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第十九話:従者の話④

 衛兵からそれ以上の情報は得られなかった。ユキは、マオとモリを連れてレッカーの中へ戻った。

 三人の足取りは重く、特にモリは完全に表情を失っていた。目の前に突きつけられた事実に向き合うことに耐えられないでいた。

 モリは泣いていた。静かに涙を流して目を手で押さえている。そんな彼女をマオは心配そうに見つめ、ユキは明後日の方を見ている。

 レッカーはエンジンをつけるタイミングを見失っていた。このままここを去っていいものか、よくないのか、見極めるのが難しかった。

 さきほどから少し暗くなったと思ったが、灰色の雲が太陽を隠してしまったからだ。今は雲が空を覆い尽くしている。どこにも光が地上に届くすき間がない。

「お世話に……なりました……」

 めそめそした声で、モリは二人にお礼を言った。

「まさかクリス様が亡くなっているとは……。私の申し出に応じなかった理由が分かりました。この世にいない人に会うことなんてできませんものね。残念でなりません」

 それ以上言葉が出ないのか、再びめそめそと泣き始めた。

「ご協力していただいたお二人に感謝します。ありがとうございます」

 モリは、それぞれに頭を下げた。

 そんなモリを、ユキはじろっとにらむように見た。

「モリは、これで納得したの?」

 ユキは表情を変えずにそう尋ねる。

「な、納得などしておりません。しかし、受け入れるしかありません。そう思っています」

 モリは迷いながらもそう答えた。

「本当に? 生まれてからずっとお世話してきた子どもが死んだという話を聞いて、それでも納得できるの?」

 ユキは、沈みきったモリの顔を見つめた。

「……いつまでたっても事実を認めないようじゃ、クリス様が悲しみます」

 モリはボソボソと返事する。

「どうして、あのロボットが本当のことを言ったと思っているの? どうして、それをひっくり返す根拠を見つけようとしないの?」

 ユキの言葉に、モリはハッと顔を上げる。

「そ、それは……」

「あなたは納得したふりをして、逃げているだけ。本当に事実に向き合いたいなら、しっかり最後まで調べつくすべき」

 ですが、と言って、モリは口をつぐんだ。ユキが怖い顔をしてこちらをにらんでいるからだ。

「あなた、今クリスさんが死んでいた方がいいんじゃないかって思ってない? それじゃなかったら、人の死をすんなりと受け入れられるわけがないもの」

「そんなことは……!」

「ないっていうの? それならどうしてもっとわたしに反論しないの? 図星だからじゃないの?」

 モリは何も言い返せなくなった。うつむいて視線をそらす。

「死んだ方が楽なんて考え方間違ってる。生きていた方がずっと幸せ。何があってもね」

 ユキはそう言うと、ドアを開けてレッカーから降りた。

「どこ行くの?」

 マオも外に降りる。

「訊きこみよ。本当に亡くなったというなら、誰かが葬儀の様子を見ているかもしれない」

 ユキは、門の向かいにあるお店に向かって道路を横断していた。

「待ってよー」

 マオは走ってついていく。

 モリは、レッカーの中で座ったまま動けないでいた。


 その店は時計屋さんだった。壁時計や腕時計が整然と並べられている。大きな振り子時計が三台設置されていて、値段も大きさに比例するように高い。ユキがその値札からたじろくほどだった。

「お客さん、いないね」

 マオはお店の中を見回した。

「そうね。でも、時計屋に混んでいるイメージはないわ」

「あー、確かに」

 分かっているのかそうでないのか疑問だが、マオは納得したようにうなづいた。

「それは、うちが修理専門だからだよ」

 そう言って奥から出てきたのは、六十代ほどの男性だった。オールバックの髪はほとんどが白髪だ。紺色の厚手のエプロンをしている。見た目は、とても親しみやすそうな印象だ。

「いらっしゃい。何かご用かな、お嬢ちゃんたち」

 修理屋はニコッと笑った。

「すみません、実はお客ではないんですが……」

 まず、ユキはそのことを伝える。

「おお、そうか。それなら道聞きかい? 僕はこの街にずっと住んでいるから、それなりに詳しいつもりだ。お嬢ちゃんたち、この辺じゃあまり見ない顔をしているからね」

 男性はじろじろと二人を見る。

「いえ、道聞きでもなくて……」

 ユキは申し訳なさそうに答える。

「ほう、ならトイレかい? トイレなら奥に上がってすぐ右を曲がった一番奥にあるよ」

 男性はトイレがある方向を向く。

「トイレ……マオ、トイレ行く?」

「行くー」

 マオは奥へ消えていった。

「あの、本当はトイレじゃなかったんです」

「んー、じゃあ、何だい。おじさんで良ければなんでも訊いてくれ」

「向かいの屋敷で、葬式が行われませんでしたか?」

「葬式?」

 男性は首をかしげる。

「ええ、屋敷に住む息子さんが亡くなったと聞きまして、葬式がなかったかどうか訊いて回っているのです」

 ユキは向かいに建っている壁と門を指さす。

「うーん、死んだっていう話は確かに聞いたねぇ。風のうわさだけど。でも、葬式はやっていなかった気がするなぁ」

 おじさんはあごに手を当てて考え込んでいる。

「本当ですか?」

「ああ、金持ちの息子が亡くなったら、そりゃ大騒ぎになるだろうから、いくら年とって記憶力が衰えている僕でも覚えているよ」

 その通りだ。金持ちの関係者の葬式なら、棺桶をかついで道路を封鎖して街中を練り歩いてもおかしくない。それくらい大がかりにやるものだ。

「それは不自然ですね……」

 ユキがそう言うと、

「そうさ。僕もおかしいと思っていたんだ。でも、最近息子さんを見なくなったのは確かなんだ。彼はランニングが好きみたいで、朝に店の準備してると、壁の外側を走っているのをよく見たから」

「そうですか。それじゃ、行方不明という可能性もあるわけですね」

「おっと、君はいったい何を調べているんだい? もしかして、新人刑事? 何かの事件?」

 おじさんは疑うような目でユキを見る。

「いえ、有名な家ですから。ちょっと気になっただけで」

「そうかい、ま、あまり人様の家のことに首を突っ込まない方がいいと思うよ」

 そこまで話ししていると、マオがドタドタと走って戻ってきた。

「それじゃ、そろそろ失礼します」

 ユキは頭を下げた。

「おう、良い旅を!」

 おじさんは手を振った。


 その後、周辺の家やお店に引き続き聞きこみを行ったが、似たような答えしか得られなかった。

 これはもしかして、本当にあの可能性があるのではないだろうか。それを確かめるべく、ユキはもう一度衛兵の下へ向かった。

「なんだ」

 衛兵は面倒くさそうな声でそう尋ねた。

「息子さんのことを聞きたくて」

 ユキは、台本を読む役者のように言った。

「さっき言っただろ。亡くなったって」

 そういう答えが返ってくると思っていた彼女は、ポケットから財布を取り出すと、紙幣を少し取って衛兵に渡した。

「これでしゃべってくれる?」

「……あと一枚」

「……はい」

 ユキがもう一枚渡すと、衛兵はそれをポケットにねじ込んだ。

「○×○地区の△△通り、○○ビルにいる」

 衛兵は答えた。「クリス様はそこに住んでおられる」

「本当に?」

「ああ、ご主人様が探偵に調べさせて判明したことだ。間違いない」

「ありがとう」

 そう言って、ユキは衛兵から離れる。そしてレッカーの中に戻った。

「出発するわよ」

 ユキはギアを動かしてアクセルをふかした。少しずつレッカーはスピードを上げていく。

「……どうしたんですか」

 モリはおっかなびっくりとした様子で尋ねる。

「あなたのご主人様の居場所が分かったわ」

 ユキはまっすぐ前を見てハンドルを握った。

5へ続きます。

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