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第十一話:おいてけぼり

 ショッピングセンターの広くて静かな立体駐車場から、俺のエンジン音が消えた。ユキによってキーを抜かれた。

「レッカー、お留守番よろしくね!」

 助手席から勢いよくジャンプして着地したマオは、ワクワクし紅潮した笑顔を見せる。

「というわけだから、少しの間ここで待ってて」

 習慣のようにその言葉を放つユキ。

 せっかく大きな街に来たのだから、ということで、俺たちはこの街で一番の敷地面積を誇るショッピングセンターにやって来た。マオの食糧や服を買うためらしい。それならその辺の小さい店でもいいはずだが、この店を選んだのはゲームセンターが併設されているからだ。やはりこの街で一番多く遊技台が設置されていて、平日でも世代問わず賑わっている人気スポットなのだそうだ。

 街から街へ物を運ぶ旅ばかりで飽きているマオのためにユキが気を使ったのだろう。実際ゲームセンターに行く話を彼女にすると、飛び上がるように喜んで運転中のユキに抱きついた。そのせいで、彼女のハンドル操作が乱れて建物にぶつかりそうになり、俺が自ら避けるという冷や汗ものの出来事を体験することになったわけだが。

 そんなわけで、今俺は二人のいなくなった駐車場でエンジンを切って待機している。マオのはしゃぐ声とそれに返事するユキの落ち着いた声のするいつもの車内は、ほとんど無音に近い。聞こえるのは、ここを出入りする他の車の発する音と、そこから降りてきた人たちの楽しげな会話だ。いずれも遠くから響いてくるだけだから、騒がしいということは無い。

 はっきり言って暇だ。働く車にとって、何もせずにじっとしているなどと、なかなか辛い。数時間走りづめで休憩するのなら分かるが、前の街から二、三十キロしか走っていない。早く何か運びながら走りたい。

 仕方ない。隣の車に話しかけてみるか。

「なあ、暇そうだな。俺も暇なんだ。お互い大変だな」

 無難な言葉を選んだつもりだ。普段は他の車と話すことはしない。同じクレーン車なら話も弾むが、一般車と話しが合うか自信が無い。そして、隣にいるのは緑色の車体をした軽自動車だ。丸っこいデザインで女性に人気だが、男性にも隠れファンがいるようだ。

「………………」

 返事は無い。だが廃車には見えない。だとすると、寝ているか無視しているか、だろう。うん、これは前者だと思っておこう。

「起きてくれ。暇なんだ。話し相手になってほしい」

「おっ?」

 驚いたような声でこちらに視線を向けた。「どうしたの? ごめん、寝ていたわけではないのだけど、意識はあなたに向いていなかった。もう一度言ってくれないかな?」

「君は、こんな所で待機させられて暇じゃないのか? 俺はいつもさみしい思いをしてるんだ」

「ああ、なるほど。……いや、そうでもないよ。オンラインでゲームをしているんだ」

 緑の車は、助手席の窓を開けて車内を見せた。埃を被ったカーナビが作動していて、画面内で二人のキャラがモンスターと戦っている。

「今時のカーナビってそんなことが出来るんだな。俺にはそのカーナビすら無いというのに」

「カーナビを持っていないの? 僕はそっちの方が驚きだ。あなたはクレーン車なのだから、遠くの街へ仕事に行くこともあるでしょ?」

「確かにそれが日常だが、うちの運転手はアナログ派でね。紙の地図を片手に旅するのが好きなんだ」

「ほう、さっきちらっとあなたの主人を見たけど、なかなか若かったよ。若い世代にも物好きがいるもんだねぇ」

「そのせいで、いつも寄り道をする羽目になっているがな」

「どういうこと?」

「街の地図には、コンビニやレストランの場所がよく記されているだろ? うちのチビッ子にくいしん坊がいてね。ここ行きたい、あそこ行きたいと駄々をこね始めたら止まらなくて。仕方ない、と主人も妥協する始末だ」

「ふふっ、楽しそうな旅をしているんだね。うらやましい」

 緑の車は、懐かしいような少し悲しそうな声でつぶやいた。

「どうした? 君は旅をしたことが無いのか?」

 俺は慎重に伺ってみた。

「週に一度のペースで海や川を目指してドライブしていたよ。魚を釣りに行くんだ。誰も行かない様な穴場を僕と二人で探して、荷台に道具を積んで……。大物を釣ったこともあったけどそれは奇跡が起きただけで、大抵は何も釣れないで帰ったな。彼、不器用だから」

 何かを惜しむような感情が見え隠れしている気がする。その車は話し続ける。

「ある日、僕は帰り際にこう言ったんだ。『一匹も釣れないようなら、才能無いんだよきっと』って。彼、すごく悲しそうな顔をしてたよ。奥さんを亡くした時と同じくらい落ち込んでいたと思う。それを引きずっていたからなのかな。まさか、こうなってしまうなんて……」

「ん? 何が言いたい?」

「あなたは僕の車内を見て何も思わない? ほこりが積もっているでしょ? 三か月以上ここから動いていないんだ。僕の主人は――」

 沈んだ声で続ける話を、俺は遮った。

「すまん、まさかそう言う話だとは思わなかった。俺が間違っていたよ。暇しているなんて贅沢だ。乗ってもらえる主人がこの世にいるだけで、全然暇なんかじゃない。もっと早くそのことに気が付くべきだった。君を傷つけたのなら謝る。気を確かに持ってほしい。新しい主人はきっと見つかる。俺の主人に言えば優秀なディーラーに連れて行ってくれる。何なら俺がそこまで牽引す――」

「ちょっ、ちょっと待って。誤解してるよ。落ち着いて。僕の主人は生きているよ」

「え?」

「ここへ僕を運転して来たのはいいけど、そのことを忘れてタクシーで帰っちゃったんだ。その後すぐに仕事で遠くの街へ出張して、僕を置いてけぼりにしたのさ。彼が向こうに着いてから言ってやったよ。『次会った時は、会えなかった日数分入院するように轢いてやる』ってね」

「言ってやったって、どうやって……?」

 俺の言葉を待っていたかのように、カーナビのゲーム画面が切り替わった。チャットが出来るらしく、一番上には、

『どうした? いきなりお前のキャラが止まったせいでモンスター倒せなかったじゃないか』

 という男性からのメッセージが載っていた。

十一話終了。次回をお楽しみに。

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