第十八話:花言葉②
芝桜は、桃、赤、薄紫、白色の花を咲かせ、桜に形が似ているといいます。葉っぱは一センチほどしかなく、地面のすぐ上を枝分かれして這うように生えます。裕福な家庭だと、芝生代わりに植えることもあるようです。
この季節だとちょうど見ごろで、地面いっぱいにきれいな花を咲かせます。だから、レッカーはこの場所を選びました。
十分ほど左右に木々が生える景色が続いていましたが、突如開け、一面の平地が姿を現しました。地平線の向こうにある山々まで、ずうっと荒野です。とても開放感のある所です。
レッカーは窓を少し開けました。新緑の匂いがする風が車内に入ってきます。お腹が空いて落ち着かないでいたマオは、その匂いを嗅いでおとなしくなりました。レッカーは一息つきます。
やがて、左側に施設が見えてきました。スーパーほどの大きさの休憩所兼お店が駐車場の奥に立っていて、その向こうに色とりどりの芝桜があるのが分かります。
駐車場にレッカーが停まると、マオは勢いよくドアを開けて飛び降り、たたたっとすばしっこい早さでお店の中へ走って行きました。
レッカーはここでお留守番です。できればお店の中までついていきたいですが、こんな大きな体じゃ無理です。
何も起きないことを祈りながら、彼はエンジンを切り、お店の辺りを見張ることにしました。
お店の中へ入ったマオは、食べ物を売っているコーナーにまっすぐ向かいました。花を見るよりも空腹を退治する方が、彼女にとっては大事なことでした。
中華まんやポテトやフランクフルトなどが売っていましたが、オススメという貼り紙がしてある商品が一つだけあります。
「いもだんご二つください! あとオレンジジュースも」
マオは迷わず、オススメの品を選びました。やっぱり、目立つ物には目が行くものです。
「はいよ」
おばちゃんロボットが、元気良く品を渡してくれました。オレンジジュースは、紙パックに入っています。
何も考えずお金を渡してお釣りを受け取りました。手元には、お姉ちゃんから渡されたお金の四分の一ほど残りました。
お店の中にある休憩コーナーで、品々を広げました。いもだんごは大人の手の平と同じくらいの大きさがあります。それが二つですから、それだけでお腹いっぱいになりそうです。
さっそく箸でつまんで一口食べました。砂糖を基本としたタレがとてもおいしいです。だんごはとても弾力があり、舌触りも十分です。
マオは、だんごとジュースをあっという間にお腹の中に入れてしまいました。
大食いのマオでも、さすがに巨大いもだんご二つはきつかったです。走ったらお腹が痛くなりそうなくらい食べてしまいました。
腹ごなしに散歩することにしました。広い駐車場には、車が三台しか停まっていません。今日は空いているようです。
お店の裏には散歩コースがあり、芝桜を見ながら歩くことができます。残念ながら芝桜が生えている所はロープで仕切られていて立ち入り禁止ですが、それでも十分色と匂いを楽しむことができます。山から吹いてくる風の中に甘い香りが混じっています。
ふと、マオは足を止めて膝を折りました。すぐそばの花に、蝶が止まっているのです。ミツを吸っているようです。蝶は真っ白な羽で、子供の手の平よりも小さいです。
マオはそうっと人差し指を近づけました。もしかしたら、ここに移ってくれるかもしれないと思ったのです。
ギリギリまで近づけた時、蝶は急にひらひらと飛んで行ってしまいました。やはりマオの指を警戒してしまったようです。
「あーあ」
彼女は、おいしいご飯が食べられなかった時のような残念そうな顔をしました。
しばらく歩いていると、ロープをつないでいる棒の上にテントウムシがいました。赤色がとても目立つのですぐに見つけられました。
野宿した時に、この虫にはよく出会います。テントウムシは、指先を上にして止まらせると、パッと羽を広げて飛んで行ってくれるのです。お姉ちゃんから教えてもらいました。
蝶と違って、テントウムシはかんたんに指に乗ってくれました。この虫は高い所へ昇って飛び立つ習性があるので、どんどんマオの指を昇っていきます。そして指先に到達しました。少しの間待っていると、突然羽を出して飛んで行きました。あっという間にマオよりも高く飛んで行き、見えなくなってしまいました。
一時間ほど歩いていましたが、さすがに疲れてきました。そろそろ戻ろうかと思った時、後ろから声をかけられました。
「そこのお嬢ちゃん、一人かい?」
後ろに、スコップを持った作業服の五十歳くらいのおじさんが立っていました。誰にも優しそうで温かそうな笑顔です。
「ううん、レッカーが一緒だよ。今、あそこにいるの」
マオは駐車場に停まっているレッカーを指さしました。
「ああ、あのクレーン車か。おお、大きくて立派だねぇ。さぞ頼りになることだろう」
うんうん、とおじさんは感心しているようです。
「そうだよ、いつもあたしをいいところに連れてってくれるの。本当はお姉ちゃんと一緒に来たかったんだけど、お仕事があるから」
彼女は顔をうつむかせて、大好きな食べ物を全部地面に落としてしまったかのような沈んだ表情をします。
「そうか、それは辛いなぁ。お、そうだ、いいことを教えよう。ねえ、芝桜の花言葉って知ってるかな」
おじさんは、人差し指を一本立てて尋ねます。
「知らなーい。花言葉ってなあに?」
マオは首をかしげました。
「そうか、それも知らないか。花言葉っていうのはね、たくさんの花に特別な意味を込めた言葉のことなんだ。この芝桜にはたくさんの花言葉があるんだけど、今の君には、『忍耐』という言葉が合っているね。つまり、今我慢していれば、いつかいいことがあるよってことさ」
「がまん……がまん……」
マオは、その言葉を何回もつぶやきました。我慢という言葉は、お姉ちゃんからよく聞きます。食べ物やおもちゃを買ってもらいたい時、いつもそう言われるのです。
「がまん……」
その時、マオは思い出しました。ズボンのポケットに小銭を入れていたことに。
「がまん……」
これがあれば、何でも買えます。おもちゃでも食べ物でも。でも……
突然、マオはダッとお店に向かって走って行きました。
「転ぶから気をつけてなー!」
後ろからおじさんが声をかけますが、マオの耳にはいっさい入りませんでした。
そして、彼女はお店の中へ入って行きました。
適当に街で時間を潰して事務所まで戻ってくると、ユキがその前で待っていました。
レッカーが停まると、すぐに乗りこんできました。
「どうだった?」
ユキがマオに尋ねると、
「楽しかったよー」
と、笑顔で答えました。手には何か手の平サイズの紙袋が握られています。
「それは何?」
お姉ちゃんがさっそく訊くと、マオはいたずらっ子のようにエヘヘと笑うと、それをユキに渡しました。
「お土産!」
中には、芝桜の花を模したプラスチックの飾りがついたストラップが入っていました。
「残ったお金で買ったの? てっきりおやつを買うのかと思ってた」
へえー、とお姉ちゃんは驚いた顔をします。
「おやつ、我慢したもん!」
マオは、えっへんと胸を張りました。
「ありがとう。大事にする」
ユキは笑顔を見せました。
お姉ちゃんが喜んでくれた!
マオは、一ついいことをしたな、と思いました。
芝桜のストラップは、バックミラーの付け根の棒にくくりつけられました。
十八話は終わりです。十九話をお楽しみに。




