第十六話:誕生日
それは、あるケーキ屋さんを訪れた日のことであった。
ユキの仕事が成功したごほうびとして、マオに一つケーキを食べさせることになったのだ。
マオはレッカーで移動している時から体がうずうずしていて、早くお店に飛び込みたいと顔を火照らしていた。
レッカーが停まると、マオは破れんばかりに助手席のドアを開け、自動ドアが開くのを待ち切れず、手で無理やりこじ開けた。
店内は、紅葉した葉っぱで装飾されていた。秋の味覚キャンペーンをやっていて、新作スイーツが一番目立つように陳列されている。
入口から見て右側の棚には、ショートケーキやバラ売りのスイーツが置かれていて、左側には誕生日ケーキやお土産用の箱入りお菓子が並んでいる。
マオは陳列棚のガラスに顔をくっつけて、どれにしようか選んでいる。他にお客さんは親子二人だけで、お店の人もクスッと笑って小さな体の少女を観察している。
母親と十歳くらいの息子の二人は、左側の陳列棚の辺りで話をしている。
マオは陳列棚の左から右へ少しずつ移動しながら目をキョロキョロさせている。
遅れて、ユキが店に入った。店内の装飾やスイーツにはまったく興味を示さず、それらを選んでいるマオだけを、少し離れた背後から見つめている。
「ねえ、お姉ちゃん」
ふと、マオがこちらを向いた。
「何?」
マオに近寄って答える。
「今日は、高いやつを選んでもいいの?」
どうせダメだろうな、と思いながら訊いてみる。
「ええ、好きなのを選んでいいわ」
ユキは優しく微笑んだ。
「本当に!? うそはついてない?」
マオは目を真ん丸に膨らませている。
「本当よ。財布の中身は心配しなくてもいいから」
その言葉を聞いて安心し、マオはケーキ選びに戻った。
やがて、彼女は一つのショートケーキを指さした。それは、栗が真ん中に乗ったチョコレートケーキだった。新作ケーキで、値段は高い方だ。
「分かった」と、ユキは答え、二つ折りの財布を懐から出した。
ユキが会計を済ませている間、マオは親子を見てみた。
いちごがたくさん乗ったホールのケーキを選んでいた。店員は、ろうそくを十本添える。
「一人で食べ切れるかなぁ」と、男の子は嬉しそうだ。
「お母さんにも一口ちょうだいよ」
母親は口を尖らせる。
そうして親子は出ていった。
ケーキを受け取ったユキは、帰ろうとマオの手を握った。二人は店を出た。
レッカーが街の中心部を抜けて郊外に着いたころ、マオはふと訊いてみた。
「ねえ、あたしの誕生日っていつ?」
それを聞いたユキは、「運転変わって」とレッカーにお願いした。
「自分の誕生日を知らないの?」
そう言えば誕生日を祝ったことなかったなと、ユキは思い出した。
「うん、知らない」
当たり前かのように答えた。
ユキは少し考えた後、答えを出した。
「じゃあ、次仕事が成功した日が誕生日ってことでいい?」
「えー、なんか適当ー」
「ダメ? 次にお金が入らないとぜいたくできないのよ……」
「じゃあ仕方ない」
自由で気ままな二人と一台の旅は、まだまだ続く。
十六話は終わりです。十七話をお楽しみください。




