第百二十五話:薬とお尻【リーナ・ジーン編】①
リーナとジーンとアキは、とある路地裏にいた。
プラスチックゴミや生ゴミがあちらこちらに散乱していて、イヤなにおいが風にのって流れてくる。
「ま、待ってくれ……。撃つのだけは……」
三人の目の前には、プレハブ小屋の壁を背に座り込んでいる男がいる。
年齢は四十歳くらい。
使い古された、あまり綺麗とは言えない服装をしている。
その男は、ジーンに銃口を向けられていた。
『アキのお尻を触ったよね? なんでウソをつくの?』
ジーンは、機嫌の悪い声で質問した。
「ウ、ウソじゃない……! 本当にたまたま手が当たったんだ……!」
男は、今にもおしっこを漏らしそうな震えた声で答えた。
それを聞いたジーンは、振り返らずに、背後にいるリーナに言った。
『リーナ、少し離れた所に、三十代くらいの女の人が立ってるでしょ? その人に聞いてみて。あの人なら多分、男のことを見ているだろうから』
「うん、分かった!」
リーナは真剣な面持ちで、ずっとこちらを見ている女の人の方へ駆けていき、男を指さして話を聞いた。
アキは、さっきまでずっとリーナが手を握ってくれていたのだが、ポツンと一人取り残され、両腕で自分の体を抱くようにしながら、天敵におびえる小動物のような目で、ジッと男を見ている。
やがて、リーナが戻ってきて、
「話、聞いてきた! やっぱりコイツ、あたしたちの後ろから歩いてきて、追い越そうとしたときに、一番後ろを歩いていたアキのお尻に触りに行っていたって!」
ジーンは、銃口を十センチほど男の頭に近づけた。
「待って! いや、待って下さい! ごめんなさい! 本当は自分から触りに行きました! 謝ります! しばらく女に飢えていて、つい触ってしまいました……」
男は泣きべそをかきながら説明した。
『ねえアキ、こいつどうする? 殺す?』
ジーンの言葉に、アキは慌てたように首を横にふった。
「そ、そこまではしなくていいです……! もう反省しているようですし、二度と私に近づかないでくれれば……」
「も、もちろんだ……。俺は二度と君に近づいたりしない! 固く誓う!」
両手を高く上げて男は言った。
それを見て、ジーンは銃口を男から少し離した。
男は再び口を開いた。
「お、おわびと言っては何だが、仕事を紹介したいのだが……」
そう言って、男はショルダーバッグに手を伸ばす。
『バッグに手を入れるな!』
ジーンは鋭い声で言い、銃口を男の額にくっつけた。
ヒエッ、と甲高い声で男は震え上がった。
『ぼくが手を入れるから、どんなものか教えて』
「く、薬だ……。真っ白い紙袋が二つあるだろう……?」
ジーンは、もう片方の手でバッグをまさぐる。
その間に、アキはこそっとリーナの耳元に顔を近づけ、小声で尋ねた。
「どうしてジーンさんは、手を入れるなって言ったんですか?」
「武器を取り出されるかもしれないからね」
冷静な口調で、リーナは答えた。
『これは何の薬? もしかして危ないやつ?』
「ち、違う……。とある病気の治療薬だ。この二つを一緒に飲めば、たちまち治るし、飲まなかったらその病気で死ぬらしい。俺は金で雇われた運送屋で、山をいくつも越えて、薬をここまで持ってきた。患者の女の子は、この町にいる。その子の所に薬を届けるのが仕事だ」
『女の子ねえ……』
「こ、これは本当に本当だ。疑うなら、急所でなければその銃で撃ってくれても構わない」
男の体の震えが治っていき、その目は泳ぐことなく、まっすぐジーンを見ている。
するとジーンはため息をつき、
『分かった。それで手を打とう。報酬は、ぼくたちが全部もらうってことでいい?』
「え、それは……」
『ん、いいんだよね?』
ジーンの声色が、また低くなる。
あの、とジーンの背後にいるアキが、小さく右手を挙げた。
「パン一個くらいなら、あげてもいいんじゃないでしょうか……」
「えー、なんで? アキのお尻を触ったやつだよ? あたしなら蹴りの一つでもいれてやりたいくらいなのに、どうして?」
「だって、食べるのに困るといけないですから……」
被害を受けた当事者がそんなことを言っているので、
『分かった。……ほら、あげる』
ジーンは、仮面を上げると、口をあんぐりと開け、中からビニール袋に入ったコッペパンを一つ取りだした。
「あ、ありがとう……」
それを受け取った男は、両手でパンを抱きしめた。
リーナは、つまらなさそうな顔をして鼻を鳴らすと、
「行こう。お仕事ができたんでしょ?」
二人を促した。
2へ続きます。




