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第二十一話:呪いの村④

 その男は、教授に馴れ馴れしく話しかけてきた。

「教授、さっきそちらから銃声が聞こえましたが、大丈夫でしたか?」

 男は灰色の作業服を着ている。その作業服の裏地は黄土色だ。靴はまっ黒。歳は三十代半ばといったところか。

「ええ、なんとか。ラーティスさんはなんともないですか」

 教授は男の体の無事を確かめる。

「私は、奥の迷路を探検していた所でした。大丈夫です、銃を持った男とはすれちがっていませんよ」

 男はクスッと笑う。

 ラーティスさんという人はこの男だったか。ユキは教授の陰から出てあいさつする。

「初めまして。わたし、ユキと申します。本日は見学させていただいています」

「あれ、教授。困るなぁ、部外者を勝手に入れちゃ。荒らされたらどうするんですか」

 ラーティスはいきなりそんなことを言った。失礼な人だ。

「大丈夫です。この人は物品の運搬作業をすることになっています。決して部外者ではありません」

 ユキの思いを察したのか、教授は場の空気を緩ませるようにそう紹介した。

「ほう、そうでしたか。それは失礼。私はラーティスといいます。かつてこの辺りに住んでいた民族の子孫であり、文献をいくつか持っているということで、教授のお手伝いをさせてもらっています」

 ラーティスはユキを見て頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 彼が謝罪の意を示したことで、ユキの中の不満が消え失せた。

「外に出るんですか?」

 ラーティスは教授にそう尋ねる。

「ええ、僕だけならともかく、お嬢さんを二人も連れながらこの先を探検するのは危険すぎますから」

 教授はゴクッと息を飲んだ。

「分かりました。私も撃たれたくないので出ることにします。ささ、早い所行きましょう」

 ラーティスは三人の後ろにつく。

 ユキはなんとなく、マオを自分のすぐ前で歩かせた。

「お宝ある所に盗賊あり、ですかね」

 ラーティスはそうつぶやいた。

「それは困ります。早く警察に捕まってほしいものです」

 教授は歩きながら後ろを振り返って言う。

「ハハ。まあ、もちろんそうですね。でも、こんな田舎に警察が到着するのは時間がかかるでしょう」

 そのあとは黙って出口に向かって歩いた。途中、人骨がたくさん眠っている部屋を通りかかったが、作業員は誰もいなかった。おそらく、助手が一声かけたのだろう。

 出口を出ると、そこにはたくさんの作業員がひと塊りになっていた。皆不安そうな表情を浮かべている。

 教授は助手の姿を探したが、どこにもいない。車で森を抜けて助けを呼びに行ったのだろうか。試しに他の作業員に訊いてみたが、皆自分たちの作業に没頭していて何も見ていないという。

「仕方ないです。頼りにならないですが、隣町の保安機関に連絡しましょう。まあ、機関と言っても、一人しかいないみたいですが」

 そう言って教授はポケットから車のキーを出す。

「ちょっと待ってください」

 ユキは教授を止めた。

「どうしましたか」

 教授は首をかしげる。

「マオ、絶対にわたしから手を離しちゃダメよ」

 ユキはそう忠告する。

「うん……」

 お姉ちゃんの態度の急変に、マオは戸惑っている。

「盗賊が近くにいるのに、捕まえなくていいんですか」

 ユキは教授に尋ねる。

「捕まえると言いましても、僕らだけでは難しいんじゃないですかね。まさか一人ではないでしょうし」

 教授はお墓の方を見る。

「でもその盗賊が目の前にいたら、捕まえないわけにはいかないでしょう?」

 ユキのその言葉に、教授だけでなく周りの作業員の顔が強ばる。

「何が言いたいんですか。もしかして、この中に盗賊がいると?」

「はい、その通りです」

 教授の言葉に、ユキはそう答える。

「ほう、面白い。私もぜひ聞きたいです」

 ラーティスは笑みを浮かべる。

「単刀直入に言います」

 ユキは辺りを見回す。

「犯人はラーティスさんです」

 たちまち、作業員がざわつき始める。

「何を言っているんですか、ユキさん。ラーティスさんに限ってそんなことはしないでしょう」

 教授は、あり得ないと言った風に反論する。

「お話します。まず、銃声が鳴ったあと、ラーティスさんは迷路から姿を現しました。疑うのは当然です」

「そうか、そりゃそうだ。私は皆さんとあの時初めて遭いました。疑われるのは仕方ないですかね」

「そうではありません。ラーティスさんは偶然“遭った”のではありません。自らの意思でわたしたちに“会った”のです」

「どういうことですか?」

 教授が尋ねる。

「ラーティスさんはわたしたちを殺そうと現れたのです。姿を見られていますからね。これは推測ですが、懐におそらく武器を隠し持っているはずです。老人と女の子はラーティスさんなら素手でも十分殺せるでしょう。ただ、あの時はわたしが銃を持っていたのでためらったのではないでしょうか」

「何を訳の分からないことを言っているんですか。出来の悪い推理小説じゃないんですよ。大体、仮に私が犯人だったら、あなたたちを殺そうなんてしません」

「いえ、ラーティスさんはここでわたしたちを殺さなくてはなりませんでした。それは、教授の話を聞いてしまったからです」

 教授の話? 作業員たちはざわつく。

「ここは、かつて何かの原因で滅んでしまった民族が眠っているそうです。しかし、何かおかしいと思いませんか。一体、あの方たちを埋葬したのは誰なのでしょう。仮に病気で滅んだのだとしたら、埋葬する側も無事では済んでいないはずです。民族が一つなくなるほどの病気ですから、感染力は高いと考えられます」

 ほう、と教授は感心したように反応する。

「それは、単に病気から生き残れるほどの強い体だったからではないですか?」

 ラーティスは言った。

「森の中で暮らす民族は、たいてい皆で食料を分け合って生きていて、食生活は似たようなものとなります。ですから、一部の人だけが突出して体が強いということは考えにくいと思います」

 ふむ、とラーティスはとりあえず言いたいことを飲みこむことにしたようだ。

「人々は骨だけになっていますが、外傷は特にないとのことでした。ということは、病気でないとすれば死因は絞りこめます」

 それは何ですか、と教授が訊く。

「それは、毒殺です」

 え、とその場にいた全員が言葉を失った。

「馬鹿けています。どうして毒殺なんて物騒な言葉が出てくるんですか」

 ラーティスがあきれたように言った。

「この土地の土を見てください。これは赤土です。赤土は水分を保持するのが苦手なため、たとえ雨が降ってもすぐ干上がってしまいます。しかも、この近くには川や湖はありません。何が起こり得るか分かりませんか?」

 しばらく皆考えこんでいたが、どこからか「水不足……」と声が上がった。

「そうです、水不足です。そして、水不足と大量殺人、この二つが結びつく要素は、自ずと浮かび上がってきます。それは、いけにえです」

 いけにえ、と教授がつぶやいた。

「はい、雨乞いをする際、いけにえを使うこともあったそうです。あの大量の骨は、おそらくいけにえの犠牲者なのではないでしょうか」

 ちょっと待ってくれ。ラーティスが言った。

「そのいけにえと、私が犯人扱いされるのと、一体どう関係があるんですか」

「説明します。わたしは今まで遺跡のことを知らない体でいましたが、実は少しだけ調べていたのです。なにぶん、遺跡で仕事をするのは初めてだったので。インターネットで調べると、ラーティスさんの名前はすぐに出てきました。滅びた民族の唯一の子孫として。そして、あなたがどこの村出身なのかも」

 ラーティスは息を飲んだ。

「その村を調べると、興味深いことが分かりました。昨年、村民が謎の大量死をしているのですね。外傷はなく、特に病気が流行ったわけでもなかったようです。ニュースでは、その事件は迷宮入りしたということですが……。

 さて、その村では昨年大規模な干ばつが起きていたようですね。水不足に陥り、村民が次々と死に至っていたみたいです。その時に同時発生した村民の大量死。これは偶然と言えるでしょうか。

 いえ、偶然ではありませんでした。村民はいけにえとなったのです。あなたの手で。実際にはあなたの他にも誰か協力者がいたのかもしれません。

 いけにえを使おうと思ったのは、文献で先祖が同じ手を使っていたと知ったからではないでしょうか。そう、あなたは伝統にのっとって雨乞いをしたのです。

 そして、今回このような遺跡が発見されてしまった。このままだと、かつていけにえによる雨乞いがあったことが世間にばれてしまうかもしれない。そこから、自らが犯した大量殺人が白日の下にさらされる恐れもある。それを危惧したあなたは、盗賊のフリをして教授やわたしたちを襲ったのではないですか」

 そこまで一気に話し終えると、気がついたら皆がユキに注目していた。皆、口を開きっぱなしにしている。

 その時、ラーティスは怒りが混じった笑い声を出した。

「ユキさんが話しているのは、あくまでも動機にすぎない。私が盗賊だという証拠は何も話していない。さあ、話してもらいましょうか」

 彼の反論を聞いてうなづいたユキは、淡々と語り始めた。

「証拠ならあります。まず、あなたの発言についてです。わたしたちと通路で会った時、あなたは『銃を持った男とはすれ違っていません』と言いました。おかしいです。どうして盗賊が銃を持った男だと断定できるんですか? もしかしたら女盗賊かもしれません。男だと言い切れるのは、あなた自身が盗賊だからです」

 ラーティスはヘビに睨まれたカエルのように動かない。

「そして、あなたの服装です。その作業着は、おそらく特殊なものです。最近の流行りで、裏返せば別の色の作業着に早変わりするのです。作業着でもファッションを楽しみたいという要望から生まれたそうです。わたしには理解できませんが。それを裏返せば、盗賊と同じ格好になるはずです。そして、検出されるでしょう。硝煙反応が」

 銃は迷路に置いてきたのでしょう。最後にユキはそう付け足した。


〈それで、結局ラーティスは認めたわけだな〉

 レッカーの運転で、ユキとマオは遺跡を離れていた。

「ええ、もしかしたら猟奇的な殺人犯だとも思っていたんだけど、本当に雨乞いのためのいけにえだったらしいわ」

 ユキはため息をついた。せっかくの仕事だったのに、事件のせいでなかったことになってしまった。遺跡の発掘は中止となったのだ。報酬をもらわなかった代わりに、事情聴取を免除された。

〈教授の助手という男がすぐに警察を呼んだというわけか〉

「そうよ。というより、その助手は本当はラーティスのことについて調べていた刑事で、助手と偽って彼を監視していたみたい」

 面白くなさそうにユキは言った。

「ねえねえ」とマオが話しかけてきた。

「何?」

「つまんなーい」

「そうね、こんなつまらないことってないかもね」

 こんなつまらないことでくだらない騒動を起こすなんて、人間というのはずいぶん暇な生き物だ。

 ユキは、ふとそんなことを思った。

二十一話は終わりです。二十二話をお楽しみに。

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