第十七話:俺の戦争④
ユキは、壁の崩れた音のした方へ向かった。
そこは家々が狭い間隔で立ち並んでいる所で、道は車が一台通れるほどの広さしかない。
人影がそこに一つあった。雨で視界が悪くてはっきり見えないが、男のようだ。ユキと同じくらい、いや、少し高いかもしれない。
近づいていくと、彼はこちらを向いた。服を着ていなく、所々皮膚がめくれて中の回路が見えている。細身だが引き締まっている。右手には、一メートルほどの金属の棒が握られている。
自分の方へ向かってきた女の子に少し戸惑った様子の男だったが、すぐに棒を握りしめ、ユキにそれを振りかざしてきた。
ユキは当然それを横に移動して避ける。レーザー銃を取り出して、男の手元を撃った。電気が金属に直撃したような音がし、棒が彼の手から弾け飛ぶ。そしてそれは近くの家の屋根に突き刺さった。
今度は拳で襲いかかってきた。だが、男の拳は空を切り、ユキは彼の足を自分の足ですくって転ばせた。ガシャンと、機械が地面に落ちる音がした。
誰が見ても、勝負は一目瞭然だった。ユキは銃をうつぶせになっている彼の頭に向けた。
「……貴様、人間のくせに強いな」
顔を上げて彼女を見た。その顔に感情はなかった。
「わたしは人間じゃない。ロボットよ。あなたは、相手が人間かロボットかも分からないの?」
ユキはレーザー銃を懐に仕舞った。
「……そうか、貴様はロボットか。俺は古いロボットだからな。認識機能がない。それに、あまりにも貴様が人間そっくりだ。ともあれ、襲いかかった俺が悪い。謝罪しよう」
男は地面にうつぶせになりながら頭を下げた。
「詫びるのはいいけれど、少し質問させてもらえないかしら」
彼女は男を見下ろした。
「なんだ、同志よ。作戦のことは少ししか知らないが、それでも良ければ答える」
男は相変わらず無表情だ。
「あなたは、どうしてこの村を襲っているの?」
「そんなの決まってる。任務だからだ。ここに住んでいる全ての人間を殺せというのが、隊長の命令だからな」
「隊長……。あなたは軍隊に所属しているのかしら」
「ああ、陸軍兵士だ。貴様はどこに所属している?」
「わたしはどこにも所属していない。物を売って暮らしている」
「そんなことしている時代じゃないだろう。人間をすべて抹殺し、ロボットによる健全な政治を行うのが、我らロボットの責務なのだぞ」
ずいぶん古臭いことを言うロボットだなと思った。
旅をしていると、たまに似たようなことを言うロボットと出会うことがある。人間はいらない、ロボットだけいればいい、ロボットなら争いを産まずに物事を解決できる、と。
でも、人間を即刻排除する必要はないのは明白だ。人間は現在、数を減らしつつある。地球環境が変わり、人間の食料をつくりにくくなっているのだ。人間だけではなく、哺乳類全体にまで、食料問題は広がっている。つまり、放っておいても人間はいずれ姿を消すのだ。
ロボットが数少ない食料を管理し、人間に均等に行きわたるように努力をしているという。それをもっと欲しいという集団が盗賊となり暴れることもあるが、ロボットの科学力にはかなわない。
ここまでの話しをこの男に伝えた。男は聞き入っていたが、話が終わると早速口を開いた。
「そうか……。三十年経って、そんなことになっていたのか。戦争は終わっていたのか……」
男は、ユキの話を一口一口じっくりと噛みしめた。
「もう、人間を殺す必要はない。あなたはおそらく、生き埋めになって戦後戦闘プログラムを取り除かれなかったロボット。だから、もう無意味な戦闘はやめたほうがいい」
彼女が手を差し伸べると、男はその手を取って立ち上がった。
「だが、人間は殺さなくてはならない。それが俺の使命。たとえ戦争が終わっていても、俺の任務は続く」
ユキはその手を離した。
「あなたは苦しんでいる。もう、あなたのように人間を殺そうと暴れているロボットはいないはず。闘って。本当のあなたは、人を殺したいと思ってはいない」
「俺は人間を殺す。それだけのために動いている」
そう言うと、男は背を向けた。
「明日の昼、ここで会おう。同志を増やそうと考えているのだ。貴様には、我が軍に加わってもらいたい」
そして男は、雨の中に消えていった。
翌日の朝、ユキは村長に呼ばれた。昨晩の結果報告が聞きたいらしい。
居間へ行くと、そこには村長だけでなく、村人が十人ほど集まっている。年寄りもいれば若者もいる。だが、いずれも男だ。
皆、座布団に座っていて、その後ろをお茶くみのおばさんが湯呑に入ったお茶を配って回っている。
ユキが顔を見せると、彼らは有名人を見つけたかのような顔をし、近くの座布団に座るよう促した。
「で、どうだった、ロボットとは分かりあえたか」
村長が身を乗り出して尋ねる。
「結論から言いますと、交渉は決裂しそうです」
その言葉に、男共はざわざわとそれぞれしゃべりだした。
「ダメだったのか。というか、それでよく無傷で帰って来れたな」
六十歳くらいの男が言った。
「はい、わたしは戦闘には慣れているので、あまり苦労はしませんでした」
淡々と彼女は答える。
「で、そのロボットはどうしてこの村で暴れているんだ?」
二十代の青年が尋ねる。
「あのロボットはどうやら、三十年前にこの村に兵士として派遣されたようです。詳細は分かりませんが、最近起動して戦争の続きをしているみたいです」
そう言うと、何で今さら、甚だ迷惑だ、という声があちこちからあがる。
「交渉は無理と言ったな。その根拠はあるのか」
四十代の男が訊く。
「戦前、ほとんどのロボットはメインコンピュータによって管理されていました。戦争が始まる時、メインコンピュータは戦闘プログラムを発動しました。それは、人工頭脳を支配し、人間を一人残らず殺すよう仕組んだのです。そのプログラムは戦後にアンインストールプログラムによって解除されました。しかし、あのロボットは、おそらく何かの事故で地中に閉じこめられ、戦闘プログラムが解除されなかったのだと思います」
なんてことだ、とため息があちこちから漏れる。
「すると、そのプログラムがある限り俺たちを襲ってくるってことか」
三十代の男が言う。
「そうだと思います」
ユキは静かに答える。
「ぶっ壊すしかないな」
二十代の男がそう言った。
「そうだな、それが一番手っ取り早いだろ」
四十代の男も賛同する。
「待ってください。捕獲してプログラムを解除すればいいだけの話です。壊す必要はありません」
ユキは、皆をなだめるように冷静に話す。
「お嬢ちゃんにも相手ができるほどのロボットなんだろ、そいつは。だったら、俺たちが一斉にかかったら余裕だな」
そうだそうだ、と声が大きくなる。
「さんざんそのロボットには迷惑してたんだ。ここらで決着させるべきじゃねえのか?」
五十代の男が声を荒らげる。
「決まりだな」
村長も、彼らの意見に賛同するようだ。
「ありがとう、ユキさん。俺たちの問題は俺たちで解決する。お前さんは安全な所に隠れていてくれ」
六十代の男が言う。
そうして、締め出されるようにユキは居間から出た。
今日の昼に、何が何でもあのロボットを説得しなくてはならない。同じロボットとして、破壊するのは避けたかった。
昼ごろ、約束通りユキは昨日の晩彼と出会った路地に着いた。
空はきれいに晴れていた。風も強くなく、暖かい。
二十分ほど待っていると、山の方から人影が一つこちらへ向かってくるのが見えた。例のロボットだ。間違いない。
「待たせたな」
裸の男は、そうあいさつした。
「いえ、わたしはたった今着いた所だから」
ユキは淡々と答える。
「そうか。それならいい」
ふむ、とあごに手を置いて考えると、男は辺りを見回した。
「ここじゃ話も出来ない。村人の目もあるだろう。ぜひ俺のアジトへ来い」
男は手を差し伸べる。
「それは無理」とユキは言った。「あなたに何をされるか分からないから」
「ハハハ」と男は高らかに笑った。「お互いロボットじゃないか。何を遠慮することがある。何もしないぞ。ただ、仲間に引き入れるための話がしたいだけだ」
「それをするためには手段を選ばない人かも、あなたは」
ユキは人差し指を彼に向ける。
「仲間になってもらう奴に、手荒な真似はするものか。昨晩君に襲いかかったことを怒っているのか? それなら謝罪しよう。この通りだ」
男は頭を下げる。二人称が“君”に変わっている。
「それはもういい。わたしはこの村の人たちに、もう二度とあなたがこの村を襲わないようにしてほしいと頼まれているの。あなたを説得するのに、あなたのアジトへ行くのは、都合が悪いわ」
それは同じだ、と男は反論する。
「俺は、戦地に赴くというリスクを冒しているのだ。もし人間側が軍隊を派遣してきたらどうする。君は俺を守ってくれるのか?」
「同じロボットとして、出来ればあなたを守りたい。でも、わたしにも生活がある。報酬をもらって生きていかなくちゃならない」
ふん、と男は鼻を鳴らした。そして足元に転がっている石を蹴った。それは高く宙を舞い、民家のガラスを破った。家の中から人の声は聞こえない。
「どうやら、俺たちは相反するようだ。君は人間を殺すつもりはないんだな?」
「ええ、そんなこと、したくもない」
ユキははっきりとした口調で答える。
「そうか……」
すると、男は背を向けた。
「明日からは敵同士。俺は君を破壊するつもりでこの村に来る。待っていろ、俺が正しいことを証明してみせる」
男はユキから離れていった。
その時、
「かかれ!」
突然、周辺の民家から村民が十人ほど飛び出してきた。手には金属の棒や鎌が握られている。そして、男に殴りかかる。
男は、一人の村民から金属の棒を奪い取ると、次々と村民たちを殴打した。その動きはすばやく、数回人間たちに殴られたがひるまず、足をすくいとったり腹を殴ったりして、彼らを戦闘不能にした。
途中、村民が男に棒を振りかざした時、男が首からかけていたブローチのチェーンに引っかかり、ブローチはちぎれて飛んで行ってしまった。
それを拾おうとするが、まだ戦える村民たちに阻まれる。
男は村民を全員倒した。そしてその場を去る。
男が去った後、ユキはそのブローチを拾った。それは二つに開けられるようになっていて、中には男の子の写真が入っていた。
「やっぱり……」
ユキはそうつぶやくと、男に気づかれないように後を追った。
5へ続きます。




