第一話:「おいしいね」②
用事を済ませると、ユキはすぐに街を後にした。取引する商品もなし、買い物するお金もなしでは、居座っているのは時間のムダだ。
ビルの森から抜け出したとたん、砂漠のかわいた大地が姿を見せた。砂だらけの場所はまだ先だが、固い岩盤の乾燥した地面は生き物の命をじわじわと奪っていく。あちこちにサボテンがあるだけだ。
遠くから砂が舞い上がって、こちらに吹き抜けていく。ウインドーを開けて風を感じようとしたマオを、ユキはあわてて止める。
さっきからレッカーの様子がおかしい。「気分が悪い」と訴えてくるのだ。そう言えば、自分も頭が少しキリキリと痛んでいる気がする。マオは平気なようだ。ロボットに向けて有害な電波でも発信されているのだろうか。風が運ぶ砂の量がだんだん多くなってきた。
「あれは……」
道端に、人工物の影が見える。近づいてみると、一体の戦闘用ロボットだった。よし、とユキはブレーキを踏む。レッカーは先を急ぎたいらしく何度もうなるが、せっかくのチャンスを見過ごしておけないと外に出た。
調べると、どうやら人間が乗るタイプらしい。操縦席があり、一丁のバルカン砲が搭載されている。本体は鉄クズ同然だが、武器は十分使えそうだ。レッカーに取り付けてもいいかもしれない。
操縦席を探っていると、ペダルの横に厚紙のような物が落ちていた。拾って確かめると、古い写真だった。まん中でマオと同年代くらいの女の子がイスに座っていて、その肩へ後ろに立つ大人な男女がそれぞれ手を置いている。
「お姉ちゃん、誰が写ってるの?」
興味しんしんに尋ねてきた。吹きつけてくる砂で顔がすすけている。
「家族写真のようね。ロボットの操縦者はこの男だと思うわ」子どもの右肩に触れている男を指した。
「じゃあ、この子どもは?」
ユキは肩をすくめて答えた。「分からないわ。母親と共に売られて、男共に体をいじくり回されて死んだのかもしれない」
言葉の意味が理解できずに、マオはどういうこと? と執ように聞いてくる。
「話は後。今はとりあえずこれを荷台に積むわ」
ロープをしっかり固定し、「いいわよ」とレッカーにクレーンを伸ばすよう言った。街で売ったロボットよりはまだ軽い。比較的楽に積みこめた。
「早く乗りなさい。出発するわ」
ユキは地面を掘り返しているマオの腕を引っ張っていく。
「お姉ちゃん」とハンドルを握るユキに尋ねた。「食べ物は売らないの?」
「わたしは金属が好きなの。磨き上げた光沢もいいし、年月がたったものも好みね。どうしてわたしが金属を好きなのかというと――」
マオはそのうち話に飽きて外に視線を移した。砂ぼこりですっかり視界が悪くなっている。
「うひゃっ!」
マオが縮こまった。突然レッカーの横腹に突風が襲いかかったのだ。
「な、何よこれ」
ユキは急いでハンドルを切るが、砂の吹きだまりに車輪が埋まる。行く手を阻もうと大自然が牙をむく。
ひっくり返る! とレッカーが悲痛な叫びを訴える。ハンドルを握る力が強くなる。
「こうなったら……」
視界はゼロメートルとなり、どっちに進めばいいのか、ロボットのユキでさえ分からなくなってしまった。だがこのまま停車するわけにもいかない。この分だと、すぐに埋まってしまうだろう。そうなると再び動き出すのは困難を極める。そのため、追い風に乗ってこのまま走らせることにした。
アクセルとハンドルを複雑に操作して何とか砂の吹きだまりから抜け出すと、彼女たちは元のコースを大きく外れていった。
暴風の音がいつの間にか消えている。レッカーの走る振動も変わってきた。マオはぎゅっとつぶっていた目を開けた。
左右にとても高い岩の壁が立ちはだかっている。草木が一本も見当たらない。どうやら、壁の間を縫うように走っている道を進んでいるようだ。
「やっと視界が開けたと思ったら、変な所に迷いこんでしまったみたいね」
ユキは苦い顔をしていた。悪路にハンドルを取られるようで、運転に集中している。
緊張した空気をマオは感じ取った。いつもは未知なる所でもはしゃいで楽しむ彼女だが、今は表情が固くなっている。
ようやくせまい道を抜け、開けた場所に出た。いったんレッカーを停車させる。
「おかしいわね、ここ……」
レッカーも同意した。右手には高くそびえ立つ山があるが、そのふもとに大きな洞穴が見える。ただ、自然に出来たものとしては形が整い過ぎている。明らかに人の手が加えられている。事実、辺りには車のタイヤ痕が岩に刻みこまれている。
ユキはアクセルをふかし、ぽっかりと開いた穴に接近してみた。大型トラックが楽にすれ違えるほどの大きさだ。ライトで照らしてみるが、先が深いらしく奥は真っ暗だ。
「ここって何?」マオは不安そうにユキを覗きこむ。
「もしかしたら、ここは鉱山なのかも……」彼女の顔が急に明るくなった。一儲けのチャンスかもしれないからだ。
周りに工作機械がまったく見当たらないということは、今は誰もいないのだろう。これは独り占めだ。
「探検よ」ユキはゆっくりと洞穴の中へ乗り入れていく。
やはり中は何も見えないほど暗い。レッカーのライトに照らされている地面が、ぼうっと薄暗く現れては色を濃くしながら迫ってくる。
洞穴の中は踏みならされているようで、外よりもはるかに走りやすい。ちなみに、もちろん徐行運転だ。アクセルの調整が面倒くさいので、今はユキは運転せず、レッカー自身に任せている。
さっきから、またレッカーがうめいている。前よりも苦しそうだ。どうやらロボットに影響を及ぼす原因はここにあるらしい。
ガクン、と突然レッカーがエンストを起こした。もうこれ以上先に進みたくない、という合図のようだ。「仕方ないわ」とキリキリ痛む頭を気にしながら、ユキは外に降りて先に歩いていく。待って、とマオも後を追う。
レッカーに乗っていた時は気付かなかったが、あちこちに鉱石のかけらが散乱している。おそらく、運搬の途中に落っこちた物がそのままにされたのだろう。
ユキはそれを拾い上げ、手のひらの上で転がしながら調べてみた。ロボットの胴体によく使われる金属だ。ただ、この量では売っても大した値段にはならない。だまって放り捨てた。
「あれ何?」
先へ行っていたマオが前方の壁を指さした。そこで行き止まりのようだった。
ユキは顔をしかめている。頭の中がもやもやしてきた。高性能なロボットでなければとっくに狂ってスクラップになっていただろう。それほど強い磁場のようなものが発せられている。
「わたしは近づかない方がいいみたい。こんな変なものを掘り当ててしまったのね……」
こんな所、さっさと切り上げたほうがよさそうだ。マオに声をかけると、ユキは小走りでレッカーのもとへ急いだ。
洞穴を飛び出すように出た。レッカーは、安心したようにエンジンの回転を緩める。「まぶしいっ!」とマオが目を一瞬閉じた。
「さて、どうしようかしら……」
ユキはハンドルを握りながら左を向く。そちらはさっきやって来た方角だ。また砂嵐に飛びこんでいくことになるだろう。右側を見ようとした時、
「何かしら、あれは?」
一キロほど前方に、ほったて小屋のような人工物が横に並んでいるのが見える。人影もちらほら見かける。もしかしたら、ここの工事を担当した責任者がいるかもしれない。ユキは、強烈な磁場について知りたくなったのだ。
「向こうにいる人に話を聞くわよ」そう言ってアクセルをふかした。
〈え、人に会うのか?〉とレッカーは少し驚いた風にエンジンをうならせた。彼女が自ら人間に会おうとするなんてめずらしい。
「どこにいるの?」マオは辺りをキョロキョロと見回している。
「見えないの? 前の方に人がウロウロしているのが分かるでしょ」
ユキの人差し指の先を見るが、マオには何も分からない。
ユキはそろそろ疲れてきていた。癒しを求めるように、先を急いだ。
3へ続きます。