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第八話:エドモンド博士とサーカス団①

この物語は、第二話と第六話の続編です。まだの方は、そちらをご覧ください。

 エドモンド博士の乗る車は、岩だらけの砂漠を砂ぼこりを後ろに連れて走っていた。運転しているのは、かつて博士の執事をしていたロボットだ。助手席には白髪頭の博士が鎮座している。


 二人の少女を屋敷から逃がした博士は、執事とメイドと一緒にリムジンで庭のあちこちに倒れているロボット兵士を避けながら、これまで築き上げてきた財産を背中にその場を後にした。

 夜の住宅街の細い道を、執事は巧みな運転技術で抜けた。街と真っすぐ結ばれた大きな道路を通っていくのは危険だと判断したためだ。道路に設置した防犯カメラからの、入れ違いのごとく坂道を上って来ている隣国の軍隊の車両の映像を見て、博士は冷や汗をかいて固唾を飲んだ。細い路地を通っていることに気づかれることは無かった。

 このように博士は自宅から脱出して街から離れ、国境を越えた。自分たちを追っていた国とは反対方向に走った。

 執事からの提案で、リムジンを途中で売って雪道でも砂漠でも走りきることができる4WDの車に乗り換えた。これだと旅人の車と違いはない。執事は念のため、車を砂で少し汚した。何年も旅をして過ごしていると演出するためだった。

 服も替えた。ご立派なスーツやネクタイや革靴を換金し、しばらくの間生活の足しにすることにした。代わりの服は、頭に布を巻いて帽子代わりにした物と、布を簡単に縫ってまとっただけの安物の服だ。それでも、一般的な商人の服よりはずっと高価な布でできた服と帽子なのだ。保温性と吸汗性に優れているという。


 いつも地表の水分を奪っていく太陽は、博士の車が走っているこの砂漠では雲に姿を隠している。雲は空一面を覆っていて、光の降り注ぐすき間を許さない。

 三人は、休憩するために寄った町を出発してから沈黙が多くなっていた。博士は数日走りっぱなしであることに疲れていたし、ロボット二人は主人の命令が何もない以上口を開く必要もない。博士は度々「外の空気を吸いたい」と言って執事に車を止めさせている。彼にとって車内の空気は重ったるく息苦しい。ひたすら砂漠をラクダに乗って進む商人が、ポツンとたたずむオアシスを心の糧にしているという話しの意味を、今なら分かる。

「次の町はまだか」

 とうとう博士は沈黙に耐えかねて、機嫌が悪いことを声に存分に込め、執事に八つ当たりするように聞いた。

「地図によると、あと三キロ先に小さい町があるそうです。炭鉱に集まって来た人たちによって自然に形づくられた所だということです」

 博士と同じく、執事も旅商人のような格好をしている。執事の服にはフードが付いていていざとなれば顔を隠せるが、長身なのでロボットだとばれなくても目立ってしまうだろう。

「博士、あれじゃないですか」

 後部座席に座っている元メイド・現商人は、車の前方を右手の人差指で示した。地平線の向こうに、煙突と煙が見えていた。


 町全体が煙突から吐き出される煙ですすけていた。工場や家々の壁が灰色に染まっている。試しに近くの家の壁を手で擦ると、わずかに白い壁が現れた。

 三人は車を町の入口に止めて散策していた。目的は博士の食糧を調達することだ。それと、仕事を見つけるためでもある。

「旦那様、食料を買い込むのと工場へ行くのと、どちらを先に行いますか」

 博士のすぐ後ろを歩いている執事が彼の横に並んだ。

「食料は逃げない。だが、仕事は誰かに先に取られると困る。だから、工場だ」

 博士の歩みにブレは無かった。彼は、機械がブルルとうなる工場の事務所のドアを叩いた。


「ここで働かせてもらえませんか」

 博士は社長に頭を下げた。この会社は、石炭の採掘から加工までを行っているという。採掘には重機やロボットが使われていて大分ガタがきていると、工場見学で説明があった。

「私は労働ロボットをいくつも開発していました。そのスキルを生かして、点検や修理をさせてください」

 応接室に沈黙が流れる。博士の向かい側に座っているはげ頭の社長は、若干うつむいて考えごとをしている。その隣には秘書の若い女性が座っていて、テーブルに広げられた履歴書を隅から隅まで見ている。

「エドモンド博士ねぇ……。ずっと遠くの国でそんな名前を聞いたことがある。でも、その程度だ。あなたは本当にロボットをいじれるのかね」

 社長は気分が乗らないような声のトーンだ。ちらっと博士の後ろの壁にかけられた時計を見る。

「もちろんです。我ながら恐縮ですが、腕は確かなものと自負しています」

 博士は冷静ながら元気良く振舞おうと努力している。いつもよりゆっくりはっきりと話すことを心がけた。

「エドモンドさん、確かに弊社は重機やロボットを使用しているが――」

 社長はテーブルに置かれたお茶を一口飲んだ。

「だからと言って工場内も全自動というわけではない。実際の作業はロボットがやっても、管理には人の手が必要だ。これは分かるだろう?」

 博士は緊張した顔でうなずいた。

「あなたのような人材は弊社に無くてはならないのだ」

「ということは、つまり……」

 博士の顔が少しほころんだ。

「工場内にはすでに十分な技術者がそろっている。申し訳ないが、あなたを雇う必要は無いのだ」


2へ続きます。

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