第十二話:爆発
数百メートル先に建っている工場が、カウントダウンされた後に爆破された。建物の真ん中あたりの柱が最初に崩れて背が低くなり、次に土台が爆破されて完全に崩壊した。霧のように覆った土ぼこりが消えると、コンクリートと鉄筋の塊が散乱しているだけとなっていた。建物は跡型もなく消えた。
「さすがに迫力あるわね……」
ユキはここまで流れてきた土ぼこりを手で払うと、あっという間に変わり果てた景色を見つめた。
地震が発生した時の耐久性に問題があると判明したらしく、そのことが行政から指導が入ると、すぐに社長は建て替えを決定した。補強工事で十分だという声が社内からあがったものの、トップの決断は速かった。
社長は、ユキよりもさらに後方で専務と並んで工場が崩れていく様を見届けている。二人に笑みがこぼれた。
ユキにはその笑顔が不思議でならなかった。だが、自分の仕事には関係ないので特に気にしないでおく。彼女の仕事は、倒壊した工場から集められる鉄筋を街中まで運ぶことだ。
ユキの所へ、スーツを着た若い男性が近付いてきた。彼は営業スマイルを浮かべ、
「どうでした? 爆破解体の感想は」
と、尋ねる。
「わがまま言ってこの瞬間に立ち会わせてもらって、感謝しています。迫力があって、見学した甲斐がありました」
すると、営業マンは作り笑顔ではない、本当にうれしそうな笑みを見せ、
「そうでしょう? 僕、爆破ってすごく好きなんです。形のあったものが爆弾で一瞬のうちに粉々になるのって、快感ですよね。一番効率的に爆破できる爆弾を探してくれと社長から言われて調べるうちに、マニアになってしまいました。特にダイナマイトがすばらしく――」
彼はダイナマイトの発明について語りだした。仕事中であることを忘れ、知識を披露する。
ユキはそんなものに興味は無いので、辺りを見回した。すると、社長と専務の後ろに、三十歳くらいの女性が一人佇んでいるのを見つけた。黒いスーツを着て、胸に額縁に入れられた写真を抱えている。女性はまっすぐ社長と専務を見つめているようだ。にらんでいるようにも見える。ユキは、場違いな格好のその女性が気になり、営業マンから離れて彼女に声をかけた。
「あなたはこの工場の関係者ですか?」
「関係者……。二年前まで、夫と一緒にあそこで働いていたのよ」
「思い出のある場所だったんですか?」
「思い出……。確かに、夫と出会ったのはあそこだったし、結婚を約束したのもそこだったから、思い出の地であるのは間違いないわ」
楽しかったことについて話しているのに、あまり楽しそうではないなとユキは感じた。
「それなのに、どうして遺影を持っているんですか?」
写真の中の男性は、黒いスーツだった」
「この工場で死んだの。突然天井から落ちてきたコンクリートの塊が偶然夫の頭に当たって……」
「お気の毒に……。それじゃ、ここはもう……」
「そうよ。来たくもない所よ。でも、来なきゃいけなかった。事実を隠ぺいしようとしている瞬間を見なくちゃいけないの」
「隠ぺいとは?」
「会社は、夫の機械操作ミスで機械に巻きこまれて頭を打って死んだっていうことにしたいみたい。事実、世間にはそう公表されているの。本当は、耐久劣化していた所を長い間放置していたのが原因なのに」
「…………」
「重機でチマチマと解体するより爆弾を使った方が効率的だっていう話だけど、実際はひび割れが進んだ壁を早く壊したいからなの。今思えば危険だったわ。壁という壁がほとんどひび割れていたんだもの。いつ崩れるかおかしくなかった」
「警察には訴えたんですか?」
「もちろんよ! でも、取り合ってもらえなかった。絶対お金を握られているに違いないわ」
一呼吸置くと、最後にこう言った。
「国に直接訴える準備をしているの。夫のためにも、必ず報いを受けてもらうわ」
女性は足早に去っていった。
ふう、とユキはため息をついた。
「君、今あの女と話をしていたな。どんなことを言ってた?」
社長がそばにやって来た。さっき聞いた話の要点を伝えた。
「まだそんなことを言っているのか……。妄想女に付き合わせてしまって申し訳ない。彼女は異常なんだ」
「異常というと……?」
「あの女は二年前、私の工場で作っている弁当に農薬を混ぜたんだ。不特定多数の人が苦しむ様が見たかったと、あの時は言ってたな。もちろん解雇した。逮捕もされた。だが、罰金だけ払って釈放されたんだ」
「それはどうして……」
「極度の妄想癖で精神が不安定だから、らしい。迷惑極まりない」
「でしょうね」
「それから、我が社への嫌がらせが始まった。いたずら電話、不審な郵便物、爆破予告……、思い出すだけでもイライラする。仕舞には、結婚してもいないのに、ここで亡くなった夫の賠償をしてくれときたものだ。とんでもないよ」
「あの写真はどなたなんでしょう」
「私の息子だよ。不名誉だ!」
「コンクリートの塊が落ちて亡くなったのはウソということですか?」
「当たり前だ。そんなことになれば私は逮捕される。会社は潰れる。警察に賄賂なんて無意味だし、マスコミと国民が黙っていないさ」
社長は、最後にこう言った。
「これ以上あの女が付きまとうなら、損害賠償を請求しようかと思っている。社員は皆疲れきっているんだ」
彼は足早に去っていった。
ふう、とユキはため息をついた。
聞かなければ良かったと、彼女は思った。




