第一話:「おいしいね」③
二人と一台でその建物までやって来ると、周辺で人間がうろついているのが分かった。規模は数十人単位。建物の陰から黒くてゴツゴツした岩石を持って来ては、辺りに捨てていく。それらはうず高く積もっていて、山のようになっている。全て手作業らしい。
人間の働き場から数十メートル進んだ所に、丸太で出来た建物がある。その付近だけきれいで整備されている。事務所あるいは現場監督の宿泊所なのかもしれない。
あと数時間で日が沈むだろう。今夜はここに泊まらせてもらうようユキは交渉することにした。
「すみません。旅の者ですが、今晩お世話になってもよろしいですか」
ドアを数回たたくと、中から中年の女性が現れた。ユキとマオを見ると、にこやかに通してくれた。
内装は、事務所というよりも山小屋のような雰囲気だ。古びたソファにテーブル、キッチンもある。食材や包丁が投げっ放しになっているから、夕ご飯を作っていたのだろう。
「いきなりかわいいお嬢ちゃんたちが来てくれて、あたしはうれしいよ。ささ、お茶をどうぞ」
おばさんはお盆から三つテーブルに置いた。人間の中には、来客に対してたとえ相手がロボットであっても、お茶を出してもてなす者が少なからずいる。このおばさんもそういう人種のようだ。マオはねこ舌らしく、吐息で何回も冷ましながら飲んでいる。
「砂漠を横断しようと思っていたのですが、突然砂嵐に遭遇してしまって……。気がついたらここへ」
「ああ、あの砂漠かい。よく通ろうと思ったね。旅人ならまず避けるエリアなのに」
そうなんですか、とユキはうつむく。「どおりで、誰ともすれ違いもしないし、後ろについてきたりする者もいなかったわけですね」
「あと、この周辺にはロボットの機能を阻害する磁場のようなものが発せられているんだよ。向こうにある鉱山は見たかい? 元々あたしたちはあの鉱山で鉱石を採取して売買していたんだけど、変な鉱脈に行き着いて作業用ロボットが次々と人工知能に異常を起こしてね。仕方なく、今はこの地下の鉱脈を、人力で掘っているよ」
やはりそうか。あの人間たちは鉱石を掘っていたのだ。だが、一つ分からないことがある。
「あの人間たちはどこから仕入れたのですか」
おばさんは少し驚いた顔をし、くすくすと笑った。
「“仕入れた”って面白い表現ね。あなたロボットでしょ? でなければ、そんな言葉は出てこないからね。
あいつらはこの先へ行った所にある国の罪人たちだよ。服役している間、ここで働かせているのさ。ちなみに、あたしは刑務官。地下にはあたしの夫がいて、直接指揮を執っているの。近くの街に行くまで車で二日かかる場所だから、誰も逃亡しようとは思っていないよ」
ねえねえ、と話に飽きて辺りを歩き回っていたマオが顔を近づけてきた。「お姉ちゃん、おな――」
グウと腹のなる音がした。キラキラと瞳を向けてくる。食べ物を要求しているのが傍目でも理解できる。
「今夜は食べ物はなし! だまって寝なさい」
ユキは突き放すように言い放つ。
「そんな~」とマオは足をバタバタさせた。
「あなたは人間なのね。まるで子羊のようにかわいいわ。分かった! おばちゃんが気合をこめておいしいのを食べさせてあげるよ」
わーいと満面の笑みを見せるマオに、ユキはキツイ視線を浴びせたものである。
明らかに狙ったと見える。夕食は、子羊の肉入りのスープとパンだった。パンもスープもたくさんあるからどんどん食べて、ということだ。当然ながらユキには意味のない時間なので、彼女は空気にでもなったかのようにイスに座っている。
「羊さんはどこにいるの?」
マオがパンをほおばりながら尋ねた。おばさんが小屋の裏で食肉処理して調理したと思っているらしい。おばさんはスープをすくう手を止めた。
「遠い所から、どうぞ食べてって来てくれるんだよ。だから、残さないでね」
うん! と口へ放りこむマオの手のスピードが速くなる。この分だと、まだ数回はおかわりするのではないだろうか。
「本当にこの子かわいいねぇ。ずっとここにいてもらえたらいいのに」
ユキは身を乗り出した。大歓迎だ。ぜひそうしてもらいたい。レッカーが激怒するだろうが。座り直した。
「ダメだよ。あたしはお姉ちゃんといた方が楽しいもん」
むすっとほっぺたをふくらませる。くすくすとおばさんは笑う。
「それにしても、ロボットが人間の子を連れて旅をしているなんてねぇ。今の今までこんな旅人はお嬢ちゃんたちが初めてさ」
わたしもです、とユキが口を開いた。「当初は、人間と商売の旅をしていられるとは思ってもいませんでした。まだあまり慣れていませんが」
自然と、話しの流れはユキとマオの出会いのエピソードとなった。ユキは時々皮肉を交えながら、全て話した。
お風呂に入ってすっきりしたマオは、借りたベッドに寝転がっているユキを見つけると、眠い目をこすってベッドに倒れこんだ。感知してすばやく避ける。
「危ないじゃないの。いくらベッドが残り一つしかなかったからって、どうして一緒に……。まあ、いいわ。とにかく、おとなしく寝るのよ」
うんとマオは生返事をしたが、はたして分かっているのだろうか。マオは枕に頭を乗せる。ユキと半分ずつ使っているから、とても顔が近い。プククッと笑った。
「チュウする近さだね」
「……もう寝るわよ」
電気を消すと、背を向けてスリープモードの準備に入る。数分で発動する。
「明日はどうするの?」と背中の向こうから声がした。「すぐ出発するわよ」と返し、目をつぶった。
外からのエンジン音が目覚ましとなった。ユキはスリープモードから自動解除された。横を見る。マオの姿はなかった。トイレにでも行っているのだろうか。体を起こして朝日が差しこむ家の中を探し回る。うろうろして家の物を壊しでもしたら大変だ。
おかしい。すぐに感じた。人に気配が全くない。いるはずのおばさんも、姿を消している。家はたいして広くない。つまり、外にいるということになる。さっきからレッカーが騒いでいるのも気になる。
玄関のドアを開けると、すぐ近くにレッカーが止まっていた。複雑にうなるエンジン音を読み取る。
「ええっ、マオが無理やり連れて行かれた!?」
レッカーの話によると、夜遅くに家から人影が二人分現れたのだという。一人はおばさん、もう一人は眠っているマオだった。抱きかかえられながら、小走りで罪人たちの作業場の方へ行ってしまった。
「どうして止めなかったのよ?」と聞くと、追いかけたのはいいものの、すぐに地下へ通じる道へ入ってしまったから追跡は不可能だったらしい。
頼れるのはユキしかいない! と言われてしまったので、彼女は懐に銃が入っているのを確かめて、レッカーに案内された地下道へと足を踏み入れた。
中は階段が掘られていて、整備されていた。トロッコで鉱石を地上まで運ぶのだろう。線路が地下から伸びている。天井で電球が灯っているのでよく見える。奥からマオの泣き叫ぶ声がした。嫌な予感しかしない。転ばないように地面に気を配りながら、先を急いだ。
数分後にようやく巨大な空間へたどり着いた。大きさは、発達した都市で見かけたドームという建物と大体同じくらいだ。そこでの光景に、ユキは目を丸くした。
一角に大勢の作業員が集められていて、皆座らされている。近くに男と女が見張るように立っている。男は銃を握っている。女がマオをさらったのだろう。そしてそのマオは――
服を全てはがされ、皆の見せ物にされていた。大切なところを隠せないように、ひもで作業機械にしばりつけられ、四肢を広げさせられている。涙にぬれた顔はくしゃくしゃになっていた。
「何をしているの」
ユキのその声に作業員たちが一斉にこちらを見た。
おばさんが答える。「罪人共にも、たまには蜜を吸わせてあげないといけないだろ? ちょうどかわいい子が転がりこんできて助かったよ」
「銃を下ろしなさい。さもないと――」
射程内にまで駆けより、男に銃を向ける。ざわめきが起きる。だが、それより前に男はマオに近づき、銃口を彼女のこめかみに押し当てた。マオは歯をガチガチ鳴らしている。
「こいつがどうなってもいいのかよ!?」声を張り上げてそう言った。罪人たちとおばさんは体を縮こませている。
「いいわ」と答えた。一同に動揺が走る。銃を持つ男の手が震え始める。マオの顔に絶望の表情が浮かんだ。ユキは引き金に指を近づける。
「その後、あなたをレーザー銃で肉片一つ残さずに焼き殺すから」
男はユキの目を覗きこんだ。人工の目には感情などない。ガラスの瞳が男を映すだけのマシーンがそこにいる。恐怖心が増幅されていく。
ロボットは仕事を完全に成し遂げる。基本的なことを思い出す。彼女の言葉は真実だ。
ヘタヘタと男は座りこんだ。銃を投げ捨てる。おばさんも観念した様子だ。まさか、商人がレーザー銃を持っていたとは思わなかったのだろう。
ユキはレーザーでひもを焼き切り、マオを抱きかかえながら足早に脱出した。後ろから銃をぶっ放す輩はいなかった。
「うっうっ……」
マオがユキの腰に抱きついて泣きじゃくっている。ユキは右手でハンドルを操作し、左手でマオの頭をさすっている。子をなぐさめる母親のように優しい表情をしている。
服を取り戻す余裕はなかった。だから、今はユキが自分の上着で彼女をくるんでいる。
昨日と比べて整備されている道なので、レッカーは全力疾走に近い速さで走っている。彼が悲鳴を上げるまでフルスピードを維持するつもりだ。
ユキは、どうなぐさめたらいいのか分からなかった。だから、めいいっぱい甘えさせることにした。それぐらいしか思いつかなかった。
涙が枯れるまで泣いた後、マオはユキのひざに頭を乗せて寝息をたて始めた。疲れ切っていたマオの顔が、すぐにいつもの寝顔になる。
次の街に着くときまで眠り続けた。その間、ずっと手を握ってあげていた。
「まったく! どういうことよ」
業者との交渉を終えて、ユキはレッカーに乗りこんだ。一人と一台は期待を寄せるが、彼女の表情を見てすぐに察した。
「このロボット、長い間磁場にさらされていたせいで、人工知能どころか全ての中枢機能がダメになってるみたい。外装とバルカン砲がちょっとした値段で売れるだけよ。労力と全然釣り合わないわ」
ポケットから小銭を出して見せてやった。マオの食事一食分にしかならない。
「ねえ、お姉ちゃん」
袖を引っ張って、通りの向こう側を指さした。ハンバーグチェーンの大きな看板が目に入る。あきれて何も言えない。だまって手を引いて連れていく。マオはユキの背中にニヤッと笑った。
「おいしいね」
ソースで口の周りがベトベトに汚れ、ユキが紙で拭う。
人間は嫌いだが、この無邪気な笑顔は悪くない。