力に、レッカーの中に戻ってお姉ちゃんの手を握っていた。

 間髪入れずに、今度はカメの口から一台のジープが現れた。迷彩色をしているがあちこち塗装がはげている。ジープはレッカーのすぐ前に停まった。

 助手席から一人の老人が出てきた。歳は七十歳くらい。白い口ひげをたっぷりたくわえていて、赤や青色の花柄のシャツを着ている。頭頂部には髪の毛はない。もしサンタクロースの服装をしたらとても似合いそうだ。老人はお年寄りらしくない軽やかな足取りでレッカーの運転席の下までやってきた。

「ユキさんはあなたですか?」

 彼は渋くて心地よい声をしている。

「はい、資材を搬入しに来ました」

 ユキは開けっ放しにしているウインドーから顔を出して答える。

「お待ちしていました。私はこの村の村長をしております。よろしくお願いします」

 村長は頭を下げる。はげた頭が光を反射してキラッと光る。

「こちらこそ、わたしを使っていただいてありがとうございます。今後もよろしくお願いします」

 ユキはドアを開けて外に飛び降りると、ペコっと頭を下げる。

「外は暑いですから、中へ入りましょう。よろしければ、ゆっくりとくつろいでください。あと、ここの村は初めてでしょうから、落ち着いたら一通りご案内します」

 そう言うと、村長と名乗った老人は自分の車へ戻っていった。カメの体内までは車で入るらしい。ジープはUターンして金属の板を登っていく。

 ユキもレッカーに乗りこんでギアを変えてアクセルをふかす。そして村長のあとをついていく。

 口の中へ入ってトンネルの中、つまりカメの喉を通り抜けると、その先は明るかった。そこには、人々の居住空間が広がっていた。木でできた平屋がほとんどすき間なく建てられている。家々は車が一台通れそうなコンクリートの道路にそって建ち並び、その道路は一キロ四方のこの敷地の中心部から放射線状にいくつものびている。

 ジープとレッカーは時速三十キロで道路を進んでいく。途中、道路で遊ぶ子どもたちを見かけた。子どもたちはレッカーが珍しいらしく、走って追いかけてくる。だが、そのうち疲れたのかいつの間にか姿が消えていた。

 やがて、敷地の中心部に着いた。そこには円形の集会場があった。円の中心には演説をするための台が置かれている。五百人くらいは集まれそうなほど広い。

 集会場の隅に、トラックも入れそうなほど大きな四角い物体がある。それは天井から床を貫いている。ジープはそこの前で停まり、村長が出てくる。そしてレッカーに近づいてきた。

「この辺に資材を置いておいてください。これはエレベーターです。ここから資材を搬入します。安心してください。あとで、村の若い者たちが運んでおいてくれますから」

 分かりましたと答え、ユキはレッカーにクレーンで資材を下ろすよう言った。レッカーは何も言わず、淡々と十分ほどかけて全ての資材を下ろす。

「お疲れさまでした。休憩しましょう。私の家に招待します。クレーン車は私の家の前に停めていただいて構いません」

 そうして、村長はまたジープに乗った。

 ユキたちは、彼のお言葉に甘えることにした。


 ふかふかなソファが二人の疲れを癒す。

「どうぞ」と言ってユキにお茶を、マオにはぶどうジュースを出したのは、メイドロボットだった。人工的な無表情の顔をしている。

「どうも」とユキは受け取り、飲んでも仕方ないのだがマナーのために一口だけ飲んだ。

 マオはのどが渇いていたから、あっという間にコップを空にしてしまった。

 二人が通されたのはリビングだった。大人が十人ほど余裕で座れそうな広さで、クーラーは動いていない。その代わり窓が開いていて、涼しい風が入って来る。

 どうしてロボットの中で風が吹いているのか尋ねると、

「換気のためですよ。外の空気をプロペラで内部に取り入れているのです。内部が涼しいのは、ロボットにコケを植え付けてあるからです。そうすると暑さがいくらか解消されるのです」

 村長は、ユキとマオの反対側にあるソファに腰かけた。そしてテーブルに出された熱い緑茶を一口飲んだ。

「私は冷たい飲み物を飲むとすぐお腹を壊してしまうんでね、見ていて暑苦しいと思いますがお許しください」

 村長は苦笑する。

「いえ、マオ……この子はそんなことは気にしませんし、わたしもロボットですから問題ありません」

 ユキはニコニコと営業スマイルを浮かべる。街や村の代表と仲良くなっておくことは、今後も仕事をお願いされることもあるかもしれないから大事なことである。

「おや、あなたはロボットでしたか。へえ、見た目では分からないものですな」

 村長は、まじまじとユキを舐めるように見る。

「よく言われます」

 村長の視線が気になりながらも、ユキは笑顔で答える。

「こんな可愛いロボットなら、手元に一人置いておきたいですなぁ。二人目のメイドとして働いてもらいたいくらいですよ」

 ハッハッハと村長は高らかに笑った。「まあ冗談ですがね」と付け足す。

「ねえねえ、あたしは?」

 マオが身を乗り出して自分を指さす。

「ん、マオちゃんは、私の下で一緒に暮らしてほしいですね。この歳になると、無性に子どもと触れあいたくなるのです。良かったら私のひざに座りませんか?」

 村長はひざを軽く叩いて綺麗にすると、両手を広げてマオを迎え入れる用意を整える。

「いいよー」

 そう言って、マオは立ち上がってローテーブルの向こう側へ行き、村長のひざに座った。

「おお、温かい。この子は人間ですな。子どもをひざに乗せるなんて何年ぶりでしょうか。可愛い。息子が幼かった時を思い出します」

 村長は満足げな表情を浮かべている。

「息子さんがいらっしゃるんですか?」

 ユキが尋ねる。

「はい、同居はしていますがすっかり大人になって今は畑で働いています」

 マオの頭をなでながら村長は答える。

「畑……。この中に畑があるんですか?」

「ええ、居住区の下の階に畑やハウスがあって、色々な野菜を育てています。息子は管理者見習いとして頑張っております」

「そうですか。それはぜひ見てみたいものですね」

「もちろんです。ただ、それは明日にしましょう。今日は疲れていると思うのでここに泊まっていってください。おっと、その前にお昼を食べましょう。メイドにつくらせます」

「すみません、お世話になってしまって」

「いいのです。お客さんを大事にすることが、やがてこの村の発展につながっていくかもしれませんから」

 村長はキッチンに立っているメイドに、ご飯をつくるよう言った。そして「マオちゃんに何か嫌いな食べ物はありますか?」とユキに尋ねる。

「いえ、何でも食べるので問題ありません」

 クスッとユキは微笑む。

「そうですか。それは食べさせてあげるのが楽しみですな」

 村長はフフッと笑う。

「ん、それはどういうことですか」

 ユキは少し眉をひそめる。

「この子に私が食べさせてあげたいのです。可愛いのでやってみたくて」

 ハハハ、と村長は苦笑する。

「あの……マオは一人でも食べられますし……」

 ユキは急にマオを手元に戻したくなってきた。

「ああ、そうですよね。いやー、それは失礼した」

 彼はもう一度マオの頭をなでた。

3へ続きます。

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