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第百二十三話:雨の中で

 荒野のとある場所で突如豪雨に襲われた俺たちは、ユキの指示でこの場にとどまることにした。

 視界がほぼ数メートル先しか見えないため、走り続けるのは危険だと、彼女は言った。


〈雨宿りできる場所が近くにあったらなぁ……〉


 と、つぶやいたら、


「そんな場所、あるのかしら……。一応調べてみる」


 ユキの小さい声が聞こえた。

 何しろ、雨が轟音を響かせながら降っているのだ。

 車内にいるユキとマオの声が、少し聞こえにくい。


「さすがに、うるさすぎるよー!」


 助手席で、マオがキャーキャーと嬉しそうに、耳を塞ぎながら叫んでいる。

 こんな異常気象でも、マオにとってはアトラクションの一つにしか思えないのかもしれない。


 荷台は、灰色のビニールシートで厳重に覆われている。

 取引先に卸す荷物はなく、マオの食料が入った金属製の大きな箱と冷蔵庫、そしてユキが時々ガラクタ拾いに使う、アーム付きの黒い箱があるだけだ。

 黒い箱を背負い、スイッチを入れるとアームが中から出てきて、ベルトに付いているリモコンで操作して大きくて重いガラクタを運んだり、邪魔なコンクリートのガレキをよけたりする。


「これかも……」


 ずっと紙の地図とにらめっこしていたユキが、俺のハンドルを右の拳でコンコンと軽く叩いた。

 まるで寝ている人間を起こすような感じだったが、別に俺は寝ていないし、何ならずっと周囲を警戒していた。

 前方のライトは付けているし、ハザードランプも点灯させている。


「近くに、誰もいなくなった村があるみたい。そこなら、レッカーも入れるような丈夫な車庫があるかもしれないわ」


 ユキの左人差し指は、地図のとある場所を示している。

 そこは、ここから五キロほど先に進んだところにあって、眼下に盆地を見ることができる場所にあった。


「レッカーも雨宿りできる?」


 マオが心配そうにユキを見た。

 もしかして、俺がずっと雨に打ちつけられていることを気にしているのか……? 何といういい子なんだろう。


「分からないわ。壊れてしまって、何も残っていないかも」


 そう言って、ユキは俺のアクセルをゆっくりと踏み、慎重に走らせた。



 いつもより長い時間をかけて五キロを走り、村だったところに着いた。

 相変わらず、滝の中にいるような雨が降っている。

 自分のエンジン音も相まって、ますます二人の声が聞き取りにくい。

 だんだん、耳が遠くなってきたかもしれない。

 これが老化というものなのか……。


「建物は、やっぱり壊れてしまってるわね……」


 ユキは、運転席のウインドウ越しに外を見ている。

 かろうじて視認できるそれは、何らかの原因で崩壊してしまっているようだ。

 異常気象のせいか、あるいは戦争のせいか……。

 ユキがハンドルを少し右に回し、建物に俺を近づけていく。

 彼女の運転だから大丈夫だとは思うが、念のために俺はいつでもブレーキをかける心構えをしておく。


「家、石でできてる?」


 マオが運転席に這い寄ってきて、ユキの腋の下からヒョコッと顔を出し、外を指さした。


「レンガね。わずかに赤茶色が見える。マオには見える?」


 ユキの問いかけに、マオは首を横に振って答えた。


〈レンガは風化しにくいと聞いたことがある。もしかしたら雨をしのげるところが残っているかもしれない〉

「そうだといいけど」


 ユキが、とても小さい声で言った。


 そして、少しの間徐行しながら走っていると、


「あったわ」


 ユキがブレーキをゆっくりと踏んで、俺を停車させた。

 右側に、レンガがアーチ状に組まれた物が建っている。


〈橋だな〉


 もっと近づいていくと、確かに橋だった。

 その横幅は十メートル以上はあり、俺が雨宿りできるだけのスペースはある。

 再びユキがアクセルを踏み、橋の下に俺を乗り入れた。

 

〈おお……!〉


 突然、視界が開け、橋の下が鮮明に見えるようになった。

 足下には雨水がたくさん流れているものの、車体に上から打ちつける雨はなくなった。

 俺は前方のライトとハザードランプを消した。


「「ふう~」」


 ユキとマオの一息ついた声が重なった。

 俺は面白おかしくなり、フフフと笑い声が出てしまい、車体が細かく揺れた。


「フフフ……!」


 ユキも小さく笑い、


「キャハハハ!」


 マオはキンキン声で笑い転げた。


〈やっと、落ち着いたなぁ……〉


 轟音が少し遠のいている。

 見た感じ、橋は頑丈に保たれていて、この雨では崩れるようには見えない。

 ユキが地図を片づけ始めると、


「お姉ちゃん! トランプやろうよ」


 マオが、ダッシュボードからトランプを取り出し、座席にカードの束を置いた。


「いいわよ」


 ユキは運転席の上であぐらをかき、助手席の方を向いて、カードを持つと、シャッシャッと音を立てて混ぜていく。


「ババ抜きやろうよ」


 マオの提案に、


「ええ」


 ユキがカードを二人分に分けていく。

 そして準備が整うと、相手にカードの裏を見せて持ち、お互いのカードを引いていく。


〈ババ抜き、今まで何回もやってるのに、飽きないか?〉


 ユキに尋ねると、


「マオが色々騒ぐから、ちっとも飽きないわね」


 フッと、ユキは笑みを浮かべた。


「なになに? なに話してるの?」


 マオがユキの顔をのぞき込む。


「レッカーが、『ババ抜きたくさんやってて飽きないか』って聞いてる」

「飽きないよ! お姉ちゃんとやってるから」


 ユキの言葉に対して、間髪入れずにマオが答えた。


〈そっかそっか。確かに俺も、車内で二人がババ抜きをしてるのを見ていて、まったく飽きないからな。それと同じなのかもな〉


 周りに雨の音しかしない中、車内では二人が楽しそうに遊んでいる声が響いている。

次話をお楽しみに。

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