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第十七話:俺の戦争②

 俺が目を覚ましたのは、雷がゴロゴロと鳴る夜のことだった。

 ここはどこだろう。俺はがれきが辺りに転がっている通路のようなところにいた。天井はそれほど高くない。通路は大人一人がようやく通れるくらいの狭さだ。

 辺りは一面焼け焦げている。もしかしたら、雷がここに落ちたのかもしれない。

 天井近くに、明かり取りの小さな窓があり、そこから雨が入ってきている。窓ガラスは全て割れているようだ。

 俺は裸だった。腕を見てみると、あちこちが焼けただれていて皮膚がめくれているところもあり、内部の回路が見えている。

 ざっと自分の体を確認するが、特に故障している部分はない。どうして自分が眠っていたのかは分からないが、頭部の回路がわずかに焼けている。おそらく強い電気的な何かが落ちたのだろう。それで気を失っていたのだ。

 首から何かがぶら下がっている。何だろうと思って見てみると、ただのブローチだった。それは開けられるようになっていて、中には人間の子どもの写真がある。これが何を意味するのかは分からないが、何となく捨てられない気がして、そのままぶら下げておくことにした。

 とりあえず立ち上がってみる。俺の背は高く、天井に頭が届いてしまう。少しかがんで進むことにした。

 少し歩いてみるが、動作に問題はない。燃料である水素電池は正常に動いているし、頭部からの命令はきちんと可動部に伝わっている。ただ、関節部分の調子はあまり良くなく、動くとギーギーと音がする。どれくらい眠っていたのか不明だが、相当の期間自分は動いていなかったのだと推測した。

 かがみながら進んだ先にあったのは、一軒の小屋の中だ。丸太で組まれた壁と床と天井に覆われている。明かりはついていなく、外からの雷光が時々小屋の中を照らす。

 小屋の中は、作りかけの作業ロボットの部品が散らばっていた。アームの一部やタイヤが数個、エンジンが一つある。あとは作業に使う道具類だ。

 俺はなぜここで眠っていたのだろう。どうして自分はここにいるのだろう。それを教えてくれるものはここにはなさそうだ。

 窓からは大量の雨と風が入ってくる。あまり天気は良くないようだが、ここにいても仕方がない。外へ出てみる。

 どうやらここは山らしい。辺りに山脈が分厚い雲の中から見え隠れしている。周辺に木々は一本も生えていなく、岩がゴロゴロしているだけだ。

 ますます、自分がここにいる理由が分からない。俺は機能を停止させる前、ここで何をしていたのだろうか。裸になってしまっていて身分を証明させるものが何一つないから、さっぱりだ。このブローチはいったいなんなのだろうか。

 何か手がかりはないか。周辺を探し回ってみると、ぬかるんだ地面にわずかに車両が通った跡が残っている。それは山の上からふもとに向かって伸びている。

 この先に文明があるかもしれない。そう思って、俺は山を下りてみることにした。


 雨に打たれながら、俺は山を下りていた。

 悪天候のためか、誰とも会わない。動物の影一つさえ見当たらない。雨や夜のせいで視界が悪い。五十メートル先が見えない。

 自分は誰だ。それだけを考えて、歩いていた。別に走る必要はない。雨が回路に入っても、それくらいで壊れる体ではないようだ。

 気温は二十度ほど。暑くも寒くもないが、雨に打たれていると体感温度はもっと下がる。

 ふもとに目をやっても、真っ暗で何も見えない。俺の目には暗視モードは搭載されていないようだ。何とも不便だ。

 三十分ほど歩いただろうか。やがて、民家が密集しているところにたどり着いた。あまり家の数は多くなく、村に分類される集落だろう。

 その家々は、山の中にあった小屋とは違って、石でつくられていた。その辺にある岩を削ってブロックをつくって積み上げた感じだ。

 家々に明かりはともっている。だから、そう遅い時間ではないのだろう。とりあえず、今が何年何月何日なのか知りたい。そこで、その辺の家を訪ねてみることにした。

 ドンドンと戸をたたくと、数秒経って一人の男性が姿を現した。年は六十歳くらい。頭ははげていて、半袖半ズボンの姿をしている。

「どうした、こんな土砂降りの夜に。しかも裸で。まあまあ、とりあえず上がれや」

 男性は心配そうな顔をして俺を迎え入れた。

 家はそう広くなく、人間が暮らすのに必要な施設が全て一室にそろっている。道具やベッドの数から、一人暮らしだと分かった。

 男性はタオルを渡してくれた。これで体を拭けということか。たしかに、俺はぐっしょりと濡れている。こんな体で家に入られても困るだろう。

 一通り拭き終わると、

「その辺に座ってくれ」

 と男性はソファを指さした。あちこち穴が開いている、ボロボロな灰色のソファだ。それに腰掛けた。

「お前さんはロボットか」

 男性は表情を曇らせた。

 俺がうなづくと、

「そうか、まあ、そうだよな、人間の数なんてたかがしれてるしな、ロボットの数の方が多いに決まってるよな」

 その男性はため息をついた。

 あまりロボットに良い印象がないようだ。でも、こういう人がいてもおかしくはない。人間は様々な考えを持つ。

 部屋を見回していると、カレンダーがかかっていた。そこには、年と日にちが書かれている。ん……。

 そのカレンダーによると、俺が機能を停止してから三十年ほど経っていることになる。そうか、そんなに長い時間眠っていたのか。

「今は、六月の何日だ」

 俺が尋ねると、

「二十日だが、それがどうした」

 男性は首を傾げる。

「いや、何でもない……」

 俺は時計を見つけた。夜であるのが正しいのならば、今は二十時五分だ。今の時間をコンピュータに記憶させる。

 ところで、と俺は彼に尋ねてみることにした。

「俺は誰だ?」

 すると、男性は一瞬目を見開いて驚いた表情をした。

「記憶喪失のロボットか、お前さん。びっくりだ。うーん、見たところ、体は細いから戦闘用ではなさそうだ。すまん、俺はこの村から出たことがないから分からん」

「そうか……」

 この男からたいした話は聞けなさそうだ。そろそろ家を出よう。そう思った時、

「まあ、戦闘って言っても、三十年前からめっきり起こらなくなったがな」

 三十年前……。そんな前に何かあったのだろうか。

「三十年前に何があった」

 そう聞くと、

「そんなことも知らないのか。まあ、自分のことが分からないんだ。仕方ないか。……ロボットの反乱があったんだよ。人間一掃計画が世界中で起きたんだ」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で何かが目覚めた気がした。遠い昔の記憶、いや、俺が気を失う直前の記憶……。

 すると突然、脳裏にある映像がよみがえった。銃を持って民家に押し入る自分の姿……。その銃で人を殺した自分の姿……。そのことに何の違和感も感じていない自分の姿……。

 次の瞬間、俺は男性につかみかかっていた。そのまま壁に投げ飛ばす。 俺はそのまま家を出た。

 そうだ、思い出した。俺は兵士だ。人類一掃のために駆り出された、兵士だ。


3へ続きます。

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