第十七話:俺の戦争⑤
山の中腹辺りまでのぼってくると、男は山小屋の中に入っていった。
辺りは霧が地面を這うように立ち込めていて、肌を少し湿らせる。
太陽は雲に隠され、その姿をはっきり見ることはできない。
ユキはドアに耳をつけると、中から何か聞こえてこないか調べる。機械をいじっているような音が聞こえてくる。何をしているのだろう。
そうっと窓から覗いてみると、机に座って自分の体を工具でいじっていた。どうやら自分でメンテナンスをしているらしい。
彼女は静かにドアを開けた。
とたんに、男は床に降り、拳を握る。
山小屋の中はほとんど何も置いていない。あるのは机と少しばかりの工具と金属の棒だった。
「俺の後を追っていたのか」
男は冷たい目でユキを見た。
「ええ、ここで決着をつけようと思って」
ユキは中に入ってドアを閉める。
「そうか、あいにく俺は手負いの身でね、君とはしっかり体調を整えた時に勝負をしたい」
彼は工具を床に放り出した。金属の重い音がした。
「私は決闘をするつもりはない。あなたを話をしに来た」
彼女は懐からレーザー銃を取り出した。
「ほう、そういえば、それを見た時から言いたかったことがあるんだが、いいかな」
男は少しユキから遠ざかる。
「ええ、どうぞ」
彼女は銃の安全装置を解除する。
「俺は飛び道具を持っていない。この恰好を見れば分かるだろう。それを使うのは、いささか不公平ではないのか?」
フン、と彼は鼻を鳴らす。
「わたしは女。あなたは男。力の差を埋めるのには、これが必要なの」
表情を一切変えずに彼女は一歩彼に近づく。
「ほう、俺を素手でねじふせた女がそんなことを言うか。ロボットの俺でも笑えてくる」
彼はフフッと静かに笑う。
「あなたは、体がボロボロ。おそらく大規模な修理をしなくてはならないと思う。そのうち、人間にすらかなわなくなるかもしれない」
その言葉を聞くと、男は笑い続ける。
「面白いな。ロボットの俺が人間に負けるだと? それこそ笑いが止まらん」
「事実を言ったまで。このまま放っておくと、あなたは二度と動けなくなる。あとは、どうなるか分かるでしょ?」
「……使えなくなった兵士は、すぐに捨てられる。常識だ。それに……」
男は一呼吸置くと、壁際まで後退する。
「自分の体が、もう限界に近付いているのは分かっている。そんなこと、言われなくても最初から知っている」
ふう、と彼はため息をつく。
「だが、そんなことは関係ない。最後まで責務を全うするだけだ。たとえ足がなくなっても、俺は這ってでも人間を殺す」
すると、ユキは男の右ひざを銃で撃ち抜いた。
男は右ひざを床につく。
「わたしも仕事を成し遂げる。村の人たちを守るため、こうするしかない」
ユキはもう一歩彼に近づく。
そうして、次に左ひざを撃ち抜いた。
男は自分の体重を支えきれなくなり、うつ伏せに倒れる。
「……俺の見立て通り、貴様は兵士にふさわしい。どうだ、俺と協力して人間を殺さないか」
顔を上げてユキを見上げる。
「これを見ても、そう言えるかしら」
そう言って、ユキは懐からブローチを出した。
「この中には、男の子の写真が入っていた。どうして、あなたはこれを持ち歩いていたの?」
「そんなこと知るか。なぜだか知らないが、持っていないと後悔する気がしたんだ」
彼は視線をそらす。
「あなたを素手で倒せた時、気がついた。あなたは元々戦闘用につくられたロボットではないことを。あなたは養育ロボットなのよ」
彼女はブローチの中身を彼に見せた。
「これはおそらく、あなたが親代わりとなって面倒を見ていた子。戦闘プログラムでも支配できないあなたの意識が、これをずっと手放さずにいたと思うわ」
バカバカしい、と彼は声を荒らげた。
「俺は戦争をするために存在している。人間を殺すためだけにいる」
「あなたは今、本当の自分と闘っている。実際、村人にはケガをする者はいるけれど、死者はいない。無意識に、かつての自分を思い出しているの」
「……貴様はどうして、そんな非科学的なことを言える? お前は本当にロボットか?」
彼の言葉を聞いて、ユキは、
「さて、どうしてでしょうね。人間を連れて旅をしているうちに、なぜかそんなことを考えるようになった気がする」
「そうか……。変わった奴だな、お前」
男は驚きを隠せない表情をしている。
そしてユキは、男の喉めがけて銃を撃った。彼は目から光がなくなって、そのまま動かなくなった。
次の日、ユキは村を出発した。
たくさんのお金だけではなく、鉱物も大量に受け取った。
〈お疲れ様〉
レッカーは走りながら彼女に言った。
「ありがとう」
ユキは、自分の右手を見た。男の喉を撃ち抜いた時のトリガーの感触が、まだ残っている。おそらく一生忘れることはないだろう。
〈だけど、本当にいいのか? たくさん報酬をもらったというのに。全部なくなるかもしれないぞ〉
心配そうに尋ねる。
「ええ、彼にはまだ役目があるもの」
ユキは荷台の方を見た。
レッカーの荷台には、大量の鉱物と一緒に、例のロボットも搭載されていた。
三人と一台は、山道をどこまでも走っていく。
十七話は終わりです。十八話をお楽しみに。




