表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/295

第一話:「おいしいね」①

 ユキはイラついていた。右ひじをドアに寄りかけ、左手の人差し指でハンドルをコツコツしている。

「まったく。業者はまだなの? 早くしなさいよ!」

 ビル街にクラクションが鳴り響いた。思わず押してしまったのだ。街を歩く人やロボットが一斉にふり向く。

「ねえお姉ちゃん、うるさいよー」

 助手席のマオが顔をしかめながら言う。

「あんな値段を付けるポンコツロボが悪いんだから!」

 ユキは口をとがらせた。


 砂漠を横断してきたユキたちは、ある街へ立ち寄った。そこはビルの森が広がる近代的な所だ。大通りが整備され、多数の車や歩行者が行き来している。

 彼女がここを訪れたのは、もちろん商売をするためだ。砂漠には、かつて戦争で使われたロボットや機械の残骸が捨てられていることがある。中には、レアメタルという高価な金属が使用されていることもある。今回はそれを商人に調べてもらい、取引を持ちかけるつもりだ。

 大通りに面した、とあるビルの中へ入っていった。きれいに磨かれた床で、ユキの姿が写って見える。

 案内板を見て目的の場所を確認する。少々せまい廊下を通って二階へ上がり、事務所のドアを叩く。すぐに返事があり、ドアが開けられた。

「いらっしゃいませ。本日は何用でございますか?」

 旧式の作業用ロボットだ。ペコッと頭を下げると、ユキを応接スペースに通した。

 ユキは腰を下ろし、ビルの前に商品を持って来てあることを少し興奮しながら伝える。

「そうですか。分かりました。早速査定いたしましょう」

 作業用ロボットはギーギーと音をたてて、先導するように事務所を出ていく。よくこんなロボットに仕事を任せているものだ。

 一階へ降りてビルの玄関を出ると、レッカーが自分でエンジンをかけた。助手席では、マオがウインドーに顔をくっつけてニコニコ笑っている。またよだれで汚さないでもらいたい、とユキは思った。

「ああ、こちらですね」

 レッカーの荷台に搭載しているのは、昔戦争で使用された二足歩行戦闘用ロボットの上半身だ。

「調べさせていただきます」

 荷台へ上り、ロボットのボディの触感を確かめている。目から光が照射されているが、内部の様子を見ているのだろう。

 五分ほどで査定が終了した。「どれくらいで売れる?」と詰め寄った。

「実は、このロボットに使われている金属なのですが、とても頑丈な素材なのです」

「まあ、戦闘用だから当然よね」ユキはうんうんとうなずく。

「それが問題でして。あまりにも頑丈なため、加工に時間とコストがかかってしまうのです。現在では主要な金属ではありません」

 ということは――

「はい。申し訳ありませんが、かなり低い値段となってしまいます」

 ユキは、ガクッとひざを落とした。


 このようにして、ロボットを運ぶ業者を待っているというわけだ。微々たる値段でも、売れないよりはマシだろう。

 エンジンをうならせ、レッカーが何かを言う。

「商売が下手ですって? 仕方ないじゃない。戦闘用ロボットを拾ったのは初めてだったし、たぶんいい値段がつくだろうって踏んでたんだもの」

「何を踏んだの?」

 マオがからかうようにニヤける。黙ってなさい! とユキは彼女のほっぺたを両手で引っ張る。痛い痛いと言いながらもキャッキャ笑う。

「とにかく、ムダな商売をしてしまったというわけ。せっかくこんな大きい街に来たのにもったいないわ。何かいい買い物が出来ると思ったんだけど……」

 ユキは懐にあるレーザー銃を触った。そろそろ新型に取り替えたい。

 運転席のドアが叩かれた。査定したポンコツロボだった。ユキはウインドーを開ける。

「業者が到着しました。今から移送します」

 見ると、後ろにレッカーと似たようなクレーン車が止まっている。業者らしき人間やロボットが荷台に上がり、ロープを固定させている。

 クレーンの持ち上げる音と共に荷台が軽くなり、若干重心が前に戻った。ロボットはかなり重たく、レッカーが「もう降ろしてくれ!」と何回も訴えるほどだった。

 どうやら積みこみが終わったらしい。もう一度ドアが叩かれた。

「こちらが今回の金額となります」

 渡されたお金を見て、ユキは苦笑いした。これじゃ、マオの食べ物を少し買えばおしまいだ。作業服のポケットにねじこんだ。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 ポンコツロボが腰を折って見送る。ユキはアクセルを踏んでレッカーを走らせる。二度とこんな所に来るものか! ハンドルにやつあたりし、再びクラクションを盛大に鳴らした。マオがあわてて耳をふさぐ。


 少しの間大通りを走っていると、レッカーが「エネルギー補充を」とユキに言った。あ、とハンドルを右に切った。車用のスタンドに入る。

 レッカーは電気エネルギーで走る。はるか昔のように化石燃料は使わない。いつか尽きてしまう物に依存していては、いずれまた争いを生んでしまうだろうという考えからだ。

 十分ほどで充電は終わる。ユキは黙って辺りの様子をうかがった。この街では人間とロボットが偏見を持つことなく共に働いていると聞いた。それは本当のようで、通りには人間とロボットが入り混じっている。

 どうして人間をすんなりと受け入れられるのだろう。マオはレッカーのお気に入りだから仕方なく連れているものの、ユキは基本的に人間を毛嫌いしている。かつての戦争で、どうして人間を全滅させなかったのか、いつも疑問に思う。

「グウ」

 うなるような音がし、お姉ちゃん、とマオが甘えた声を投げかけてきた。また始まった。ユキは額にしわを寄せる。

「お腹すいた。あれ食べたいな」

 小さい指で指したのは、ファーストフードという食べ物を売っている店だった。食費がまたかさむ……。

 だが、これまでの経験でファーストフードは一番安い食べ物だった。なんとか切り詰めれば破産することはないはずだ。

 ちょうど充電が終わったらしい。お金を機械に入れると、ゲートが開いた。ゆっくりと発進させる。

「分かったわ。あそこに行きましょ」

 マオは、やったー! とはしゃぎだした。手が当たり、ルームミラーが大きく曲がった。

 ユキはがまんして、黙って元通りに直す。


 レッカーを道路わきに止め、二人は手をつないで店に入る。ふり払ってもすぐ握ってくるのは十分承知している。

 店内はシンプルなレイアウトで、いくつもの小さめなテーブルにイスが二つずつ置かれている。ユキは、カウンターの前に立った。

「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?」

 店員は人間の女性だ。ユキがここで食べていくことを言うと、パンフレットを提示した。「この中からお好きな商品をお選びください」

 背が低くてカウンターに届かないマオに、ほら、と見せる。

 ええっと、と少し考えていたが、「これ!」と指さした。一番高いやつだった。

「ダメダメ! これにしなさい」ワンランク下の商品を指す。

 ダダをこねようとしたマオに耳打ちする。「これにしないと、夜ごはんが食べられなくなるわよ」

 マオはうう、と言葉に詰まり、苦い顔でそれを選ぶ。鶏の肉を揚げた物と野菜をパンではさんだセットメニューだ。ドリンクとポテトが付属している。すぐに出来上がり、料金を支払った。

「お気をつけて運んでください」

 マオに商品の載ったトレーを渡した。慎重に持っていくと、窓側の席に座った。外にレッカーの姿が見える。

 ユキも向かい側に腰を下ろした。左手でほおづえし、彼女の食事風景を黙って見つめる。

 マオはハンバーガーの包装紙を開けたかと思うと、すぐさまパクついた。肉汁が漏れだし、口の周りにべっとり付く。服まで汚されると、後で洗うのが面倒だ。そんなことを思った。

 野菜が次々とこぼれ落ちる。肉とパンがメインで、野菜はついでに食しているような印象だ。拾って口に入れることはしていない。ひたすらハンバーガーばかりで、ポテトにもドリンクにも手を伸ばさないでいる。そんな風に焦るようにして食べていると――

「ケホッケホッ」

 マオはむせて口から飛ばした。ユキは、テーブルに置いていた右手を避ける。ドリンクを飲んで一息つくと、一気に残りを食べきった。ここでやっと目線を上げ、お姉ちゃんを見た。

「どうしてあたしを見てるの?」

「なぜかしら。窓の外や店内を見てもつまらないし、それよりかはあなたを観察していた方がまだ面白い気がするわ」

「楽しい?」

「そうね。楽しいわね」

 ふーん、とマオはポテトをつまんだ。口に持っていこうとするが、ふとユキの表情をうかがう。

「もしかしてお姉ちゃん、このポテト食べたい?」

 は? ユキは口をポカーンと開ける。

「だってずっとあたしのこと見てるし。ほしいならちゃんと言ってよ」

 マオはプククッと笑った。

「分かっているでしょうけど、わたしはロボットよ。食べるマネくらいしか出来ないの。エネルギーには変換できないわ」

「ねえ、食べてよ」

「だから、食べても意味がないって言ってるの。理解出来る?」

「食べてよ! 一人で食べててもつまらないんだもん」

 マオは顔をゆがませ、瞳が通常よりうるんできている。まずい。このままでは面倒なことになりかねない。

「分かったわよ。食べればいいんでしょ」

 油まみれのスティックじゃがいもを一本つまんだ。鼻に近付けてにおいをかぐ。わずかにいもの成分が感じられるのみで、やはり油が大部分を占めている。

 口に放りこんだ。美味かどうかなど分からない。ただ成分比が頭の中に浮かび上がってくるだけだ。

「おいしいね」

 自分も食べながら、期待を寄せる表情をする。

「おい……しいわ……」

 マオが満面の笑みを見せた。


2へ続きます。イラストは、いるさん@ill_writerに描いて頂いた、マオです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ