第十七話:俺の戦争③
ユキたちが山奥の村に着いたのは、昼過ぎのことであった。
大量の建設資材を荷台に積んだレッカーは、重い体を休めるように停車した。
空は晴れていた。昨晩雨を降らせた雲はどこかへ姿を消している。
「空気がおいしいね」
マオは助手席から降りると、辺りを走りだした。数時間もずっと座席に座っていて、体がうずうずしていたのだ。
「そうね。あまり空気が汚れていないし、人間には生活しやすい所かもね」
ユキはあまり興味がなさそうに答えた。そして運転席を降りる。
「これからどうするの?」
マオが尋ねると、
「村長にあいさつしに行く。仕事はそれから」
ユキは地図を見ながら歩いていく。
マオは彼女の背中を走って追いかけ、服の袖をつかんで一緒に歩く。
聞くところによると、この村は鉱山業で生計を立てているそうだ。近くの山から様々な鉱石が発掘され、それで村民の生活を支えている。
その証拠に、村には灰色の作業服姿の男がたくさんうろついている。泥まみれの服で、あちこちボロボロな人が多い。
ただ、今日に限っては様子が違った。紺色の作業服を着た男たちもあちこちにいる。その人たちは、壊れた家の壁の修復を行っていた。
壊れた家の数は一つではない。パッと見ただけでも、三分の二ほどの家が、一部壊されている。まるで何かで殴ったような跡だ。岩の壁が崩れて家の中が見える。
男たちは、ユキとマオには目もくれず作業に没頭している。どこか彼らの表情には疲れがうかがえる。
何か襲撃があったのだろうか。その疑問を脳裏に浮かべつつ、ユキは村長の家に着き、ドアをノックした。
一か月くらい前のことか、と村長が二人に話を始めた。
「この村の家を、一人の若い男が訪れた。土砂降りだったから、住民はもちろん雨宿りさせてやった。すると、突然その若い男が暴れ出したのだ。すぐに出ていったらしいが、騒動はそこから始まった。雨が降っている夜に、その男が村を襲撃しにくるようになった。わしらは肉体労働で稼いでいて体力には自信があるから、当然応戦した。だが、男はロボットだった。いくらつるはしで降りかかっても、まったく効かないのだ。戦闘に慣れているのか、ロボットはわしらの攻撃をすべてかわしてしまう。そして、家々を壊して回るのだ」
ふう、と村長はため息をついてお茶を飲んだ。
「なるほど。それで辺りがめちゃくちゃに壊れていたわけですね。それなら、軍隊を呼べば解決するのでは?」
ユキは、出されたお茶には手をつけていない。
「それはダメだ。わしらは三十年前のあの戦争を経験している。もうこの村であのような惨劇は見たくないのだ。だから、どうにか話し合いができないかと考えた。だが、奴は人間には耳を貸そうともしない」
村長はさっきから貧乏ゆすりが止まらない。
「それで、わたしに?」
「ああ、ロボットの君にならきっと耳を傾けてくれるだろう。そう思うのだ。しかも、君は人間の子どもを連れている。人間の気持ちを理解してくれている、なによりの証拠だ。そんな君に、人間の味方をして欲しいのだ」
彼は頭を下げた。
「……いいでしょう。ですが、報酬はその分よろしくお願いします」
ユキはまっすぐ村長を見た。
「それはもちろん。奴を撃退した暁には、相当の額を用意しよう」
村長とユキは握手した。
また寄り道かな。マオは二人の話を聞きながら、ふとそんなことを思った。
ユキは三十年前の戦争の経験者である。
なによりの被害者であり、そして加害者でもある。
もう、ロボットが人間を殺しまくるようなことは起きてはならない。
たしかに、戦争の原因をつくりだした人間のことは憎いが、だからって死んでもいいとまでは思っていない。
戦争はダメ、絶対。これはどの時代でも同じである。
村長の話を聞いた日の夜は、雨が降っていた。
今日も来るだろう。村民の中でそういう話が出ていた。
ユキは村長に、村民たちには家の中に隠れてもらうようにお願いした。無用な争いは避けたい。今回は話し合いなのだ。
雨の中をユキは傘もささず歩いていた。傘があると視界がさえぎられて危険だ。風邪なんて引かないから問題ない。服が濡れて重くなるのが難点か。
マオは、村長に預けた。「お姉ちゃんについていく!」と駄々をこねたが、そんなマオを見てユキは、絶対に目を離さないでください、と軟禁状態にさせることをお願いした。
村民の目撃情報によれば、そのロボットは必ず山の方からやってくるのだという。つまり、山から伸びているこの一本道を見張っていれば、必ず姿を見ることができる。
ユキは、家の軒下に腰を下ろした。待つことには慣れている。マオが食事をする時、用を足すとき、いつも彼女は待っている。数時間でも待っていられる。
山の上では雷が光っている。光と音の到達時間にかなり差があるから、かなり高い場所にあるのだろう。
すると突然、壁が崩れるような音が聞こえた。
もしかしたら、現れたのかもしれない。
彼女は、音の聞こえた方へ急いだ。
4へ続きます。




