第十三話:麻薬騒動②
「初めに断っておきます」と事務所の者はそう切り出した。
ユキは、仕事紹介所で検索した住所までやってきた。具体的な仕事の話はそこでなされるということだった。すぐに応接室に通された。
目の前に座って対応しているのは、三十代の男だ。人間で、紳士的な印象がある。背が高く、細いものの筋肉は引き締まっている。
「やめるのなら、今のうちです」
彼は声を潜めた。
「仕事としては簡単です。後でお渡しする品を、とある所まで届けていただくだけですから」
「何か危険なことでも?」
彼女はいたって落ち着いている。いつもと変わらない口ぶりで尋ねた。
「まず、これを見てください」
男は、テーブルの脇に置かれた地図を手繰り寄せた。
「これは……この地域一帯の地図ですか」
「はい、この地図の右端に少しだけ見えているのが、この街です。それからずっと続いているのが山岳地帯なのですが……」
男は言葉を濁した。
求人には、危険地帯を通る仕事だと書いてあった。この地図をよく見てみれば、高い山々を避けるように道が何本も入り組んでいる。初めて通る人はおそらく苦労するだろう。
「山賊、ですか」
ユキが一言ぼそっと言うと、
「は、はい。その通りなんです」
ハッと目が覚めたように、男は縦に首を振った。「昔からこの山岳地帯には山賊がうろついているのです。私たちの商品を運搬中に狙われることもしばしばありました。ですから、運び方に一工夫することにしました」
これは思ったよりも危険な仕事だ。賃金がやたらと高かったが、なるほどこういう理由があったのか。これでは誰も仕事を受けないだろう。
「商品を水に溶かして一見するとただの水にしか見えないようにし、それを巨大なタンクに詰めて運ぶのです」
ん、何だか雲行きが怪しくなってきた。
「商品? 求人には金属製品と書いてありましたが、違うのですか」
「はい、私たちが運んでいるのは、麻薬です」
そう言うと男は、懐からタバコを取り出し、ライターで火をつけた。
ああ、なるほど。ユキは一瞬で納得した。別の商品を運んでいるように見せかけて、麻薬を運ぶ仕事だったのか。さすが貿易の中継地点だ。そういった闇の商品までも裏で動いているのだ。
「ここに、街の名前が書いてあるのが分かりますか。そこに私たちの会社の支部がありまして、そこまで運んでいただくことになります」
男は、地図の左端をトントンと指で叩いた。それと同時に、タバコの灰を灰皿に落とす。
「ちょっと待ってください」
ユキは話をさえぎる。「わたしは、金属製品を運ぶとお聞きしてお話をうかがいに来たのです。麻薬を運ぶ仕事なんて出来ません」
それを聞いた男は、煙を吐くと、フンと少し鼻で笑った。
「そうでしょうね。この仕事に応募してきた方は、ほとんどが口をそろえてそうおっしゃいます」
男はタバコをもみ消した。
「ですが、この話を聞いてもらった以上、やめていただくわけにはいきません。どうしてもやってもらいます。最近応募されてくる方がいなくて困っていた所なのです」
「しかし、先ほど、『やめるのなら今のうちです』と言いましたよね。拒否権はあるはずです」
ユキは今にも逃げられるように立ち上がった。
「それは、最後まで話を聞いてもらうために言ったまでです。言葉をそのまま鵜呑みにしてはいけない。商売をしてるとね、こんなこともあるんですよ」
フフッと男は笑う。
「ちなみに、逃げようとしてもムダですよ。この応接室のドアの向こうには、私の部下を二人配置しています。私の言葉がない限りそこを動かないよう命じています。どうか、ムダなあがきはおやめください」
ユキは窓を見た。ここは二階だ。ロボットのユキなら、着地に気をつければ問題はないだろう。突き破るか?
すると、それを見越したように男は窓を指さした。
「表に止めてあるクレーン車の周りにも、私の部下を置いています。中には可愛らしい少女が乗っているらしいじゃないですか。ケガ、させたくないでしょう?」
「マオには絶対に手出しさせません」
ユキはとっさに懐からレーザー銃を取り出す。
「それをぶっ放すのはやめたほうがいい。部下は全員拳銃を持っています。かえって自らの体を危険にさらしてしまう」
彼女は、チッと舌打ちして、それを仕舞う。
「さあ、座ってください。そろそろ具体的な話に移りましょう」
男によると、実行日時は翌日の夜遅くからだという。闇夜に紛れて運ぶのが一番だということらしい。
また、この街の警察の監視が最近厳しくなっていて、検問に捕まると最後だ。だから、それに引っかからないルートをたどる必要がある。
この地図の通りに走ってください、と一枚の地図を渡された。それには赤ペンで道に線が引かれている。
「それでは、明日はよろしくお願いします。ちなみに、明日まであなたたちの行動はずっと監視させていただきます。その足で警察に飛びこまれたら困りますから」
男はクスクスと笑った。
3へ続きます。




