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第二十二話:宇宙人のお家①

 それは、とても暑い夏のことであった。

 気温は三十度以上、湿度が七十パーセントを超しているものだから、ただ外に立っているだけで汗ばんでくる。しかも、雲一つない空は日光を隠してくれず、肌をじりじりと焼く。

 深緑の森の奥に、直径十メートルくらいの池がある。そこには山で生まれた新鮮な地下水が底から湧いている。だから、半透明で冷たい。

 その池で、マオは水浴びをしていた。どうせ誰も来ないからと、服は全部脱いで岸に固めて置いてある。水着なんて持っていない。

 岸から一メートルくらいは子どもでも十分足が届き、安心して遊んでいられる。マオはそこで泳ぎの練習をしていた。今はクロールを練習中である。足や腕はそこそこ上手に動かせて前に進むようになったが、息つぎが難しい。顔を横に向けて息を吸おうとすると、バランスを崩して沈んでしまう。どうしても上手くいかない。

「ぷはあ!」

 マオはザバッと立ち上がった。胸を大きく上下させて息を整える。

「うん、泳ぎは上手くなったわね」

 岸でしゃがみこんでユキは励ます。

「そんなことないよー。息が全然吸えないもん。苦しくてすぐに疲れちゃう」

 マオは今の自分に全然納得していなく、口を尖らせた。

「マオと同い年の子と比べれば、上手な方よ」

 あくまでも、ユキはマオをほめていくスタイルである。

「あー、もう練習はやめた!」

 そう言ってマオは、自分の足元の水をかきあげてぱしゃぱしゃと遊び始めた。

「あらら、もう練習やめるの」

 ユキはクスッと笑う。さすが、マオは飽きっぽい。それは何をしていても変わらないようだ。

 すると、突然マオが両手に水をすくってユキにかけた。

 ユキは頭から水を被り、髪の毛だけではなく作業服までびしょ濡れになった。

 驚いた顔で、自らの体が濡れたことを確認するユキ。肌に服がべっとりと貼りつく。

 今日はただ傍観しているつもりだったが、こうなったら仕方ない。どうせ、この暑さで機械の体がオーバーヒートしそうなのをどうにかしようと思っていた所なのだ。ユキは乱暴に服を全部脱ぐと、ジャンプしてお尻からマオのすぐ近くに飛びこんだ。重いロボットの体だから、派手に水しぶきをたてた。

「うひゃっ!」

 マオは真正面から水を浴び、その水圧でよろけて尻もちをつく。

「仕返しは倍にしないとね」

 ユキはいたずらっ子のようにニヤッと笑う。そして立ち上がってマオに手を貸して立たせてやる。

「なんてことを!」

 マオはやり返されて不満なのか、ぷくっとほっぺたをふくらませた。すばやくユキの後ろに回りこみ、ひざの裏にタックルする。

 ユキは両ひざが崩れ落ち、そしてそのまま顔やお腹を思いっ切り水面に叩きつける。ばっしゃーん、と大きくて気持ちいい水しぶきがあがった。

 ユキはよろよろと立ち上がった。顔に張りついた髪の毛をかきあげ、もう一度マオに水をぶっかける。

 水遊びをするそんな二人を、岸から二メートルくらい離れたところからレッカーは眺めていた。まるで二人の保護者のような眼差しだ。

 密度の高い木々に囲まれた、誰も来ないような池でたわむれる二人の姉妹……。下界に降りてきて水浴びをする天使みたいに可愛くて美しい。何より、二人が笑顔で水をかけあっているのがほほ笑ましい。

 クレーン車である自分が残念だ。本当は二人と一緒に遊びたいけれど、まさか池に飛びこむわけにもいくまい。

 今度生まれ変わったら人型ロボットになりたい。レッカーはそう思った。

 そのあとしばらく、二人は水浴びを楽しんだ。


 服を着て、そろそろ出発しようかと二人と一台で話していた時、妙な人が姿を現した。

 茂みの中から、十歳くらいの少年の顔をした人間がやってきた。短い黒髪で、パンの裏側のようにこげた肌をしている。それだけなら特に違和感はないが、彼の格好がおかしかった。子どもサイズだが、宇宙服を着ている。大きなヘルメットに頑丈そうなスーツだ。ただ、今はヘルメットを脇に抱えている。

 少年は額から絶えず流れる汗を腕で拭うと、ヘルメットを地面に置いて池の水をすくい、顔を洗い始めた。頭にも水をかける。ぷるると犬のように頭をふって水滴を飛ばした。そして、再びグローブをした手で水をすくい、口に運んでのどを鳴らして飲んだ。三回ほど水分補給する。「ぷはあ」と生き返ったような表情をする。

 そんな少年に、二人と一台はじいっと見入っていた。ユキはすでに服を着ていたが、マオは上半身裸だった。まるで石像のように、二人とも手を止めたまま動かない。レッカーも、そっとエンジンを切る。

 少年はもう一度顔を洗うと、ヘルメットを抱えて立ち上がった。

「………………」

 ユキたちに気づくのに、そう時間はかからなかった。彼は体を硬直させたが、すぐに慌ててヘルメットを被る。ヘルメットの透明なプラスチックの部分はマジックミラーになっていて、外側からは何も見えなくなっている。

「……見ていましたか?」

 少年が重そうにガッチャガッチャと宇宙服を揺らして近づいてきた。彼の声は、見た目よりも高かった。まだ幼げが残っている感じだ。

「いえ、見ていないわ」

 ユキはとっさにうそをつく。

 少年は疑うようにユキの顔をじろじろ見た。ユキはロボットだから、当然ながら表情を隠すことはいくらでもできる。

「そうですか。それならいいです」

 少年は、ホッと胸をなでおろした。

 こんな深い森の中でどうして宇宙服なんか着ているのだろう。ユキとレッカーは首をかしげる。何か深い理由がありそうだ。

「……その宇宙服は、お父さんかお母さんに買ってもらったの?」

 言葉を慎重に選んでユキは尋ねる。

「え、は、はい。お父さんに買ってもらいました。けっこう高かったらしいです」

 少年は声が震えている。

「ねえねえ、暑くないの?」

 今度はマオが訊く。

「暑いです。でも、脱ぐわけにはいかないんです」

 震えた彼の声の中に、強い決意がうかがえる。

「どうして? 熱中症になってしまうわ」

 ユキはヘルメットを触ろうとする。

「ダメです! これを取ったら息ができなくなってしまいます」

 少年は声を荒らげて彼女の手を払いのける。

 いや、明らかにさっきヘルメットを取って水を飲んでいたのだが……。ユキとレッカーはそれを彼に言ってしまいそうになるが、何とか抑える。

 少年は、理由こそ分からないが、何か壮大なうそをついている。まあ、別に自分たちが損をするわけでもないから、そのうそに乗っかっていることにする。

「その服って何をする服?」

 マオは宇宙服の袖を引っ張る。

「これは宇宙を泳ぐための服です。ぼくはこれを着てこの星までやってきたのです」

 彼の言葉を聞いて、ユキとレッカーは一歩後ずさりした。

「ぼくは宇宙人です!」

 少年は背をびしっと伸ばして敬礼し、そう宣言した。

2へ続きます。

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