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第百二十六話:霧の中のクレーン車

 レッカーは、霧の中を慎重に走っていた。


〈視界が悪い……〉


 一刻も早く、この真っ白な場所から抜け出したかった。

 法定速度を示す、あちこち錆びている看板がかろうじて見え、「40」という数字が書かれている。

 だが、彼はそれより五キロほど遅い速度を維持していた。

 ヘッドライトの光は、せいぜい三、四十メートルほど先までしか届いていなく、その先はぼんやりとかすんでいる。


「周りに建ってるのって、もしかしてビル?」


 マオが、助手席のウインドーから外をのぞく。

 かすかに、灰色のビルがたくさん建ち並んでいるのが分かるものの、百メートルほど上から先は、霧に飲み込まれている。


「そうよ。二百メートルくらいのビルがいっぱい建ってるエリアなのよ、ここは」


 ユキは運転席で、マオとは反対側の景色をボンヤリと見ている。

 マオの見ているものと、景色はそう変わらない。


「そんなに高いんだー。全然分かんないや」

「そうね。全然分かんないわね」


 運転はレッカーに任せておけば安心だと思っているユキは、周りの音だけに注意を払っていた。

 他の車の音が、一切聞こえてこない。

 まるで、


〈放棄された街の中を走っている気分だ〉


 落ち着かない様子で、レッカーはつぶやく。


「普通に、人やロボットが住んでいる街よ。平日は、工事車両やトラックがひっきりなしに走っているみたい」


 ユキは、仕事先のロボットから聞いた話をした。


〈今が、日曜日の早朝だからか? 俺以外に走っている車の姿も音も、まったくないのは〉


 するとマオが、


「ねえねえ、レッカーと何の話してるの?」


 お姉ちゃんの上の作業着のすそを引っ張って尋ねた。

 マオには、レッカーの言葉が分からない。

 彼の言葉は、ロボットにしか通じないからだ。


「わたしたち以外に車がいないねって話してるの」

「ふうーん。……もしかして、あの世に向かって走ってるのかもね」


 マオはクスクスと笑った。


「あの世?」

「うん。絵本で読んだの。人が死ぬと、霧の中をずっと歩いて行って、その先にあの世があるんだって」

「わたしたちが、あの世に向かって走ってるってこと?」

「そう」


 お化け歩いてないかな、とマオは助手席のウインドーから外に目を凝らす。


〈あの世、か……。俺は、誰も住まなくなった街を走っている気分だったが、そういう考え方もあるか〉


 レッカーは、感心したように言った。


「あの世なんて、人間らしい……いえ、マオらしい考えね」


 すると、突然レッカーが急ブレーキをかけた。


「うわあ!?」


 マオが、前のめりになりながら叫んだ。

 シートベルトをしているので、座席から投げ出されずに済んだ。


「どうしたの!?」


 ユキが訊いた。


〈道のまん中に、クレーン車がいるんだ……〉


 レッカーが照らすヘッドライトがかろうじて届く所に、真っ白い荷台つきクレーン車が、こちらに運転席を向けてまっすぐ停まっている。

 ライトはついていなく、エンジン音も聞こえない。

 レッカーが、低くて大きなクラクションを鳴らす。

 相手のクレーン車からは、何の反応も返ってこない。

 ユキは、よく目を凝らして見てみた。


「あのクレーン車、誰も乗ってないわ」

〈つまり、人工知能を積んでいるってことか〉

「何でそんなことが分かるの?」

〈クレーン車の勘ってやつだ。何となく、こちらを見ているような意識を感じる〉

「……」


 レッカーの勘というものが、ユキには分からないが、相手のクレーン車が意識を持っていることは、彼女にもすぐに分かった。

 運転手無しで、ゆっくりとこちらに近づいてきているからだ。


「よけて!」


 ユキがレッカーに言った。


〈ああ。……え、あれ……? 動かない……!〉


 レッカーは、ハンドルやアクセルやギアをガチャガチャと激しく動かしているが、まったく彼は移動していない。


「レッカー! ぶつかっちゃうよー!」


 マオは、頭を両手で守り、座りながら丸くなった。


「何やってるの!? わたしが動かすから運転代わって!」


 今度は、ユキがギアを動かしアクセルを踏む。

 だが、それらは動かせるのに一切走らない。


「そんな……。どうして……!?」


 ガチャガチャとそれらを動かしながら、ユキは前方に視線を向ける。

 スピードを上げて、クレーン車がまっすぐこちらに突っ込んでくる。


「マオ、頭を守って――」


 そう叫んで、ユキも同じように身を守る。

 もう、車体が数メートルの距離に迫っていたからだ。

 ユキは、目をギュッと閉じ、歯を食いしばって、衝撃に備えた。

 しかし、何も起きなかった。

 ただ、冷たい空気が前から後ろに走っていく感覚を、三人は感じた。


「……あれ?」


 最初に目を開けたのは、マオだった。

 さっきまでいたはずのクレーン車が見当たらない。


「お姉ちゃん! レッカー! クレーン車がいなくなってる!」


 マオの言葉に、ハッと二人は目を開け、周囲をくまなく観察する。

 しかし、周りには濃い霧に包まれたビル群しかなく、人やロボット、車の姿は相変わらず見当たらない。


〈どこに行った……?〉

「確かにクレーン車がぶつかってきたはず……」


 三人はしばらくの間、放心状態だった。



 やがて、レッカーは工事現場に到着した。

 明日からの工事のために、前日に建設資材を納品してほしい、という依頼だった。

 工事現場の隅に建てられた、簡単な事務所小屋の中から、作業着姿のロボットが出てきて、納品の対応を行った。

 仕事の話が終わり、ユキとマオがレッカーに乗り込んだとき、見送りに来たそのロボットが、おそるおそる尋ねてきた。


「あの、三人とも心ここにあらずといった感じですが、何かあったのですか?」


 ユキが事情を説明すると、


「何でしょう……。私は見たことも聞いたこともないですね」

「でも確かに、わたしたちにぶつかってきたのよ……」


 ユキは、焦りの表情を浮かべながら話した。


「ねえ、あの辺でクレーン車死んだ?」


 突然、マオがロボットに声をかけた。


「死、ですか? あ、えっと、廃車になったクレーン車があったかどうか、でしょうか。ああ、ありましたよ。今から十年ほど前に、あそこで荷台つきクレーン車と大型トラックが正面衝突した事故が起きたんです。あの日は、今日以上に濃い霧が発生していて、お互い人工知能によって運転されていたのに、運悪くぶつかってしまったようで……」

「それで、そのクレーン車がめちゃくちゃに壊れちゃったの?」


 マオが、物が爆発したジェスチャーを両手でやった。


「そうです。前方部分がめちゃくちゃに壊れていて、人工知能も再起不能なくらいになっていたようです。それがどうかしましたか?」


 するとマオがユキに言った。


「きっとあれは、クレーン車の幽霊だよ!」

「幽霊?」

「死んじゃったクレーン車が、まだあそこにいるんだよ、きっと!」

「幽霊ねぇ……」

「だって、ぶつかってきたのに、何もならなかったんだよ? スーッて通り抜けていったんじゃない?」

「そう、なのかしら……」


 ユキは、腕を組んで首をかしげた。


〈ロボットや車も、幽霊になるのか……? 謎だ……〉



 ウーン、という二人のうなり声が、しばらく静かな工事現場に響いた。

次話をお楽しみに。

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