第十九話:従者の話③
街の中心部に、白い壁で囲まれた敷地があった。
平均的な一戸建ての住宅がいくつ入るのか想像もつかない。外から見ただけでも、相当な敷地面積を誇るのだと分かる。
「これがサムラ家の屋敷……というより、敷地です」
やはり大富豪は住んでいる場所から格が違う。壁は異常に高く、すぐそばまで近づくと、空がほとんど見えなくなってしまう。だから、中の様子を探ることは、空を飛ばない限り不可能だ。
ユキたちは街へ入ったあと、モリの案内でサムラ家の前まで来ていた。お願いします、とモリがユキに頼んだのだ。
「ここへ来てどうするの? 衛兵に追い返されるだけなんでしょ?」
ユキは門の近くでレッカーを止めてエンジンを切る。
「それは分かりません。何度もお願いすれば、きっと私の話を聞いて下さるでしょう」
モリは、胸の前で拳を握った。
「まあ、わたしは止めるつもりはないけど。ただ、ムダなことはしない方がいいとは忠告しておくわ」
そう言うと、ユキは運転席から降りた。モリはユキとマオの間の席に座っていたため、どちらかが避けないと降りられないのだ。
「ありがとうございます。ここまで私のわがままを聞いていただき、感謝します」
深々と頭を下げ、モリはレッカーから離れて門へ向かっていく。
ユキは運転席に戻り、ハンドルに寄りかかる。
〈世の中、上手くいかないことばかりなのにな〉
レッカーは独り言のようにつぶやいた。
「そうね。でも、彼女も主人を見つけるのは限りなく不可能に近いということは分かっているはず。どこまで、諦めないで頑張れるかしら」
ユキも独り言のようにそう言った。
門の方を見ると、モリが衛兵に声をかけている所だった。衛兵は人型だが皮膚を模したカバーを被っていない。衛兵に何度も頭を下げているのが見える。しかし、衛兵は首を横に振っている。もう一度彼女は頭を下げるが、しつこいという風に衛兵はモリを突き飛ばした。
〈やっぱりダメだったみたいだな〉
レッカーはため息をつく。
「そうみたい」
ユキも同意する。
「ねえ、モリさんを助けないの?」
マオがそう尋ねる。
「どうして? わたしにあの人の問題は関係のないことだもの」
ユキはレッカーのエンジンを入れる。
「お姉ちゃん冷たいよー。かわいそうでしょ。助けたいって思わない?」
マオは口を尖らせる。
「じゃあ、マオが助けてあげたら?」
ユキはマオをまっすぐ見て言った。
「あたしが?」
マオは首をかしげる。
「言いだしっぺが最初に行動すべきじゃない?」
ユキがそう指摘すると、マオは「うーん」と考えこむ。
「助けたいなら助ける。助けないなら、このままこの街を去る。その二択しかないわ」
レッカーが助手席のドアを開けた。
「ふーんだ、お姉ちゃんのいじわるー」
そう言って、マオはポーンと飛び下りてズンズンと足を踏み鳴らし、門へ向かっていった。
〈どうなるかな〉
レッカーは少し期待したような声で言った。
「さてね、面白いからちょっと見てみるわ」
ユキはハンドルに頬杖をついてマオの様子を見守ることにした。
マオは小さい体を胸を張って大きく見せながら、衛兵の下へと向かっている。
そして尻もちをついているモリを指さしながら、敷地の中も指さし、衛兵を見上げて何か言っている。おそらく、モリを中に入れてあげてくれと交渉しているのだろう。
衛兵はしばし小さい少女を見下ろしていたが、手でドンと押し返した。マオは弾みでお尻から地面に倒れる。
そしてマオは怖い顔で何か衛兵に叫ぶと、駆け足でこちらに戻ってきた。レッカーに飛び乗ると、
「まったく! あたしを突き飛ばすなんてひどいロボット!」
「それで、どうだった?」
ユキはマオのお尻を擦りながら尋ねる。
「大きくなってから出直してこいって言われた。何言ってるのかさっぱり分かんない」
マオはムスッと頬を膨らませた。
「そう。で、満足した?」
「何が?」
「もう、ここから離れてもいい?」
「ダメ! ねえ、お姉ちゃん助けて。モリを助けてあげて。お願い」
「どうして? わたしは別にそんなことしようとは思っていないんだけれど」
「あたしが助けたいの! だから助けて!」
「……おやつ、安いので我慢してくれる?」
「うん、するする」
「好きな物ばかり食べたいって駄々こねない?」
「しないしない!」
「そう、それならいいわ」
そうして、ユキはドアを開けて運転席から飛び下りた。
〈どうしてそんな回りくどいことをしたんだ? 最初から助けるつもりだったくせに〉
「……マオの勉強になればいいと思って」
そう言うと、ユキは衛兵の方に歩いていった。マオもそのあとをついていく。
衛兵はユキとマオに気づき、こちらに近づいてくる。
「何用だ」
「わたし、本日外壁工事を依頼されてまいりました、ユキと申します」
ユキは車内で考えていたうそを口にした。
「外壁工事……。そのような依頼はしていない」
「しかし、たしかにわたしは依頼されてきました」
ユキは困ったような顔をして見せる。
「誰だ、その依頼主というのは」
「クリス様です。自分の部屋近くの外壁が傷んでいるということでしたので、修理をしにまいりました」
ユキがそう言うと、衛兵は後ろにたじろいだ。
「クリス様が……? いや、ありえない。ありえない」
衛兵は混乱しているようだ。
「どうしたのですか。ありえないとはどういうことですか」
ユキは問い続ける。
「クリス様は亡くなったのだ。そんなことありえないのだ」
衛兵はそう告げた。
4へ続きます。




