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第七話:ユキの過去②

 これを着て、とヨウくんに渡されたのは、一般的にメイド服と呼ばれるものだった。普段はこれを着て家事をこなしてほしいということだった。昔にママがお店で働いていた頃の制服らしい。

 一通り家の中を案内された。一番使われている種類より一回りほど小さいものの親子二人には十分で綺麗なキッチン、まるで高山に建てられた山小屋のようなリビング、水洗式ではないトイレ、シングルベッドが二つと衣服の収納スペースがあるだけのこじんまりとした寝室、そして私がつくられた開発室が、この家の主な施設だった。

 食事は一日三回いつも二人で一緒に食べていること、二人とも食物アレルギーは無く、嫌いな食べ物も特に存在しないことも説明された。

 これでだいたいの設備の説明は終わりだ、と言って、二人はリビングのソファに腰を下ろした。リビングでは暖炉が木材を燃やすことで熱を発し、この家全体を暖めている。

「掃除に関してはヨウがいつもやっていて詳しいから聞いてくれ」

 パパ……私をつくった博士は、興味が無いという風に視線をそらした。普段から家事は息子に任せっきりのようだ。

「あのね、掃除機はあるけどそれを使っていいのはカーペットを敷いてある寝室だけだからね。他の部屋の床は、ほら、このリビングみたいに全部木の板でできてるから、掃除機をかけると木くずをどんどん吸いこんじゃうんだ。寝室以外は、ほうきで綺麗にしてね」

 ヨウくんはジェスチャーを交えて教えてくれた。

「はい、分かりました」

「そうそう、ほうきを使う前に濡れタオルでキッチンやテーブルを拭くのを忘れずに。その方が効率がいいから」

 私はうなずいてそのことを了承した。

「他のことは……まあ、その時になったら言おうかな。どうせ全部お手本を見せなくちゃいけないからね」

「ヨウ、食事で何をつくるのか教えなくていいのか? ユキには一応大抵のレシピは入っているけど」

「今から言おうと思ってた所さ。もうお腹空いたの?」

 ヨウくんはリビングに置かれたテレビの上を見た。壁に丸い形をした赤い時計が掛けられていた。時間は午後五時半を示している。

「いつもはこの時間からつくり始めてるんだ。で、それを食べるのは七時から」

「ビールをテーブルに並べるのを忘れずにな」

 博士が口を挟む。

「そんな、体に悪い物はダメ」

 ヨウくんが両腕でバツ印をつくった。

「今日から料理をつくるのはユキなんだ。この子が出してくれたら飲むのが男だろ」

「健康のために我慢するのも男だと思うけど」

 二人がにらみ合っている。だが、本気ではないようだ。二人ともかすかに笑っているからだ。お互いにこの会話を楽しんでいる。

「口を挟む形で申し訳ないですが、私はこれから何をすればいいのですか」

 私は二人に一歩近づいて言った。

「ああ、すまない。ヨウ、今日はカレーでいいんだろ?」

「うん。手始めにそれをつくってもらおうかな。カレーがつくれたら他の料理もつくれるようになるってママが言ってたから」

 ヨウくんは、博士にそう言った後に私を見上げた。理解したか、と聞きたいようだ。

「分かりました。私のレシピに沿ってつくってもよろしいですか?」

 この家の家事担当は、うーんとうなって十秒ほど考えていたが、

「そうだね。ユキの料理を食べてみたいから、ぼくは口出ししないよ」

「承知しました。今からつくりますか?」

「うん。お願い」

 この家の家事担当から任命され、私は早速キッチンに向かった。


 食事はリビングで行われた。私のつくったカレーは二人の舌に合ったようだ。博士は「やっぱりすごいな」と誇らしげに感心しているし、ヨウくんもしっかり食材を噛みしめて味を楽しんでいる。

「さすが俺がつくったロボットだ。料理は抜群だな」

「ねえ、ユキをつくったのはパパだけど、カレーをつくったのはユキだからね。勘違いしないでね」

「何を言ってる。俺がつくったユキによってつくられたカレーは、間違いなく俺がつくったことになるだろ」

「そんな屁理屈言ってないで、にんじんも残さず食べて。お皿の隅に寄せてもダメだよ」

 たしかに博士のお皿には、にんじんだけが全て残されている。

「だって……おいしくないんだもの」

 博士はそれが異物かのようににんじんをスプーンで突いた。

「カレーを初めてつくったユキに失礼だよ。……ほら、食べて!」

 ヨウくんは博士のお皿に残っていたにんじんをパパから奪い取ったスプーンですくい、嫌がるそぶりを見せる彼の口へ持っていった。最初はかたくなに拒否されたが、十秒ほどするとパパが決断したかのように目を鼻をふさぎながら口を開けたので、すばやくにんじんを中へ放りこんだ。博士はおそらく、親としての意地を見せたのだろう。

「何だ、食べられるじゃない」

 やれやれ、とヨウくんはスプーンをパパのお皿へ戻した。

「ユ、ユキのために食べたんだ。決してお前に言われたからではないぞ」

 間違えるなよ、と博士は付け加えた。

「分かったよ、分かった。そういうことにする」

 何か引っかかる言い方だなぁ、とパパは首をかしげた。


 食器や鍋はヨウくんと二人で片づけた。その際にスポンジで効率良く汚れを落とす方法や、水で洗った後どのようにふきんを使えば水滴を残さず拭き取れるかを学んだ。メモを取らなくてもいいの、と聞かれたが、私は一度覚えたことや強烈な出来事の記憶は決して忘れることは無いのです、と返すと、便利だねとは言わずに「ふーん」と目をそらし、ふきんを使いながら何かを考えるように無言でうつむいた。

 食後は三人でトランプで遊び、私は神経衰弱やババ抜きにおいては圧勝だった。他のゲームでも分析能力を生かして戦況を有利に進められた。そのせいでヨウくんから、分析するなと怒られてしまった。

 約一時間楽しんだ後、ヨウくんはお風呂へ入りにリビングから出て行った。お背中を流しましょうかと尋ねたが、博士から今日はメンテナンスがあるからお風呂は明日な、と言われた。ロボットをお湯に入れることはそれなりに注意が必要だからだろう。

 ヨウくんの姿が見えなくなったことを確認すると、私は一つの疑問を博士に投げかけた。

「ヨウくんの母親はどうしたのですか? 今日は姿を見ていませんが」

 私は、リビングに飾ってある写真立てを見た。ヨウくんが真ん中で笑っていて、博士と女性が両脇に立っている。

「ああ、そのことか。彼女は亡くなったよ」

 博士は淡々と答えた。

「病気ですか?」

「ああ、ガンだ」

「ガン……ですか」

「ヨウが生まれてから二年後にガンにかかったと判明したんだ。六年間、必死にがんばっていたよ」

「いつ頃亡くなったのですか?」

「彼女が死んで、一年経つかな」

「それからヨウくんが家事を?」

「そう……だったな。四歳の頃からママの手ほどきを受けていたから、俺よりも料理が上手くなってしまった」

「博士が料理をつくることは無いんですか?」

「俺にあいつの料理の味は出せないから……」

 それっきり博士は黙りこんでソファに深く体を沈め、何かを思い出すかのようにヨウくんがお風呂から戻ってくるまで明後日の方を見ていた。

 私は、飲み物が欲しいと言うヨウくんのためにキッチンへ向かった。


3へ続きます。

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