第十九話:従者の話②
ユキとマオが見つけたそのロボットは、人間そっくりにつくられていた。顔は二十代くらいの女性で、あちこちがボロボロのメイド服を着ている。膝を擦りむいていて、中に回路が見える。それがなければ人間にしか見えない。
メイドロボットは、腕を体にピッタリと付けて、まるで棒のようにまっすぐに倒れている。もしここに枕と布団があれば、ご就寝中にしか思えないだろう。それほど落ち着いた表情をしていた。
「……外傷は少ないようね。おそらく、エネルギーが少なくなってスリープモードに入っているんだわ」
ユキはそう分析した。
「壊れてるの?」
マオはしゃがんでロボットの様子をうかがう。そしてお姉ちゃんを見上げた。
「壊れてはいないわ。エネルギーを補給すれば、動くはずよ」
たしかに、補給すればこのロボットは動きだすだろう。しかし、別にこのロボットに何か借りがあるわけではない。このまま放っておくのもよし、業者に買い取ってもらうのもよし、だから、何もこのロボットに情を感じる必要はないのだ。しかし……
ユキはスタスタと迷わずにレッカーの下へ向かっていた。そして運転席に入る。
道具入れの中に、自分専用の水素電池が入れてある。それが使えるはずだ。彼女は一個取り出すと、それを持ってロボットの所に戻った。
「ちょっとどいて」
ユキは、ロボットのあちこちを触っているマオをどかし、そのロボットのメイド服を脱がせた。ロボットなのに、ご丁寧に下着も穿いている。それも脱がせる。自分もそうなのだが、裸にしても人間とまるでそっくりだ。男が見たら発情してしまうかもしれない。
胸の辺りを探ると、開閉できる場所を見つけた。そこを開けると、回路の中に水素電池は一つも入っていない。抜かれているようだ。ユキは持ってきた新しい電池を入れる。そして、ふたを閉める。
すぐに、体が動き始めた。最初は手の指がちょっとだけ動き、次に足が少し動いた。さらに首をひねって辺りの様子をうかがう。ロボットは目の前にしゃがんでいるユキに気がつくと、彼女に大きな瞳を向けた。
「……現在、何月何日何時何分でしょうか」
大人びた落ち着いた声をしている。
「七月二十日、午前十時三十分よ」
ユキは腕時計を見ながら答える。
「ありがとうございます。日時修正完了」
ロボットはそう言うと、重そうにゆっくりと立ち上がった。
「私はメイドロボットのモリと申します。よろしくお願いいたします」
モリと名乗ったロボットは、ペコッと頭を下げた。
「わたしはユキ。この子はマオ。よろしく」
ユキも立ち上がって名乗る。
「エネルギー源を入れてくださったのは、ユキ様ですか」
モリはユキを見て尋ねる。
「ええ、わたしの予備が残っていたから、それを入れたの」
ユキは、“わたしの”という言葉を強調するように返答した。
「そうでしたか。感謝を申し上げます。エネルギーが二パーセントしか残されていなかったので、自動的にスリープモードに入ってしまったのです」
モリは申し訳なさそうな表情をつくる。
「それはいいわ。気にしなくても」
ユキは明後日の方を見た。水素電池は、結構いい値段がする。
「ねえねえ、何でこんな所に寝ていたの?」
マオがモリの手を引っ張って訊く。
「私は市街地をさまよっていたのですが、エネルギー不足によって倒れてしまったのです。そのあと、なすすべなく業者によって運ばれ、そのままここへ捨てられてしまいました」
「ということは、あなたは街で何か用事があったというわけね」
ユキは、脱がせたメイド服をモリへ返す。
「はい、話せば少し長くなってしまいますが……」
モリはメイド服を身につけた。
「それなら、車の中で話しましょう。良かったら、街まで送ってあげる」
「もったいないお言葉。ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
再び、モリは頭を下げた。
「何か、言葉固いねー」
マオはケラケラと笑う。
三人を乗せ、レッカーは山を下っていく。
「私はサムラ家でメイドとして働いていました」
モリはボソボソと話し始めた。
「サムラ家はロボット開発を成功させて豪を得た一家です。私は十五年前、おぼっちゃん……いえ、クリス様のご誕生と共に雇われました。クリス様のご面倒をみることになったのです。彼の母親は、出産後に亡くなってしまいましたから」
ガタンッと左側に大きく揺れた。レッカーの左前タイヤが溝に一瞬ハマったのだ。
「クリス様は、本当に私に懐いてくださいました。小さい頃はご飯を食べさせてあげて、お風呂に入れ、夜に一人でトイレに行くのが怖い時に一緒に行ったこともありました。外でもいっぱい遊びました。彼は運動神経が良かったのです。ボールを蹴る遊びに夢中になり、私と勝負することもたくさんありました。私は運動に長けているわけではないので、数年で彼の方が上手くなってしまいました」
ユキはハンドルを握って前を向きながら黙って話を聞いている。
「十一歳頃から、彼は書物をたくさん読むようになりました。いつか父のような立派な開発者になるんだ、とおっしゃっていました。一日中書斎にこもっている時もありました。私が、たまには外に出て太陽を浴びた方がいいとご指摘したほどです。そんな毎日が続いていましたが、彼が十四歳になった時、あることが発覚しました……」
モリは、それまでまっすぐ前を見て話をしていたが、うつむいて再び口を開いた。
「サムラ家は、行政と癒着して不正に事業を請け負っていたのです。お父様の電話をクリス様は偶然聞いてしまいました。それから、クリス様とお父様は衝突しました。世の中にこのことを発表して詫びるべきだというクリス様と、そんなことはできないというお父様の意見が、一致するはずがありませんでした。そして、クリス様はお父様の金庫からお金を盗み出して家を飛び出しました。そのお金は皮肉にも、不正な事業で得たお金だったのです」
マオは、ずっとモリの横顔を見つめながら話を聞いている。
「お父様は、膨大な資金を投じて証拠をもみ消し、マスコミや警察を買収したので、世の中に騒動が広がることはありませんでした。そのあとすぐ、私は解雇されてしまいました。ですから、そのあとにサムラ家で何が起きたのかは分かりません……」
レッカーは、何も言わずに走り続ける。もうそろそろ山を下り切る頃だろう。
「私は水素電池を抜かれ、家を追い出されました。もう、サムラ家に関わる必要はなくなりました。ですが、クリス様のことが頭から離れませんでした。私は予備バッテリーで動いて彼を探しました。しかし、広い街です。裏路地にはスラム街が限りなく続いていて、見つけるのは困難でした。やがて、私は倒れてしまったのです」
モリは、そこで息を吐いた。どうやら、話が終わったらしい。一息ついたようだ。
「一つ聞きたいんだけど」
ユキは運転しながら言う。「サムラ家に行って、彼がどこにいるか聞けばいいんじゃないの?」
モリは、彼女を見て答える。
「はい、たしかにそうです。私もそうしました。ですが、解雇されたロボットの話など、聞き届けられません。衛兵に阻まれてしまいました」
そう、とユキは相づちを打つ。
「これからどうするの?」
ユキが尋ねる。
「せっかくお二人に助けていただいたのです。再びクリス様を探したいと思います」
はっきりした声で返事した。
「術はあるの?」
再びユキは訊く。
「今のところはありません。しかし、いずれは見つかると信じています」
モリは、まっすぐ彼女を見る。
そう。
ユキはそう答えた。
3へ続きます。




