第二十二話:宇宙人のお家②
暑いので、良かったらぼくの住んでいる家に寄ってください。少年はそう言った。
マオは賛成した。ちょうど日差しがまぶしすぎると思っていたところだ。甘いジュースでも飲みたい。ジュースの一本や二本くらい用意されているだろう。
行く行く、とはしゃぎだしたマオを見てユキは苦笑する。自称宇宙人という少年を信用しようか否か迷うが、落ち着いた声のトーンやマオに服を着せてあげる紳士さは評価に値する。せっかく招待してくれるというのだ。ここは彼の想いを尊重するべきじゃないだろうか。それに、飲み物やおやつをごちそうになれば、そのぶんお金が浮くというものだ。
「それじゃ、お邪魔することにするわ」
人に誘われてもらえるものはもらっておきたいユキは、初対面の人とでも仲良くなれる綺麗な微笑を浮かべ、手を差し出す。
「どうぞ、ゆっくりしていってください」
少年はユキの手を握り返した。ヘルメットの中の顔は、その笑顔を見て赤く染まっていた。
歩いて茂みの中を進んだ方が早いんですけどね。少年はそう言った。
「でも、クレーン車は連れていかなくちゃいけませんから。あなたたちの家族なのでしょう?」
ユキとマオはレッカーに乗りこみ、二人の席の間に少年が座った。興味深げに車内を見回している。大きなヘルメットが細い首でくるくると動く。
森の中の道は途中で三つに分かれていた。少年は、「いちばん左の道に進んでください」と言った。レッカーはその通りに徐行しながら進む。
少年は車内にいても宇宙服を脱ごうとしない。レッカーは冷房を入れていて、脱いだ方が絶対涼しいのに、一向にその気配を示さない。
まあ、彼がそれをずっと着続けるのは彼の勝手なのだが、その姿を見ているとこちらまで暑苦しくなる。自分がそれを着ていると考えるだけで、気分が悪くなる。マオはもちろんそう感じていたし、ロボットのユキもオーバーヒートを起こしそうになる。早い所、彼のその姿になれておく必要がある。
やがて、「停まってください」と少年はレッカーに言った。そこには、一軒の平屋が建っていた。灰色の土壁で出来ていて、屋根は青色だ。家の隣には畑がある。玄関の横には、赤色の自転車と青色の自転車が一台ずつ停められている。
レッカーが停車すると、マオはよどんだ車内の空気から逃れるように外へ飛びだした。深呼吸し、新鮮な空気を体の中に入れる。
ユキも降りて、次に降りてくる少年に手を貸そうと腕を伸ばす。
だが、少年は彼女を無視し、勢いよく飛び降りた。ガッチャンと、重武装のロボットが落ちたような音がした。
「ぼくは子どもじゃないんです。気持ちはうれしいですが、きちんと大人として扱ってください」
ただ手を貸そうとしただけなのに、子どもとして見られるのが嫌なのか、不機嫌な声でそう言われた。
ガチャンガチャンと足音をたてて歩いていくと、少年は玄関のドアを開けた。そしてこちらを向く。
「どうぞ、入ってください」
ユキはつま先でトントンと軽く地面を叩いて靴底の汚れを取り、「お邪魔します」と家の中に入った。
マオは特に何も言わずにお姉ちゃんのすぐあとに入る。
そして、最後に少年は一度辺りを見回し、ゆっくりとドアを閉めた。
レッカーは、エンジンを切って眠りについた。
十歳くらいの少年が一人で住んでいるにしては、比較的生活用具が一通りそろっているという印象だ。一つ一つの家電や道具はそれほど値段が高くは見えないが、生きていくには十分使えるだろう。
玄関を入っても靴を脱ぐ所はなく、そのまま上がっても大丈夫なようだ。目の前はすぐリビングで、テレビやソファが置かれている。部屋の隅には小さいながらもキッチンがあり、遠目で見る限り調理器具は必要最低限の物はそろっているらしい。
少年はソファに座るように二人を促した。お言葉に甘えて、遊びで疲れた体をソファに預ける。
南向きの窓から直射日光が入ってくる。それは窓のすぐ下辺りの床を照らし、じりじりと焼けてしまうかと思うほど明るい。窓は、南側と北側にそれぞれ一枚ずつあり、それらは全開になっていて、風が入ってくる。ただ、空気は暑くてじめじめしている。お世辞にも爽やかで気持ちいいとは言えなかった。
「暑いでしょう、今扇風機つけますね」
少年はソファの近くに置かれた扇風機のスイッチを入れた。ギーギ―とうなるような音がし、壊れないか不安だが、とりあえず涼しい風が送られてくる。
「うわー、扇風機だ!」
レッカーのクーラーしか体験したことのないマオは、羽を回転させて風を送る原始的な家電が珍しい。彼女はすぐ近くまで行って、風を全身で浴びる。
「扇風機が珍しいんですか? じゃあ、これはやったことがないですよね」
そう言うと少年はヘルメットを外し、口を羽に近づけた。そして――
「アーー」
声が風で振動し、変な風に聞こえる。
「すごいすごいー! ねえねえ、どうして変な声になるの?」
マオは少年のすぐ横で、同じことをする。
「アーー」
マオの声が、まるでヘリウムガスを吸った時のように変わる。
「面白いー!」
そして、マオと少年は二人仲良く扇風機で遊び始めた。
その遊びに飽きてくると、少年は「飲み物入れるの忘れてました」と、キッチンへ向かった。ヘルメットは外したままだ。
これは、指摘したほうがいいのか。ユキはさっきからずっとそう思っていた。だから、少年が冷たいりんごジュースを持ってきた時、思い切って聞いてみた。
「ねえ、あなた本当は宇宙人ではないの?」
すると少年は、
「当たり前じゃないですか。宇宙人がどうしてこんな宇宙服を着ているんですか」
あっさりと認めてしまった。
「でも、さっきはかたくなに自分のことを宇宙人だって言ってたわよね」
ユキは、せっかく注いでくれたジュースを無駄にするのはもったいないと思いつつも、それを一口飲んだ。
「外では、ぼくは宇宙人だということにしています。万が一、あの子にぼくの顔を見られたら困りますから」
少年は、テレビの横に置かれている写真立てを指さした。そこには、全身宇宙服の子どもと、この星の少女が一人写っている。少女は地味な服装をしているが、可愛らしい笑顔を浮かべている。二人は横に並んで仲良く手を握っていた。
「あの子は、サイーナといいます。この家で一緒に住んでいます。ぼくの大好きな子です。そして、ぼくのことを本気で宇宙人だと思っています」
3へ続きます。




