第十話:ピカピカな街
どこを見渡してもピカピカな街があるという噂を聞き、ユキたちは山を越えてやって来た。
「確かに、聞いた通りピカピカだったわね……」
レッカーでぐるりと街を観光した後、疲れたので休憩のために公園へ立ち寄った。灰色かつ長方形の石で舗装された綺麗な散策路が敷地を一回りしている。公園の外側は木々が生い茂っていて、内側はほとんど同じ長さの雑草が敷き詰められていた。そして中心部には、子どもが十人ほど快適に遊べそうな広さの丸い噴水が設置されている。草々の匂いと木々から吐きだされた空気がおいしく、まるで山の中にいるようだ。
「お姉ちゃん、見て見てー!」
マオは草原へ仰向けに寝転び、辺りの草をブチブチと両手で引きちぎって真上にばらまいている。風にあおられ、紙吹雪のように散った。
「服に草の汁が付いて取れなくなるわ。やめておきなさい」
「お姉ちゃんが洗ってくれるからいいもーん」
「だからやめてって言ってるのよ」
あきれて小さくため息をついた。
「一緒に寝よ?」
「作業服が汚れるからお断り」
「どうせもう汚れてるからいいじゃない」
「……そろそろ洗濯するわ」
すると突然、四十歳くらいの男性が二人に近づいてきた。
「お前たち、草を散らかすな!」
男性は足を踏み鳴らしながらマオの横に立ち、手首をつかんで無理やり立たせた。痛い痛いと彼女は金切り声を出す。
「すみません。もうこんなことはさせませんので、許してくれませんか」
マオを引きはがしたユキは、小さく頭を下げた。
「いや、許さん。街の景観を損なう奴は、たとえ子どもだろうと例外なく刑務所行きだ。そこで待ってろよ。近くの家に電話を借りて警察を呼ぶから」
男がアスリート並みのスピードで公園を飛び出していくのを見計らって、二人は急いでその場を離れてレッカーに飛び乗った。今すぐ走って、と緊迫した声でユキが言うと、ギアとアクセルが高速に動いて発進した。あっという間に大通りへ抜けた。
「何だったのかしら、あの人……」
ユキは運転をレッカーに任せ、マオの頭をなでた。
「びっくりしたー」
マオは別に泣きべそをかいてはいないが、胸がドキドキするくらい驚いたようだ。
「それにこの街の人たち、失礼すぎるわ。わたしやマオの格好を、汚いとか古臭いとか言ってゴミを見ているように避けていたし」
〈塗装が剥げてて土まみれの汚いクレーン車だなって唾をつけられたんだ。思わず轢きたくなったよ〉
レッカーも排気ガスをブスブスと噴かせて文句を言った。
「ビルや道路が新品みたいに整備されていて、どこにもゴミが落ちていないのは評価できるけど、人々があれではね……」
全くだ、とレッカーも彼女の言葉に賛同した。
「たしか、『お前たちは山向こうの街から来たんだろ』って言われたわよね。それが気になるわ。どういうことか知りたい」
〈この街の人と話すのはこりごりだ〉
二人と一台は、逃げるように街を後にした。
「あの街に寄ったのかい? 災難だったろ。あそこの人たちは異常なんだ」
山を越えた所にある街へ戻った彼女たちは、畑の土を手作業で耕している若者に尋ねた。
「それは肌で実感しました。綺麗好きが過ぎます」
「その通りさ。モノは何でも新しくてピカピカでないと気が済まない、もしもちょっとでも壊れると、すぐに捨てて新品を買わなくてはならない、と考えているようだ。かつてあの街では衛生状態が悪いことが原因で病気が流行したことがあったらしく、それ以来敏感になっているんだ。街の予算の大半が、建物や道路の修繕費に使われていると聞く」
「もうあの街には行きたくありません」
「そうだな。君たちにはこの街が合っているよ」
「わたしは、畑の隣にあるあの土づくりの家が珍しくて好きです。永住とまではいかなくても、少しなら住んでみたいです」
ユキは安堵の表情を浮かべた。
「いいね! ペンキや土で汚れた君の作業着、あちこち糸がほつれたこの子の可愛い服、そして年季の入ったクレーン車の車体、まさしくこの街にぴったりだ」
次の街に行ったら必ず洗濯するわ、とユキはレッカーを走らせながらつぶやいた。
第十話終わり。次回をお楽しみに!




