第百二十四話:歩行者を見守るロボット
高層ビルの間を通る片側二車線の道路を、レッカーは走っていた。
人影は一切ない。
アスファルトは穴ボコだらけのひび割れだらけ。
割れたすき間から色んな植物が育っていて、背丈が一メートルを超えているものもある。
「もっとスピード出さないの?」
助手席に座るマオがレッカーに言った。
〈たとえ誰もいない街でも、もしかしたら通りすがりの車とはち合わせするかもしれない。だから俺は、市街地では法定速度で走ることにしているんだ。ユキとマオの安全のためにな〉
レッカーが答え、ユキがマオにその言葉を教えてあげた。
レッカーの言葉は、ロボットにしか分からない。
「そっかー。でも、レッカーなら遠くから走ってくる車の音も聞こえるでしょ?」
〈もちろんだ。少なくとも半径五百メートルの範囲に、車の走行音は聞こえない〉
レッカーは、歩道から車道に向かって倒れている、車用の信号機を、大きくカーブしてよけた。
「乗り捨てられている車はあるけどね」
ボソッとユキが言う。
道路脇や車道のまん中に時折、誰も乗っていない車を見かける。
それらは、車体がボコボコだったり、燃えて真っ黒になってウインドーやフロントガラスがすべてなくなっていたりしている。
「あ、ロボットがいる!」
マオが前方の右側を指さした。
三メートルほどの戦闘用ロボットが、反対車線に放棄されている。
全身燃えた形跡があり、ススだらけだ。
両腕はバルカン砲で、足はキャタピラ。
〈ここも激戦地だったようだな〉
声のトーンを落とし、レッカーがつぶやいた。
「ええ」
ユキは冷静に答えた。
反対車線の道路に落ちているおもちゃのロボットを、彼女は運転席のウインドー越しに目で追った。
あのロボットを拾って売れば、いくらかお金になるかもしれないと思ったが、さすがに言わないでおいた。
そもそも、レッカーの荷台は、お客さん用の資材でいっぱいだから、そもそも持って帰ることはできないが。
大きな交差点で、レッカーは一旦停車した。
「どうしたの?」
マオが尋ねる。
「車が来ないか、右と左を見てるのよ」
代わりにユキが答えた。
すると、
『青信号でも、気をつけて渡ろう! 点滅していたら、無理に渡るのはやめよう!』
電気が通っていない歩行者用信号のすぐ横に、警察官の格好をしたロボットがいた。
ロボットの体には、植物のツタがいくつも巻き付いていて、あちこちにコケがビッシリと付着している。
元々上半身しかないらしく、腕もなく、頭と胴体しかない。
それは、銅像のように台の上に載っていた。
「なに、これ?」
マオが首をかしげた。
「たぶん、車が停まったらしゃべり出すロボットなのね。わたしたちがここで停まるまでは、何も声が聞こえなかったから」
ユキは、シートベルトを外し、助手席に寄っていって、そのロボットを見た。
〈ああ、ここは停車線か〉
レッカーは、自分の足下を確認した。
薄く白い線がアスファルトにひかれている。
「見に行ってもいい?」
マオが、自分のすぐ真上にあるお姉ちゃんの顔を見上げた。
「ちょっとだけね」
二人は外に降り、台座の近くに来た。
台の高さが高く、ロボットの頭の上までは二.五メートルほどある。
ロボットは、先ほどと同じ文言を三回繰り返すと、しゃべらなくなった。
〈そのロボットの電源はどこだ?〉
レッカーが尋ねる。
「たぶん、あれ」
ユキは、歩行者用信号の一番上に設置されている、小さな太陽光パネルを見上げた。
これは、持って帰っても怒られないかもしれない、とユキは思った。
どうせ、誰も横断歩道など渡らない。
この仕事を終えたら、またここへ戻ってきたい。
ユキはそう考えていた。
「ロボットに付いてるツタ、取ってあげたい」
マオが、ユキの上着の裾を、軽く引っ張った。
「まあ、いいわよ」
後日、運びやすいようにツタなどを撤去するつもりだったが、別に今取ってしまってもいい。
荷台の荷物の納品期限までは、まだ余裕がある。
マオは背が届かないため、すべてユキが行う。
荷台の道具箱からサバイバルナイフを持ってきて、ツタを次々と切っていく。
「少しきれいになった!」
ユキが足下に落としたツタを片づける仕事をしていたマオは、手首で額の汗を拭った。
「そうね」
ユキはナイフを道具箱にしまった。
ロボットを台座からどう外そうか考えていた時、彼女の隣でマオが言った。
「じゃあ、またここでがんばってね!」
助手席のすぐ下まで戻ってきたマオは、ロボットに向かって大きく手を振った。
「あっ……」
と、ユキは思わず声が漏れた。
マオの無垢な笑顔を見る。
この子の目の前でロボットを撤去して荷台に積む作業を行う自信は、ユキにはなかった。
〈さて、行くか〉
二人が乗りこんだのを見て、レッカーはゆっくりと走り出した。
エンジン音が遠ざかり、ロボットの辺りは静かになった。
ロボットは、次にまた車が目の前で停車するまで、スリープモードに入った。
次話をお楽しみに。




