表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/295

第十九話:従者の話⑤

 街の裏路地に入ると、そこは腐り果てたような光景が広がっていた。

 かつての戦争の爆撃の跡が残っているビル群が広がっていて、がれきがあちこちに固まって重なっている。

 やせた野良犬や野良猫がうろついていて、生ゴミを漁っている。ボロボロの服を着た男や女が、ゾンビか幽霊のように辺りをうろついて食べ物を探している。犬と食べ物をめぐって争っている人もいる。

 臭いがひどい。地面から死体や食べ物が腐った臭いが舞い上がり、体にまとわりついてくる。マオは、鼻がひん曲がりそうで、ずっと鼻をつまんでいる。

「もうすぐね」

 ユキは地図を見ながら角を曲がった。ここまではレッカーは入って来れないため、大通でお留守番させている。

「どうしてこんな所に……」

 モリは今にも泣き出しそうな表情でつぶやく。

 かさかさとマオの足元で何かが動いた。ゴキブリが三匹列をつくるように這いまわっていた。「ヒャッ」と彼女は飛び跳ね、お姉ちゃんに抱きつく。お姉ちゃんはそれらを、思いっ切り踏みつぶした。ユキは表情をまるで変えていない。

 やがて、先頭を歩いていたユキが足を止めた。左側の十階建てのビルを見上げる。ここのどこかにクリスがいるという情報があった。

「探しましょ」

 そう言ってユキは、すっかり中が丸見えのビルの中へ入っていった。そのあとをマオとモリがついていく。

 二階へ続く階段以外、視界を遮る物が何もない。だから、一階に誰もいないことはすぐに分かった。

 すぐに二階へ上がっていく。二階も一階と同様、何も物がなく、がれきしか見ることはできない。

 どんどん階段を上がっていく。三階、四階とくまなく探すが、どこにも人影がない。

 そして、五階に着いた。相変わらず天井と階段以外は何もないところだ。人影が一つあった。

 その人物は茶色くて薄い布をまとって、青いビニールシートを床に置いてその上に横になっていた。顔は向こう側を向いていて、誰なのかをうかがうことはできない。

「すみません」

 ユキはその人物に声をかけた。「クリスさんですか」

 すると、その人物は体を起こしてこちらを見た。無精ひげが生えていて、肩までぼさぼさの髪が伸びている。しかし顔にはまだ幼さが残っている。目がうつろいでいる。

「クリス様……!」

 モリは彼に駆け寄ると、そのまま抱きついた。締め上げるように腕に力が入る。

「……モリ……か?」

 少年の声が、そう尋ねた。

「はい、モリでございます。ずっと探していました」

 彼女の声は震えていて、涙が混じっている。

「そうか……」

 彼は腕を彼女の腰に回すと、彼女を抱きしめた。彼女の感触を確かめるように手でなでまわしている。

「こんなところでなにをしていらっしゃるんですか。心配したんですよ!」

 モリは涙声で叫んだ。

「すまない、お金をすっかり使い切って、もうここに来るしか選択肢がなかったんだ。親からは縁を切られているから、もう戻れないしな」

「縁を……ですか」

 モリは開いた口がふさがらないという風に言う。

「ああ、どうもそうなっているらしい」

 ふう、と彼はため息をついた。すると、モリの奥に二人人影があるのに気がついた。

「君たちか、モリを連れてきてくれたのは」

 おだやかな声でそう言った。

「ええ、成り行きでね」

 ユキは真顔でそう答える。

「初対面でこの姿を見せるのは恥ずかしいな。本当は俺はもっとハンサムなんだ。こんなに汚れてはいないんだ」

 彼は苦笑いをした。

「そう、あなたはハンサムね。今の姿でもそう思う」

 ユキの言葉に、クリスは一息つくように息を吐いた。

「そうか、心が広いお姉さんだ」

「私、これからずっとクリス様についていきます」

 抱きついたままモリは言った。

「ずっとって……。俺はもうあそこには戻れないぞ」

 驚いた表情で、彼は言った。

「いいんです。私はあなたを必要としています。お願いです、いさせてください」

 結論は出ていた。選択肢などなかった。初めから、答えは一つしかない。

「そう、だな。俺は一人じゃ何もできない。この生活で実感したよ。モリがいないと、俺はダメ人間になってしまう」

 それからクリスとモリは、ずっと抱きしめあったまま動かなかった。

 ユキは、マオを連れて静かにその場を去った。


〈まさかな〉

 と、レッカーが郊外へと走りながら言った。〈ユキが赤の他人のためにお金を差し出すとは思わなかった〉

「あら、じゃあ、わたしは一体どうするつもりだったって思ってたの?」

 ユキは腕を組んで足も組んで尋ねる。

〈銃で脅すか、俺を門に突っ込ませるか、どちらかだと思ってた〉

 レッカーは、門に突っ込んで車体が壊れる自分を想像してハンドル操作が若干危なっかしくなる。

「そんな手荒なまねはしないわ。それに……」

 ユキはハンドルを握って運転を変わった。

「生きがいを見失っている人を助けたいって、ふと思ったのよ」

 そう言うと、アクセルをさらに踏み込んだ。制限速度を少し超える。

 二人と一台は、街からあふれてくるトラックに混じって街をあとにした。

十九話は終わりです。次回は「新年」をテーマにした掌編です。お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ