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第七話:ユキの過去⑤

 ゴーカート場を出ると、その近くのベンチにヨウくんが座っていた。パンフレットを広げているから、次にどの遊具へ行こうか考えているのだろう。

「あの、次は何で遊ぶか決まっていますか?」

 私は彼の側まで行くと目の前で立ち止まった。

「ううん、いっぱいあって悩んでる。メリーゴーランドもいいし、海賊船にも乗りたいし……」

 彼は、私を見上げていた目線をまたパンフレットに落として品定めを始めた。

「回数券はまだいっぱいありますから、直感で選んでみてはどうでしょう」

「ダメ。どの順番で乗ったら最後まで楽しく過ごせるか考えてるんだから」

 目線を変えずにそう言った。左手でパンフレットを持ち、右手をあごに当てている。

「悩んでいるようでしたら、私から提案してもよろしいでしょうか」

「ユキも遊びたいものがあるの?」

 ヨウくんは興味津々といった様子で私の目を真っすぐ見つめている。

「はい。この遊園地に来てから一番目立つあの遊具が気になっていたものですから」

 私はあれを指さした。

「観覧車? ユキ、あれに乗りたいの?」

 へえ、と感心したような声を出した。

「この辺りの景色を高い所から見てみたいのです」

 私の言葉を聞いた彼は、なるほどねぇとうつむいてブツブツとつぶやいた。何を言っているのかはよく聞こえない。

「観覧車って恋人に人気があるって聞いたことがあるよ。もしかしてユキは、ぼくと――」

 ヨウくんが急にニヤけた。顔は何かを企んでいるような感じに見える。彼の中で一体どんな感情が渦巻いているのか、人間であったなら分かるかもしれない。

「たしかに、観覧車は密閉空間で二人だけの時間がつくれる場所です。恋愛関係にある男女が楽しむにはふさわしい遊具と言えるでしょう」

 ということはだよ、と彼は私の発言に続けるように言った。

「ユキはぼくとそういう空間でお話がしたいということなのかな」

 彼の顔が紅潮して興奮しているように見える。何だろう、風邪だろうか。

「あの、あなたは具合が悪いのではないですか。少し休んだらいかがでしょう」

 私は、ごく自然に真っ当なことを述べたつもりだ。だが、彼は口をあんぐりと開けて何か悪いものを食べたような表情をした。前のめりになっていた体から力が抜けたように見える。

「ええと、気に触ることを言いましたか。でしたら謝ります」

「ぐ、具合なんか悪くないさ。分かった。ユキの希望通りに観覧車に乗ろう。ぼくのボケに対する返しが毒舌っぽくて拍子抜けしただけだよ」

「では、早く並んでおきましょう。順番待ちになっているかもしれませんから」

 私が手を差し伸べると、彼はそれを握って立ち上がった。


 観覧車にはすぐ乗ることができた。この国にある観覧車の中で一番収容人数が多い観覧車だという。観覧車のゴンドラはチューリップの形をしていて、赤や紫や黄色など色とりどりだ。私たちは黄色のゴンドラに乗った。

 外から鍵を閉められると、私とヨウくんはそれまで並んでいた足を休めるかのように腰を下ろして足を床に投げ出した。

 ゴンドラが再び地上へ下りるまで十分も無いだろう。私は早速話しを始めるため、立ち上がってヨウくんのすぐ目の前に立った。

「どうしたの? もしかして高い所苦手?」

 彼の顔が少しニヤけている。だが、私はそれには構わず口を開く。

「やっと二人っきりになれましたね」

 私は静かに低めの声で話す。

「え」

 彼はたった一語の相づちだけをしてこちらを見上げた。緩んでいた顔が一気に引き締まった。彼から、余裕というものが感じられなくなる。

「私は誰もいない所で話しをしたいと思っていたのです。どうしても気になっていたことがあるので」

「な、何……?」

 ヨウくんは緊張からかゴクンとつばを飲みこんだ。私の目から目を離していない。

「あなたは博士から、ロボットには気をつけろと言われましたね」

「うん」

「しかし、私たちを見張っているようなロボットや人間は全く感知できていません。ただ、人前でこのような話しをすれば、それこそあなたが襲われるかもしれません。教えてください。あなたを襲うロボットとは一体何なのですか?」

 彼は黙って私の言葉に耳を傾けていた。話しが終わると彼は私の目から視線をそらし、うつむいた。十秒ほどそうしていた。そしてゆっくりと口を開いた。

「そうだよね……。変に思うよね、ぼくを守れって言われているのに誰も襲ってこないんだから。分かった、ここには盗聴器を隠すような場所も無いから、話すことにするよ」

 ヨウくんはそう前置きし、言葉を選ぶように語りだした。

「半年くらい前かなぁ。パパの友達から手紙が届いたんだ。友達はケイスケさんといって、この国の首都で科学者をやっているみたいなんだ。パパの仕事仲間でもあったみたい。手紙の中身は、ロボットが反乱を企てているんじゃないかっていうものだった。街をうろつくロボット兵の数がいつもの二倍か三倍になってるんだって。首都の電気や水道や軍隊すら管理している人工頭脳があるんだけど、それが指示を出したみたいなんだ。ケイスケさんとパパは何回も手紙を交換して、街の労働ロボットを一斉に操って人間を襲う計画だろうって考えてるっぽい。最初の手紙が届いてからだね、外出は控えろとか買い物には俺が必ずついて行くとか、パパが言い始めたのは」

 ヨウくんはそこまで言うと、ふうと息を吐いた。

「なるほど。疑問は解決しました。でも、どうしてロボットが反乱を起こすのでしょうか」

 私はちらっと窓の外を見た。車で走って来た一本道が地平線の向こうへ伸びているのが見える。ゴンドラは頂上を過ぎた辺りにあるようだ。

「それはロボットじゃないと分からないと思う。たぶん、人間がこの星の空気を汚しているからとか、意味も無い争いで命を奪い合っている下等な生き物だ、みたいに考えているんじゃないかな」

 彼はあごに手を当ててそう分析した。さすが博士の息子といったところか。

「人間だって過去を反省する能力はあるはずです」

「本当かなぁ。ロボットの無い時代からちっとも変わっていないかもしれないよ」

 私たちは、ゴンドラが下りるまで人間とは何かについて話し続けた。そして係り員が外の鍵を開けた時、ヨウくんは力尽きたようにその場で倒れた。


6へ続きます。

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