第十三話:麻薬騒動①
暗くて先の見えない森が、整地されていない道に沿ってどこまでも続いている。
昨日雨を降らした厚い雲が、夜更けの森を覆っていた。その雲は恐ろしいほど真っ黒で重そうだった。昼間は緑色をした広葉樹の葉が綺麗なのだが、今はまるで雲が地上へ落ちて溶けたかのように闇に包まれている。
月や星の光すら届かないこの森に、一つだけ光るものがあった。それは、真っすぐになったり山なりに沿って大きく曲がったりしている道を、時速五十キロほどで進んでいる。自然のものではない光だ。
双眼鏡で崖の上から見下ろしてみると、一台のクレーン車だった。ヘッドライトをめいいっぱい点けて前方を照らしながら走っている。ここからは遠く、また逆光で車体の色は分からない。だが、クレーンが車の前方に垂れているから間違いない。
見張りの者はパイプイスから立ち上がると、背後に設営された三角のテントへ走り込んだ。なるべく明かりが外へ漏れないよう、その中の照明は最小限に絞られている。
「リーダー、約一キロ先から例のクレーン車が走って来ています」
テントの入口で背筋をまっすぐ伸ばしながら、細い体をした見張りの男は、リーダーへ興奮気味に報告した。
「どうやら成功したようだな」
テントの奥であぐらをかいて座っているのは、屈強な体つきの男だ。見た目は若々しいが、顔や腕にいくつもの傷跡が刻まれている。
「そうですね。成功して良かったですよ」
痩せた男は、リーダーの言葉を繰り返すように誇らしげに言った。
「良かった、じゃないだろ。作戦は絶対成功させるつもりで実行しなくてはならない」
「すみません」
「そのクレーン車は何を積んでいるか分かったのか?」
リーダーは痩せた男の背後を指さした。
「ダメですね。目視では暗すぎて全然見えません。……というか、おそらく布か何かで荷台を覆っているかと」
「仕方ないな。簡単に取引内容をバラすような商売人は、大した商売はしていないだろう。……夜更けは軍が巡回することは無い。早速、あいつらを待ち伏せさせよう」
リーダーは静かに含み笑いをしながら迷彩服の裾をまくし上げ、側に置いてある無線を手に取った。
周りを広大な森に覆われているこの街は、陸路での交易で栄えてきた。森を切り開いて畑をつくり、そこで出来た野菜を主製品として運び出している。また、小規模ながら鶏や豚の畜産も行われていて、山から流れてきた栄養たっぷりの地下水を吸って育った作物を食べ、それらの肉は豊富な栄養分を蓄えている。そのおかげで肉はとても引き締まってジューシーであり、なかなか手に入りにくい名産品となった。この街に住む人々は、肉の評判が良くなってから地下水のすばらしさに気づき、それまで数十キロ先の濁った川から引いていた水をぱったりと使わなくなり、野菜の育成にも地下水を使用するようになったのだという。今では、水道から地下水がそのまま出てきて、各家庭の料理に使用されている。このようにして、この街は地方都市の仲間入りを果たした。
そして、この街の周辺にはいくつもの村が点々と存在し、それらへ物資を送るための中継地点にもなっている。そのため、野菜や肉以外を取り扱っている業者は多数ある。
街の中心部にある仕事紹介所のドアを開けた少女は、それらの業者の求人を探すためにやってきた。
見た目は十四歳ほど。ショートヘアーで作業着を着ている。身長はその年の女の子にしては高い方だ。
初めて来た街の紹介所であるにもかかわらず、その少女は真っすぐ目的の場所へ向かった。こういう施設のレイアウトは、どの街も大抵変わらない。今までがそうであったように、今回もまたそうだった。
ドアを開けて正面に進んですぐの所に五十ほどのテーブルと回転式イスが置かれ、その上にデスクトップ型のパソコンが同じ数だけずらっと並んでいる。そしてほとんどが人やロボットに使われている。
彼女は手前の一番右端の席に座った。背筋が伸びている。パソコンはすでに起動されていて、求人を検索できる状態になっている。息をつく間もなく、少女はプログラマー並みのタイピング速度で必要事項を入力していく。
画面に検索結果が表示された。それはどれも、野菜の運搬の仕事だった。全て薄く赤いバツ印が付けられている。既に無くなってしまった求人だった。
別のキーワードを入力し、エンターキーを押した。肉の運搬だった。これも全てバツ印が付いている。
少女は小さくため息をついた。予想していたことだが、人気な商品に関する仕事は競争率が高く、すぐに締め切られて決められてしまう。つまり、早い者勝ちだ。
彼女の手が止まったのを見て、足元でうろちょろしていた小さい少女が、天敵に気付いた野うさぎのようにパソコンの前に座る少女を見上げた。
「また、仕事見つからなかったの?」
小さい少女は不安そうなか細い声で尋ねた。
「そう」
作業着の少女は、画面から目を離さないで生返事した。画面をゆっくりスクロールさせている。
「でも、まだ探してるね。諦めてないの?」
今度は、少しだけ希望の光を見たような声で訊いた。
「そう」
視線を全く変えずにそう返した。スクロールするスピードが速くなった。猫背になり、顔と画面の距離が近くなる。
「同じ仕事しか探してないんじゃないの?」
やはり心配そうに言う小さい少女。
そう、と言いかけて猫背の少女は、催眠術が突然解けたように画面から目をそらし、イスを回転させて小さい少女を向いた。「どういう意味?」
「だってお姉ちゃん、儲かる仕事をしたいって言ってるのに全然儲かってないもん。色んな仕事したほうがお金もらえると思うよ」
「例えば?」
お姉ちゃんは少し語気を強めた。
「えー、突然言われても困るよー。うーん……」
小さい少女はその場に座り込んで考え始めた。
お姉ちゃんは、パソコンへと意識を戻した。検索項目の一番上には、『申込数』『多い』という単語が書かれている。
その言葉を見たのか、あるいは直感なのか、小さい少女は三十秒くらい経った後にこう言った。
「みんなが嫌がりそうな仕事は?」
「例えば?」
「えー、またあたしに聞くのー?」
「冗談よ」
お姉ちゃんはマウスを動かし、『申込数』『少ない』という単語に変えた。そして決定キーを押す。
そして、一番上に表示された求人を読んでみた。
それは、危険地帯の山奥を通らなくてはならない仕事だった。
2へ続きます。




