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第二話:石ころのように②

 ちょっと待ってー、とマオは店主のおじさんを追いかけていく。ユキはあわてて止める。

「何やってるのよ。お店の人がいなくなったんだから、もうあきらめた方がいいわ」

「いやだ! 気に入ったんだもん。絶対買うの」手をふりほどいて走っていく。信じられないほど速いスピードだ。まさか、このままサーカスを見るという展開になるのだろうか。冗談じゃない。ただでさえお金を出費しているというのに、これ以上ムダ金を払いたくない。一応財布の中身を確かめつつ、マオの背中を見失わないようにする。

 街の中心部に、そのテントが立っていた。円形の丸いテントで、『ジュエリーサーカス団』という看板が掲げられている。

 まだ開演時間には早いらしく、入口に長い行列が出来ていた。その最後尾にマオの姿があった。

「だから、何やってるの。わたしにはそんな金なんて――」

「おお、お嬢さんも来たのか」

 ユキはマオの襟首をつかみながら一つ前に並んでいる人の顔を見る。その人は先ほどの店のおじさんだった。

「いえ、この子を取り戻しに来たんです。お騒がせしました。それでは……」

 そうだ、とおじさんがポンと手を打った。「この子はさっき俺の店でライオンのぬいぐるみを欲しがっていたな」

「はい、そうですけど……」何だ、何が言いたいのだろう。

「俺の勝手で買ってあげられなかったんだ。良かったら、サーカスが終わるまでここで時間をつぶしていかないか? もちろん、お金は俺が払うよ。買い物はその後ってことでどうだい?」

 ユキは口をポカーンと開けた。だがすぐにフフッとほほ笑む。これは願ってもないチャンスだ。お金を払わなくてもいいということに惹かれない彼女ではない。マオの欲を満たしてやれる。もしかしたら、サーカスを楽しんで、買い物をすることがうやむやになってくれるかもしれない。上手くごまかして街を離れることにしよう。取引成立だ。

「それじゃ、お願いします」頭を下げたユキの表情がもし見えたとしたら、きっとおじさんは不審に思っただろう。不敵な笑みを浮かべた顔など見せられない。

「やったー!」マオのむじゃきに喜ぶ姿が痛ましく見える。

 三人は一列に並び、受付が始まるのをそれぞれの思惑の下、心待ちにした。


 ピエロとジャージを着たお姉さんの受付を通って、床まで垂れる幕をくぐると、中は薄暗かった。鉄製の階段を上ると、観客席の後ろ側に出た。明るく照らされたステージから距離が近く感じ、客との一体感を楽しめそうな雰囲気だ。

 すでに前の席は人々の頭で占められていた。ユキたちは真ん中あたりの席に腰を下ろす。長いパイプ椅子だ。人が五人ほど座れる。

 まだ開演していないので、ステージは閑散としている。だが、後十分くらいで華やかな場所へと変貌するのだろう。

 ママあれ買ってー、という男の子の声が前の方から聞こえる。見ると、ダンサーのようなキレのある服を着た女性がかごを持ち、親子の前で立ち止まっていた。どうやら、始まる前に客席を周ってグッズの販売を行っているらしい。

 ちらっとマオの様子をうかがった。目をキラキラさせ、お姉さんが近くまで来ないかとうずうずしているのが傍目でも分かる。首を伸ばして体をそわそわさせて待っている。うっとユキはたじろいたが、ある考えが浮かんだ。

 ここでライオンのぬいぐるみよりも安い物を買っておけば、マオとの約束は果たせることになるではないか。たとえギャアギャアと文句を言ってきても知ったことではない。契約通りに従ったまでだ。ユキに責任はない。

 ありがとねー、とお姉さんが手をふってこちらに歩いてくる。ここだけでしか売ってないよ~。笑顔をふりまいている。

「はいはい、こっちこっち!」

 ユキも笑顔を見せ、手招きする。右手を上げかけていたマオは、「えっ」とすっとんきょうな声を出す。

「この子が何か欲しいと言っていて……。どんな物を売っているんですか」

 こちらです~。かごをマオの近くまで持ってきて、中を見せてくれた。ライオンやピエロのピンバッジ、塗り絵セットなど、種類が豊富だ。どれもおじさんの店よりも安い。どれを選んでも問題はなさそうだ。

「買ってくれるの?」マオは不安そうに見てくる。いつもと違う空気を感じているからか、ひたいにしわを寄せている。

「ええ、いいわよ。好きなのを一つ選んで」

 頭に手を置いてやると、一気に顔が明るくなった。血の気が増している。品物を手に取って一つ一つ見ては、少し乱雑に戻していく。それをお姉さんが整える。

「ふむふむ……」

 マオの横に座っているおじさんが、かごの中をのぞきこんできた。似たような商売をしているので、品ぞろえや値段の付け方が気になるのかもしれない。一緒になって売り物を漁りだす。

「決めた!」

 ユキのひざの上に乗って品定めをしていたマオが、ふり返ってニコッと笑った。手にはデフォルメされたシマウマのフィギュアが握られている。

「……シマウマがサーカスに出るんですか?」ユキがそう尋ねると、

「はい、他にもライオンやキリンも登場しますよ! 楽しみにしていてくださいね~」

 そう、と値段を確かめる。ライオンのぬいぐるみの三分の一ほどだった。これはいい節約だ。

「分かったわ。お金あげるから、お姉さんに渡して」

 はい! カレーの店のおばさんのように威勢がいい。さぞ気分がいいことだろう。後でめいいっぱい働いてもらわないと。

 マオは商品を受け取ると、自分のにおいをつけるかのようになで回し始めた。

 これで問題ない。後は、ゆっくりとサーカスを楽しむだけ。

 ユキは一息ついて、背もたれに体を預けた。


『お待たせしました! これからジュエリーサーカスの開演です。私は代表のジュエリーです。「お客様の笑顔が宝物」これをモットーに、今まで活動してきました。これからも、皆さんに大いに楽しんでもらえるようがんばっていきますので、応援よろしくお願いします!』

 ステージの両脇に置いてあるスタンド式のスピーカーから、男性の声であいさつがあった。おそらく団長だろう。

 照明がゆっくりと消えていき、やがて真っ暗になった。

『それでは、レッツ・ショータイム!』

 ステージが一気に明るく照らされた。観客は一瞬目を細める。

 軽快なマーチが会場に響きだす。それと同時に、ステージの奥からピエロの男が飛び出してきた。

「ホッ!」

 バック転しながらステージ中央までやって来た。見事着地に成功したピエロに、観客から早速大きな拍手が起きる。

 ピエロは、どうもどうもと言うように色んな角度へ手をふる。

『さて、このピエロはとても貧乏です。いつもお金に困っていて、途方に暮れています。今日もお腹が空いて道をしょんぼりと歩いていました。そんな時――』

 女性のナレーションに合わせて、ピエロが泣きべそをかいたり、体の力が抜けたような歩き方をしたりしている。大げさな振舞いなので、くすっとあちこちで笑いが起こる。

『おや、向こうからキラキラしたバッグを持った人がやって来ましたよ。どうやらお金持ちのようです。大事そうに抱えていますねぇ』

 舞踏会に行くような煌びやかなかっこうをした女性が、小走りで通り過ぎようとする。しかし、ピエロがその前に両腕を広げて立ちはだかった。女性は不安な表情を見せる。

『あ、ピエロがバッグを奪い取ってしまいました! スタコラサッサと逃げていきます。追いかけますが、足が速いので捕まりません』

 二人がステージの裏へと駆けていく。すぐにピエロが軽い足取りでスキップを踏みながら現れた。

『ピエロは逃げ切る事が出来ました。早速、中身を確かめます』

 ピエロはバッグの中をまさぐると、丸い物を取り出した。それはパンだった。嬉しそうに跳ねまわると、お客に背を向け、食べ始めた。それは模型で、本当に食べているわけではないということは、大人には分かっている。

 次に取り出したのは、煌びやかな石だ。青色に輝いている。子どものこぶしほどの大きさだ。

「あれ、もしかして宝石じゃないかしら」

 ユキが急に身を乗り出した。あの大きさだと、このサーカス団を買い取ることが出来るくらいの値段になりそうだ。マオとおじさんは見入っていて、話は聞こえていないようだ。

 ピエロは、次々と宝石を出していく。取り出しては床に並べていく。

 そして、バッグの中は空になったらしい。口を開いた方を下にして振って見せる。

 この時点で、観客の間では、あの石は完全に宝石であると広まっていた。ピエロの動きがちょっとでも乱れたらステージに押し寄せてくるように感じられる。

 欲望に支配された大人たちと、ただ目の前に起きていることを楽しんでいる子どもたち。思いはそれぞれ異なる位置にあった。

 床に並べた宝石は全部で六つ。すると、ピエロは三つ拾い上げてジャグリングを始めた。表情は子どもたちと同じようににこやかだ。もちろん、大人たちとユキは固唾を飲んで見守っている。

『さて、ここで元気な子どもたちにお願いがあるよ~。ピエロのお兄さんを手伝ってほしいんだ。仕事はかんたん。石を持ってお兄さんに渡してあげるだけ。やってくれた人には、一個好きなのをあげるよ。誰か一人来てくれないかな?』

 どよめきが起きた。大人同士のグループは悔しがり、また「連れてくれば良かった~」と言う人もいる。

「手、挙げなさい。早く!」

 ユキはマオのひじを押し上げる。他の子ども連れの親も同じことをやっている。

 ピエロはそれらをあざ笑うかのような表情を浮かべながらジャグリングを続ける。そして手を止めると、男の子を指さした。さっき母親にねだっていた子だ。皆が恨めしそうに見つめている。

 ステージに上がると、男の子は一個拾い上げた。それをまじまじと観察する。初めての感触に何とも言えない顔をしている。

『さあ、ピエロにその石を投げて渡してあげましょう』

 ピエロは再びジャグリングを始めた。男の子が渡しやすそうに、少しひざを曲げて姿勢を低くする。

 男の子は野球をやるのが好きだ。だから、ピッチャーが投げる時のフォームをとる。「下から、下から!」とピエロは小声で訴える。会場が笑いに包まれた。

 間違えた、と男の子は、赤色に光る石を投げ渡した。手際良く受け取ったピエロがそれを一緒にジャグリングする。拍手と歓声が起きる。

 二人はこれを続け、結果ピエロは六つ全てを回すことに成功した。一層盛り上がる。

「ありがとう。お礼だよ」

 ジャグリングを終了して手の中に収めた彼は、その中から一個を男の子にプレゼントした。よく価値が分かっていないので、ただの光る石をもらって首をかしげている。

『勇気を持ってステージに上がってくれた彼に拍手!』

 ヒューヒューと口笛が鳴り響く中を、彼は自分の席に戻った。全員の視線が握られている石に集中している。母親が手袋をはめて、なめまわすように調べる。

「え?」

 母親はひたいにしわをつくった。父親が、どうしたと尋ねる。

「これ、ガラスだわ……。宝石じゃない」

 その言葉に、会場が安堵と笑いに包まれる。床に投げ捨てようとした母親だが、記念なので一応バッグに仕舞った。

 ピエロは、床に並べ直した石を一個ずつ拾っては調べる。そしてがくっとうなだれた。

『何と、ピエロが盗んだ宝石は、ただのガラス玉だったのです。上手い話はないものですねぇ』

 ピエロはしょんぼりしたままステージの奥へ消えていった。そして観客席から拍手が起きる。

3へ続きます。

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