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第七話:ユキの過去③

 博士とヨウくんは、日が昇って一時間ほど経った頃同時に寝室から出てきた。二人ともパジャマ姿だった。

 朝はいつもパンを食べる二人のために、食パンをトースターに二枚入れた。食べざかりのヨウくんのリクエストで目玉焼きもつくった。ヨウくんは「完熟だ、やったー!」と喜んでいたが、「半熟じゃないのか……」と博士は少しがっかりしていた。二人の好みが分かったので頭の中にメモを取った。

 博士とヨウくんへそれぞれ二枚目のパンを並べた時、ヨウくんが思い出したように私を見た。

「そうだ、今日は街まで買い物に行こうよ。ユキとぼくの二人で」

 一人で買い物できるかどうかテストしてあげる、とおかしそうに笑った。

「はい、分かりました。何時にどこへどのように行くのかを教えていただけますか?」

 私はヨウくんの目をじっと見つめる。

「ええと、今は七時半過ぎだから……九時になったら行こう。倉庫にパパが使ってる車があるから、ユキが運転して。パパ、ユキはちゃんと車の運転できるんでしょ?」

 ヨウくんは、食パンにマーガリンを塗っているパパに尋ねた。

「もちろん。見た目は十四歳くらいだけど、運転技術は備わっているから大丈夫だ」

「じゃ安心だね。ユキ、それでいい?」

「はい。九時までは何をしていたらいいですか?」

 私の問いかけにヨウくんは辺りを見回した。

「とりあえず食器を洗って、家の中をほうきで掃いてて。終わらなかったら、買い物から帰って来てから一緒にやる」

「分かりました」

 すると、パパがヨウくんに顔を近づけた。まるで、秘密の話をするかのように。

「ヨウ、怪しいロボットには気をつけるんだぞ」

 低い声でささやくように言った。私にはばっちり聞こえている。

「大丈夫だって。見たらすぐに隠れるから。いつも買い物してても何も無かったでしょ」

「何かあったら困るから言ってるんだ」

 パパの声が若干鋭さを帯びた。

「今日はユキがいるんだもん。いざとなったら守ってくれるよ」

「お前の楽観的な考えは、いいのやら悪いのやら……」

「いいに決まってるさ」

 ヨウくんはニヤッと口の端を曲げて笑った。

「分かった。お前が買い物しないと俺はここで生活できないんだから。ユキ、ヨウを頼んだぞ。そのためにお前をつくったんだから」

 博士は私にくぎを刺しているようだ。私は彼を真っすぐ見た。

「もちろんです。私は二人を危険から守るようにプログラムされているので」

「よろしくね、ユキ!」

 そう言ってヨウくんはイスを後ろに下げて立ち上がった。お皿の上に乗っていたパンと目玉焼きはすでに無くなっていた。


 私は、初めて外の世界を見た。家は高原に立っていた。家の外は一面の銀世界だった。雪は小麦粉のようにふわふわで、足を踏み入れるとズブズブと沈んでいく。降り積もってからまだ誰も踏み固めていないようだ。雪原の中には葉をすっかり落とした木があちこちに生えている。私たちの家の三角屋根には二十センチほど雪が積もっていた。風に乗って屋根の雪が砂漠の砂のように巻き上げられ飛んでいく。

「ユキー、こっちだよ」

 数十キロ先にそびえ立つ山脈の峰を人差し指でなぞっていると、ヨウくんが家の隣にある倉庫の前で手招きしていた。

「景色、いいよね。見とれるのも分かる。ぼくだって、ずっとあの山に登りたいって思ってるんだ。夢だけど」

「あなたの体力では、とても登れそうにはありません。がんばっても三合目辺りまでかと」

「夢壊すなぁ。今は無理でも大人になったら登るさ。その時はユキも一緒だよ」

「はい。お供します」

 ヨウくんは倉庫のドアを重そうに横に開けた。両開きのドアの向こうには、山道を走るのに適した車が鎮座していた。銀のメタリックボディが、差しこんで来た日の光を浴びてキラリと光る。

「この車なんだけど、運転できる?」

 彼は運転席のドアを開けて私に中を見せてくれた。一般的な車と操作は変わらなさそうだ。

「問題ありません」

「それじゃ、早速行こうか。今日は食べ物をいっぱい買いこんでおかなくちゃ。雪でいつ街への道がふさがれるのか分からないし」

 ヨウくんは前から回りこんで助手席に腰を下ろした。すぐにシートベルトを締める。

 エンジンをかけ、車をゆっくり発進させる。雪をギュギュッと踏み鳴らす音がする。

「さて、どちらへ向かいましょうか。街へ行くにはどのルートがいいのでしょう」

「後ろだよ。背後の山を越えるのさ」

 彼はいつものことのように落ち着いた声で言った。

 私はウインドーを開けて外を見る。頂上に雪を被った千メートル級の山がそびえ立っている。

「ルートは任せて。パパといつも行ってるから」

「分かりました。その都度ルートを教えてくれますか?」

「もちろん。さあて、出発! ユキの運転楽しみだなー」

「安全運転で行きます」

 私はアクセルペダルを踏むと、ハンドルを大きく切って家の横を通っていき、山の方へ向かった。


 一時間ほど山道を登り下りすると、盆地になっている所に街が見えてきた。街と言っても、石造りの家が中心街へと延びる道路に沿って建っていて、それぞれの家には畑があるようで、都会とは言えない風景だ。雪は粉を軽くまぶした程度にしか積もっていない。

 中心街は、車が一台通れそうな所に露店が所狭しと並んで道を狭めている。車なんて通れないだろう。買い物に来ている客でごったがえしていて、徒歩以外にそこを通り抜ける手段は無さそうだ。

 ヨウくんは私の横に立って手元のメモを見ている。ちらっと覗くと、野菜や果物の名前がほとんどだった。

「野菜は……あそこでいいかな」

 ヨウくんは先に歩きだした。通行人の肩に当たらないよう気をつけながら後を追う。彼がある店の前で足を止めると、その中から「いらっしゃい!」という男の声が聞こえた。

「今日も元気かい、ヨウくん。パパはどうした?」

 店の前に姿を現したのは、五十代と思われる男だった。頭はてっぺんまで禿げていて、後頭部には白髪が三割ほど混じっている。男はヨウくんの頭を軽くなでた。

「うん、もちろんさ。パパは仕事が忙しいんだ。おじさん、このメモにある野菜を段ボールに詰めてくれる?」

 ヨウくんは男にメモを手渡した。

「おうよ。待ってろよ。一番出来のいい物をそろえてやるから」

 ニカッと笑って、男は店の中に消えた。

 三歩ほどヨウくんから離れて立っていた私は彼に手招きされ、ある野菜を見せられた。

「この野菜の名前は?」

 彼はうかがうような顔をしている。クイズだろうか。

「これはじゃがいもです。××産の一級品です」

 私が答えると彼は、ぱあっと顔を明るくした。面白くなったのか、彼は次々と名前当てを私にさせた。

「これは?」

「トマトです。○×産です」

「じゃあ、これは?」

「キャベツです」

「……じゃあ、これ!」

「ゴーヤです。この辺では採れない珍しいものです」

「すごーい! ぼくにも分からない野菜まで」

 彼は手を叩いて私の全問正解を喜んだ。

「日常生活に必要な知識はほとんど内蔵されていますから」

「これは?」

 ヨウくんは道路を指さした。

「このあたりの山で採れる典型的な石です」

「これ!」

「この街周辺に多く自生している広葉樹でつくられた木箱です」

「へへ……。じゃあ、これ」

「四十代女性の乳房です。服の上からなので推測ですが、若干垂れ下がっていると思われます。下着によって吊り上げているのでしょう」

「失礼ね!」

 このお店へ来たばかりのその女性は、足を踏み鳴らして去った。

「これは何か教えてよ」

 彼はニヤニヤしている。

「あなたの股間です。九歳男子の平均的な大きさと推測します。まだ生殖能力は無いと思われます」

「……何で、『変態!』って言わないの?」

 少しだけ不信感を抱く表情になった。

「私はあなたの言う通りに事実を述べただけです」

「イヤだって言わないんだね」

 首をかしげた。

「何を、股間とか乳房とか言ってるんだ、このお嬢ちゃんは。ヨウくんのお姉ちゃんか?」

 男が重そうに段ボールを抱えて戻って来た。彼は地面にいったん置いて、ふうと息を吐いた。

「そう、お姉ちゃんだよ。今まで病気で出て来られなかったんだ」

 ヨウくんは若干ニヤついている。

「なるほどな。パパの代わりってわけかい。なあ、お嬢ちゃんにこの荷物は持てないだろ。俺が持って行くか?」

 男は私を指さした。

「いえ、問題無く運べます。お気遣いに感謝します」

「そうか? ならいいけど。でもよ、お前さんはこんなに綺麗なんだから、ヨウくんの股間について語るのは止めた方がいいぜ」

「ヨウくんに聞かれたので答えただけです」

「なら、ヨウくん。あんまりお姉ちゃんに変なこと言わせるな。女の子をいじめる男は嫌われるぞ」

 男は諭すように柔らかい口調でそう言った。

「それは嫌だな」

 ヨウくんはぼそっとつぶやくように言った。

「だろ? もうそんなことは言わないことだ」

「うん」

 その後ヨウくんはお金を払い、他にも買い物をしたいからいったん荷物を預かってくれと頼み、八百屋を離れた。私も彼についていく。


4へ続きます。

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