第二十一話:呪いの村③
これからご紹介するのは、と教授は奥の部屋に進みながら言った。
「ラーティスさんという方です。この遺跡の発掘でお世話になっています」
「その方は、遺跡とどういう関係が?」
ユキが尋ねる。
「実はその方は、この土地で一千年前に滅んだ民族の子孫なのです。ラーティスさん自身も、昨年村でたくさん仲間を失った経験を持っているそうです」
ユキの眉がピクッと動いた。
途中、右に曲がる道があったが、教授はそっちではなくそのまままっすぐ進む。
「ユキさんに運んでもらいたいものは、この奥の部屋にあります。骨となって眠っている方々が残した宝が保管してあるのです」
やがて、奥に別の部屋の入口が見えてきた。その部屋は電気がついていなく真っ暗だ。
「あれ、電気がついていませんね。ラーティスさんはどこでしょう」
歩きながら教授は首をかしげる。
部屋に入ると、やはり真っ暗闇だった。廊下の明かりのおかげで、なんとか入口近くだけが薄明るい。その辺りには何もないようだ。
「ええと、電気は……」
教授は入口に近い壁を手で撫でて探っていた。
パチッとスイッチを押す音がし、部屋の中が明るくなった。部屋の大きさは、骨が寝かされている部屋の半分ほどだ。赤土色の四角い壁で覆われていて、部屋のあちこちに二十以上の台座があり、それぞれに一メートルほどの壺が置かれている。壺は縄でつけたような模様で覆われている。
「これは……」
ユキはそのうちの一つの壺に近づいて目を凝らした。
「分かります? この壺、キラキラしているものがたくさん埋め込まれていませんか?」
教授に言われずとも、それくらいは分かる。だが、これは宝石ではない。だとすると、一体何なのか。
「ねえ、マオはどうしてキラキラしているか分かる?」
ユキはマオに訊いてみる。
「え、なんだろ」
うーんとうなり、マオはその壺の周りを回りながらそれを眺める。あごに手を当てて、いかにもその道に詳しい人っぽく装う。
「そういうユキさんは、これが何か分かりますか?」
教授は試すかのようにユキに尋ねる。
「ええ、だいたい見当はついています。実際に見るのは初めてですが……」
ユキもあごに手を当てて姿勢を低くして覗きこむ。
「そうですか。まあ、これからこれらを運び出す作業があるので、解説は早めにしておきますか」
教授はせきばらいをしてから続ける。
「これは砂金です。砂金が混じった泥を使って壺をつくったようなのです」
教授の言葉に、ユキは思わず感嘆の息が漏れる。
「やはりわたしの想像どおりでした。これが砂金……。綺麗ですね」
「そうでしょう。僕も砂金を見るのはこれが初めてでした。何しろ、かつての戦争で、重要文化財は大部分が失われてしまいましたから」
「ということは、これはかなり貴重な壺なのですね?」
物を運んで売買するユキにとって、これはのどから手が出るほど欲しい。
「そうなります。値段をつければかなり高額になるでしょう。ですが、あまりにも貴重な物は、売られずに研究施設に持ち帰って研究されることになります。これも例外ではないと思います」
ユキはため息をついた。
「まあ、そう悲観しないでください。これはいずれ人類の宝になります。誰か一人の利益になるより、その方が宝にとっても幸せなことです」
教授は別の壺を覗きこむ。どうやら破損や汚れ具合を確かめているようだ。
仕方なく、ユキは手をつないでいるマオと一緒に壺を見て回ることにした。
五分ほど経った時、突然部屋の奥から物音がした。
誰かいる。お宝の所に潜む影。何者だろう。
「皆さん、後ろに隠れて」
それまで黙りこんでいた助手が叫んだ。ユキはマオを自分の体でかばうようにして助手の後ろの隠れた。遅れて、教授も慌ててこちらに駆けてくる。しかし、よっぽど慌てていたのか、転んでしまった。
「教授、早く!」
助手が声を荒らげる。
その時、部屋の奥からライフル銃の銃口が見えた。その瞬間、物が弾けるようなけたたましい音が響いた。
銃弾は教授が転んだすぐ近くの床にめりこんだ。
チッという舌打ちが聞こえた。奥から人影が現れる。上下黄土色の作業服姿で、頭には目と口の穴しか開いていない真っ黒な目だし帽を被っている。靴はまっ黒。体格は男だ。
すぐに、助手が銃を抜いて撃ち返した。ドンという重い音が響く。
するとその男は、出口とは反対の方へ走っていき、さらに奥へ通じる廊下に消えていった。
大丈夫ですか、と助手がユキとマオを見た。彼は二人がケガをしていないか確かめる。
「ええ、大丈夫です。マオは、どこか痛い所ない?」
「ないよー」
マオは、ドキドキが止まらない胸に手を当てながら答える。
「教授は、大丈夫ですか」
助手は地面に這いつくばっている教授に声をかける。
「はい、どうやら弾は当たらなかったようですね。正直、あの瞬間死ぬのかと思いました。一瞬、ここの宝を全部やるから命だけは、と命乞いをする所でしたよ」
教授はガタガタと震える足に何とか力を入れて立ち上がった。
「それでいいじゃないですか。わたしだってそう言うと思います」
ユキは教授に賛同する。
「ありがとうございます。ただ、これは人類の宝です。盗賊なんかに渡してはならないのです」
教授は体を震わせながらも、目だけは座っていた。
「ただ、こうなるとすぐにでも盗賊を捕まえなければなりません。外に行って仲間に連絡を取ってきます」
そう言って、助手は出口に消えた。
ボディーガードがいなくなって若干不安だ。一応ユキもレーザー銃を持っているが、マオだけならともかく教授も一緒に守る自信はない。
「教授、わたしはあなたを守る自信はありません。ですから、自分の身は自分で守ってほしいのです」
正直にそう言うことにした。
すると、教授はハッハッハと小さく笑った。
「気にしなくていいです。僕は一応男です。女の子に守ってもらうわけにはいきません。なに、さっき運良く弾をかわしたじゃないですか。強運を使って何とかしますよ」
さっきのは、弾が勝手に外れただけではないかとユキは思ったが、あえて口には出さないでおく。
ところで、と教授が話を変える。
「盗賊がここに潜んでいると分かった今、いつまでも探検しているわけにもいきません。ここの責任者として、僕は君たちを守らなくてはならない。一刻も早くここから出ましょう」
教授はそう言って、出口に歩いていった。
「マオ、行くわよ」
ユキは再びマオと手をつないで、教授の後をついていった。
ユキは一応、レーザー銃を手に持っておく。
歩きながらユキは教授に尋ねる。
「宝の部屋の向こうは、何があるんですか」
「ああ、向こうですか? 実は僕も知らないんですよ。文献を持っているラーティスさんによると、あの先は迷路のようになっているらしいです。今度、落ち着いたらナビを使って調べるつもりです。良かったらユキさんとマオさんもいかがです?」
「ええと……、お断りします」
ユキは丁重に断った。
「まあ、そうですよね。僕も、こんな危険な所にいつまでもいるつもりはありません。宝をすべて運びだしたら、ここの入口は閉鎖する予定です。死者には静かに眠ってもらいたいですから」
「はい、そうすべきだと思います」
ユキは、かつて大事な人を亡くしたから、その気持ちは人一倍強い。
やがて、左へと分かれる道が見えてきた時、
「あ、教授。ここにいたんですか」
見知らぬ男が通路から現れた。
4へ続きます。




