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第七話:ユキの過去④

 果物店で店主とおしゃべりしながら品物を選び終わり、八百屋に預けた荷物を回収すると、ヨウくんは「ちょっと寄り道しない?」と車をだしてと私を誘った。何かを企んでいるような笑みを浮かべている。

 郊外の山に囲まれた道を三キロほど走っていると、山に隠れていた建造物が姿を現した。これは――

「観覧車……」

 私は見慣れない遊具に視線を合わせた。

「あの、あそこは遊園地ですよね。どうして――」

「決まってるじゃない。遊ぶためだよ」

 私が言い終わらないうちに語気を強めてヨウくんは言った。

「しかし、いいのですか。パパが心配するのではないですか」

 ヨウくんは、ふふんと胸を張った。

「いいの。どうせパパは研究で地下にこもりっきりだから。買い物には付き合ってくれたけど、遊園地には連れていってもらったこと無いんだ」

「分かりました。まだ十一時半ですし、日が沈むのにまだ時間はあります。遊園地へ行きましょう」

 よっし、とヨウくんはガッツポーズをした。

「ジェットコースター乗ろう。ビュンビュンスピードが出て面白いんだって!」

 彼がもう乗った後の高揚感にすでに浸っているように見えるのは、私の分析能力の異常だろうか。いや、特に故障はしていない。

 私は車を遊園地の敷地の中に乗り入れた。


 回数券を買って彼が最初に選んだ遊具は、やはりジェットコースターだった。約五十メートル上空にレールの頂上があるのが見える。今、そのコースターは頂上から下りていく所で、急速にスピードが上がり、数人の女性の悲鳴が合わさって、コースターの走行音にかき消されることなく響いている。このジェットコースターは一番人気があるのだと、入場料を払った時に受付ロボットからもらったパンフレットに書いてある。事実、二十分待ちになっているくらい人が並んでいる。若い男女の比率が高い。ヨウくんはもちろんその最後尾である三十代と思われる男の後ろに立った。

「大の大人があんなに叫んでて面白いね」

 勝ち誇ったような笑顔を私に向けた。

「それほど怖いのでしょう。あなたは大丈夫ですか?」

「あ、当たり前じゃん。楽しいよ、絶対」

 慌てたように私から視線をそらした。この態度は、間違いなく恐怖を抱いている。私に内蔵されている、一般的な子どもの仕草や態度と比較しても同じ結果が出た。

「分かりました。私が手を握っていますから、安心してください」

「だから、大丈夫だって言ってるじゃん」

「いえ、大丈夫と言ったのはこれで一回目です」

「細かいことはいいの! とにかく、大丈夫なの」

 まったく、と後ろに立つ私に背を向けた。

 あと十分ほどでコースターに乗れるだろうという時、ヨウくんの前に立っている男が振り返って私たちを見た、というより、自分の後ろに並んでいる人たちを見たという方が正しいかもしれない。私たちの後ろにも続々と列ができている。二列で並んでいるが、それでも五十メートルほどの長さになっている。男は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、彼のすぐ後ろに並んでいる人、すなわちヨウくんに話しかけた。

「ん、君も乗るのか。ジェットコースター楽しみか?」

 しゃがんでヨウくんと目線を合わせている。

「おじさん、誰?」

 ヨウくんは私の手を握った。

「ああ、初対面で馴れ馴れしかったかな。すまん。俺の名前はコースケだ。×○から来た。よろしくな」

 コースケはヨウくんの手をそっと握った。

「ところで、君は身長いくつだい?」

 コースケに聞かれ、ヨウくんは少し戸惑いながらも自分の身長を答えた。

「うーん……。その身長で乗れるかなぁ。ギリギリかもしれない」

 何だろう、ジェットコースターには身長制限というものがあるのだろうか。ヨウくんもそれが気になったようで、ニコニコと笑顔を向ける彼に、聞いた。

「背が低かったら乗れないの?」

「そうだよ。背が低いと安全装置が付けられないらしいから」

 コースケは、優しそうな口調で答えた。

「お姉ちゃんがいてもダメ?」

 ヨウくんは私を指さした。

「お姉ちゃんがいるのか。でもダメ。たとえ保護者がいても条件はクリアできないからね」

「そんなぁ……」

 ヨウくんはうつむいて黙りこんだ。ぶつぶつと愚痴をつぶやいている。コースケとジェットコースターのルールへの不満であることは予想がつく。

 十分経ち、前の列が一気に動いた。コースターに乗る順番が回って来たようだ。てっきり途中で列を抜けるだろうと思っていたが、こっそり乗るつもりなのだろうか。コースケが回数券を渡して進むと、ヨウくんはいつもより足音を小さくしてコースケの背にくっつくように歩いた。だが、スタッフの手によって捕まってしまった。

「ねえ君、ちょっとこっちに立ってくれるかな」

 肌が浅黒い二十代らしき人間の男は、ヨウくんの手首をつかんでニコやかに言い、「ぼくより背が高ければ乗れるよ!」と誇らしげに言っている男の子のイラストのポスターの前に彼を立たせた。イラストの男の子の頭のてっぺんが、わずかにヨウくんの頭の上に見えていた。

「ごめんね。君は背が低いから、コースターに乗ったら危険なんだ。ほら、隣に子ども用のコースターがあるから、そっちを楽しんでね」

 申し訳なさそうにスタッフが説明する。男にとってはせいいっぱいの謝罪なのだろう。

「うん……」

 もっと抵抗するかと思っていたが、ヨウくんはさっさと列をつくるためのロープをくぐった。そしてジェットコースターからどんどん離れていく。男が教えてくれた遊具とは別の方向に歩いて行き、そっちには休憩スペースがある。

 私は「乗るのは止めます」とスタッフに頭を下げてからロープをまたぎ、彼を後を追った。後ろから見た彼は、なぜだかとても小さく見えた。


 ジェットコースターの近くに五メートルほどの木が立っていて、その周りに設置されたベンチにヨウくんは座っていた。コースターに背を向け、塞ぎこんでいる。

「飲み物でも買ってきましょうか」と声をかけても、

「いらない」

 と、低い声でそっぽを向いてしまう。私は何も言わず、彼が落ち着くのを待つことにした。立ったまま待機するのは大して辛くはない。

 約十分、側を通る人々を焦点の合っていなさそうな目で追っていたヨウくんは、突然私が持っていたパンフレットを座ったままひったくった。紙の上を指でなぞっている。別の遊具に興味が移っているのだろう。

 数秒して彼が「ここに行こう」とパンフレットに人差し指で示していたのは、ゴーカートだった。


 ゴーカート場はジェットコースターよりも人は並んでいなく、五分経てばすぐに私たちの番が来た。スタッフであるロボットと人間の二人に案内され、コースへと足を踏み入れる。パンフレットによれば、「8」の字のコースらしい。並んでいる間に見たゴーカートのスピードから計算すると、スムーズに走ることができれば一分半で一周することが可能だ。子どもでも飽きることなく楽しめるだろう。

 乗り場には、一人用の赤い車体のカートと二人用の青い車体のカートが一台ずつエンジンをうならせていた。どちらも塗装が一部剥げているものの、それ以外は太陽の光を反射するほど磨かれている。ヨウくんは迷わず二人用の運転席に乗った。ゴーカートでは、規定の身長をクリアしたのだ。

 私は助手席に腰を下ろす。ペダルは一つしかなく、これはブレーキだ。一応ハンドルもついているが、これは飾りのようだ。グルングルンと何回でも回せる。

「では、お楽しみください」

 ロボットが手を振って受付へと戻っていき、回数券を回収し始めた。

「パパが車を運転してるのを見てるから分かるよ。これがアクセルでしょ」

 突然二倍のGで体が座席に張りつけられ、車のタイヤを組み合わせてつくられたコースへ激突した。

「あれ……」

 ヨウくんは何が起きたのか分からないのか、首をかしげている。もう一度アクセルを踏んだが、コースの壁に阻まれて動けない。

「ハンドルを左に回しながらゆっくりとアクセルを踏んでください」

 私は、エンジン音に興奮している彼の肩を叩いた。

「こ、こう?」

 ベコンとタイヤにぶつかった。だが、少しカートの向きが変わった。

「その調子です。もっとハンドルを回して下さい」

 アクセルを踏んでハンドルを回す動作を二回繰り返すと、カートがようやくコースの真ん中に出た。額にしわが寄っていたヨウくんに笑顔が戻る。

 スピードを抑えて走ることを覚えたのだろう。彼は、コースの真ん中を走っている時はアクセルを多めに踏み、端に寄ってきたらペダルから足を離してハンドルを調節してカートを壁にぶつけないようにした。ただ、私とおしゃべりする余裕までは無いようだった。

 コースが交差する場所をくぐると、道は右へカーブしていた。その先は緩めの登り坂になっている。ここを一回で通過できれば格好いいのだろうが、カーブでスピードを落とさなければならないということをまだヨウくんは知らなかったようで、まっすぐ走ってきた速度でそのままハンドルを切り、曲がり切れずにカートの左側をコースにぶつけて停止した。慣性の法則で一瞬体が浮き上がった。

「ん?」

 ヨウくんがまた首をかしげた。さっきのようにアクセルをふかしながらハンドルを回してみても、全く動く気配が無い。カートは車のタイヤに引っかかっている。

「どうやら何をやっても動かないようですね。私がカートを後ろに移動させます」

「えー、もう一度自分でやってみるよ」

「私の計算では、あなたがアクセルとハンドルの操作でこの状況を切り抜けられる確率は、ほとんど零に近いです」

「……む」

 仕方ないと言うように、ハンドルを握っていた両手を頭の後ろに回した。

「では……」

 私は助手席から立ち上がってカートを動かそうと手を飾りのハンドルにかけた。だが、後ろから一人用のゴーカートがやって来たため、それが通過するまで待った。赤いカートは軽々と私たちの横を通り、あっという間に坂を上って行った。後ろにどのカートも無いことを確認し、手動でバックさせた。それほど重くはなかった。

「これで問題はありません。ゆっくりとアクセルを踏みながらハンドルを切ってください」

 再び助手席に座り、緊張した様子の彼にアドバイスする。ヨウくんは徐行するスピードでカートをコースの真ん中まで移動させた。またヨウくんがにぱっと笑った。

「後は、この坂を登ればいいんだね?」

 彼は私に問いかけたが、答えがほしかったわけではないようだ。私が答える前にアクセルを多めにふかして、なおかつコースにぶつからないように一気に頂上まで上がった。

 ヨウくんは、高くなった景色を数秒見ながら走らせると、緩い下り坂を慎重な運転で下り切った。そしてゴールのゲートをくぐる。そして、さっき追い越して行ったカートの後ろでブレーキを踏んだ。

 人間のスタッフが待ち構えていて、立ち上がろうとするヨウくんに手を貸した。スタッフは「楽しかったですか」と尋ねた。

 ヨウくんは、「うん!」とシンプルで肯定的な返事をした。彼は、ゴーカートのスピードで走り、受付の外へ出て行った。

 私の顔に、自然と笑みがつくられた。


5へ続きます。

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