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第十八話:花言葉①

 それは、あるお昼前のことでした。

 ここは、郊外の住宅地です。辺りには平屋や二階建の家が立ち並んでいます。それらは、車が無理なく二台通れる砂利道に沿って建てられていました。

 土壁で出来た三階建ての建物の前に、レッカーが停められています。その中にはユキとマオが乗っていて、お話をしている所でした。

「それじゃ、これから夕方頃までお仕事だから、適当に時間潰してて。ご飯はこれで済ませて」

 ユキは、マオに紙幣を一枚あげました。これだけあれば、ちょっと高めの値段のご飯が食べられますし、あるいは余ったお金で別な物も買えそうです。

「お仕事って? ここで何するの?」

 マオが興味津々といった様子で身を乗り出しました。

「偉い人とお話しするの。とても時間がかかるみたい」

 ユキは、マオにキチンと伝わるようにかんたんな言葉を選びます。

「へえ、そうなんだ。ねえ、これで何でも食べていいの?」

 お姉ちゃんはいつも貧乏で、節約という言葉が好きなようでした。

「いいわよ。ちゃんと、自分で考えて買うようにしなさいよ」

 ユキは、マオに社会勉強をさせてやりたいと考えていました。限られたお金で自分でやりくりし、一歩成長してほしいと思っているのです。

「うん、分かった。分からなくなったら、他の人に聞いてもいい?」

「どうしてもっていう時だけね。なるべく自分で考えて」

「がんばる」

 マオは、紙幣を太陽にかざしました。真ん中に透かしがあって、昔の偉人の顔が浮かび上がります。本物のお金です。普段はお姉ちゃんが何でも代わりに買ってくれるので、お金を触ることはほとんどありません。鼻に近づけると、紙とインクの匂いがします。これがお金なんだと、だんだんワクワクしてきました。

「レッカー。夕方五時にここに来てね。マオのこと、頼んだわよ」

 幼い我が子の世話をお願いする母親のような気持ちで、彼女は言います。

〈大丈夫だ。いざとなったら、誰かその辺のロボットに通訳してもらうさ〉

 レッカーは一回大きなエンジン音をたてて答えました。レッカーの話す言葉は人間には通じないので、マオと直接お話しをすることはできません。本当は一緒にお話ししたいのですが、いつになるのでしょう。ユキがたくさんお金を手に入れれば、専用の機材を買えるのですけれど。誰かただで譲ってくれないでしょうか。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。あたしはいつでも大丈夫だから!」

 マオは自分の胸をドンと強く叩きました。

 根拠のない自信を持つのは前向きでいいとは思うのですが、それがとんでもないことをしでかす要因になるので、ユキは正直不安でした。

「本当に、マオのこと頼んだからね」

 お姉ちゃんは緊迫した表情で念を押しました。本当は、いつでもマオを手元に置いておきたいのです。

〈少しは信用したらどうだ。幼くても、ちゃんと自分の考えを持ってるじゃないか〉

 兄か父のように、ユキにそう助言します。

「でも、まだ学校にも入れない年だから……。ちゃんとわたしが見ててあげるべきなんだけど……」

 いつも冷静なユキですが、マオのことになるとどうしても神経質になってしまうのです。

〈お前がいつまでも子離れしないと、マオは成長しない。確かに人間は一人では生きていけないが、だからって人に頼ってばかりではまともな人生を送れない。たまには突き放すことも大切だ〉

 マオのことになると、レッカーは自然と口数が多くなります。

「分かった。突き放すつもりはないけど、勉強のためだと思うことにする」

 そして、お姉ちゃんはマオを見ます。

「いっぱい楽しんできてね。楽しかった話、あとで聞かせて」

 ニコッとユキは笑みを浮かべました。そしてマオの頭をなでます。

「うん、行ってくる!」

 どこで覚えたのか、マオは親指を立ててOKの意思表示をしました。


 お姉ちゃんがいなくなると、レッカーはこの街の地図を頭に思い描いていました。実はここに到着する前に、ユキから地図を見せられていたのです。レッカーはそれをキチンと記憶していました。

 レッカーは、ブルンブルンとエンジンをうならせました。

〈どこへ行く?〉

 とマオに尋ねたのです。

「レッカー、何? どうしたの?」

 もちろん、彼女には伝わっていません。

 レッカーはノロノロと走り出します。

「ああ、どこへ行こうかって? それなら、お花畑行きたいな。あ、でもその前にご飯かなー。おなか減ったし。ご飯食べられてお花畑もある所がいいなぁ」

 もうすっかり、レッカーが何を言いたいのかだいたい分かるようになってきました。これから何をするべきなのか想像して、彼がどうしたいのかを考えたのです。

〈ご飯が食べられて花が見れる所か……。どこかあったか?〉

 彼はもう一度地図を思い出します。

 この街は、市街地は十階建てのビルがいくつも並んでいる、いかにも地方都市らしい景色が広がっていますが、ちょっと郊外に向けて車を走らせると、すぐに土壁の建物が点在する景色に変わります。それに、もう少し郊外へ行けば山や森を楽しむこともできます。

 たしか、この街の東の端っこに、条件に合いそうな名前の施設があったような気がします。芝桜の名所らしいです。それに、ドライバーの休憩スペースもあり、お店があるとの情報でした。

 そこへ行けば、満足してくれるかもしれない。そう思ったレッカーは、ギアを変えて走り出しました。


2へ続きます。

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