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第百二十二話:白い花

 金属製の資材を運ぶために、山越えをしている最中のユキたちは、標高の高い場所で、とある丘を見つけました。

 サラダボウルをひっくり返したような形をしていて、その中腹から頂上にかけて、白い花が咲いています。

 細長くて先端がとがっている花びらが十数枚ほど生えている花で、丘のいくつもの場所で密集するように群生しています。


「あの丘に登って! お花が生えてるよ!」


 レッカーは、丘のふもとに停車しています。

 マオは、助手席のウインドーに、低い鼻をベッタリとくっつけて丘を眺めていました。

 鼻息でガラスが一部曇っています。


「レッカー、登れそう?」


 運転席にいるユキが、レッカーに尋ねます。


〈大丈夫だと思う。緩やかにカーブを描いて走れば〉


 レッカーは冷静に答えました。

 レッカーが丘の方にゆっくりと走り出したのを見て、マオの表情は一層明るくなります。


「あれ、なんて花?」


 マオがユキに訊きました。


「……うーん。わたしのデータベースにはないわね。レッカー、この花どこかで見たことある?」

〈ないな。俺はあまり植物には詳しくない〉


 しばらく人間やロボットが訪れたことがないのか、車の通った跡が一切ありません。

 まさに、手つかずの自然といったところでしょう。


「花がかたまって生えてるところ、なんだか土がこんもりとしてるね」


 ウインドー越しに地面を見ているマオが、ポツリとつぶやきました。

 ユキが助手席に移動して、マオの背後から両肩にそっと手を置き、一緒にその花を見ます。

 レッカーは、丘から転げ落ちないように徐行しながら進んでいるため、花は見ていません。

 やがて、頂上に着きました。

 レッカーが停車し、ホッと一息つくように、プシューッと油圧の音がしました。


「白い花しかないね。赤とかピンクもあったらいいのに」


 自分で助手席から飛び降りたマオは、立ち止まって辺りをキョロキョロと見回します。


「そうね。この丘に生えている白い花は、すべて同じ花なのかも」

「この辺、甘い匂いがする」

「そう? ……確かにこれは人間が甘いと感じる匂いかもしれないわね」


 ユキは、数メートル下ったところに群生している花を見ました。

 花の根元に、動物の頭蓋骨があります。

 それまで、大自然の美しさを穏やかな気持ちで見ていたユキの表情が、一気に緊張モードに切り替わりました。

 ユキは、ゆっくりとそれに近づき、しゃがんでよく観察します。

 シカの仲間の頭蓋骨でした。

 肉は一切残っていません。

 頭骨の先には、太い首の骨や肋骨の一部が地面からのぞいていました。


 すると、マオが近づいてきました。


「なにか見つけたの?」

「ええ。動物が死んでるわ」

「……見たら怖い?」

「そこまで怖くないわ。骨だけだもの」


 マオが、おそるおそる近づいていきます。

 そのとたん、レッカーが大きくクラクションを鳴らしました。

 マオはびっくりして飛び上がり、ユキはすぐに立ち上がります。


〈この白い花には触れない方がいいかもしれないぞ。よく見たら、この花の根元にはすべて動物の死骸がある〉


 ユキは、すばやく辺りの花を観察します。

 レッカーの言うとおり、動物の骨や腐りかけた死骸が所々にありました。


「そうね。念のため、もうここにはいない方がいいかも」


 ユキは、マオの手を引っ張っていき、助手席に乗せ、正面を回りこんで自分も運転席から乗り込み、すぐにアクセルをふかしてギアを動かして発進させました。


「えっえっ……? お姉ちゃん、どうしたの?」


 血相を変えてハンドルを握るユキに、マオは不安そうに訊きます。


「あの花、多分毒があるわ」

「毒? 食べたら死ぬ?」

「かもしれない。触れたらどうなるか分からないから、もう丘を離れるわ」


 ユキたちは、逃げるように丘を下っていきました。



 山を越えた所にある街で資材の搬入を済ませた後、ユキは役所に立ち寄り、公共の端末からインターネットに接続し、あの白い花のことを調べました。

 すばやく情報を確認して、車内でレッカーとマオに報告します。


「あの白い花は、植物ではなく、菌類よ。つまり、キノコの仲間ね」

「キノコ?」

〈あの綺麗な花がキノコ? そんなの聞いたことないぞ〉

「あの花びらに似たような器官に、甘くておいしい汁が流れているみたいで、甘い香りで誘うの。毒は茎の部分にあって、食べてから十分くらいで体が麻痺して、たくさん食べていれば死んでしまうようね」

「なんでキノコが動物を殺すの?」

「殖えるためよ。動物が死ぬと、体は土に還って、キノコがよく育つ場所になる。他の植物も一緒に生えてくると、その場所はますます土の質が良くなって、キノコにとって住みやすい場所になるのよ」

〈危なかったな。万が一マオが口に入れていたら危険だった〉

「……有料の高速道路に乗りたくなくて、山道を遠回りしたのが良くなかったわね。やっぱり、キチンと整備された道というのはそういう変なものがなくて走りやすくなっているのね」

〈今回はたまたまだろ。その辺の山すべてに、あの毒キノコが生えてるわけじゃないだろう〉

「そうだけどね……」


 それから、レッカーは役所の駐車場から出て道路を走り出しました。

 走り始めてから五分ほど経った時、「ちなみに……」とユキが口を開きます。


「あのキノコ、医薬品の原料として希少な存在で、高値で売れるらしいわよ」

〈……もしかして、あの丘に戻るのか……?〉

「そんなことはしないわ。マオに何かあったら大変でしょ」

〈それはそうだ〉



 ユキたちは、次の街に出発しました。

次話をお楽しみに。

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