第百二十一話:商店街の写真【リーナ・ジーン編】②
やがて、風がやんで静かになった。
そろそろ行こうか、とリーナとアキに言おうとしたとき、お店の外に何かの気配がすることに、ジーンが気づいた。
彼は、お店の正面が見える窓の下まで行き、足を伸ばして、こっそりと様子をうかがう。
そこには、無人の小型自動車がいた。
車高は低く、キャタピラでゆっくりと進んでいて、天井から潜水艦の潜望鏡のように伸びている棒の先にカメラが付いており、シャッター音をたてながら写真を撮っている。
ジーンがスキャンした限りでは、武器は付いていないようだ。
「どーしたの?」
リーナがジーンの元に走ってくる。
『ほら、変な車がいて写真撮ってる』
「写真? ……あー。本当だね。怪しい」
アキは、二人から少し離れた奥の方から、不安そうに外を見ている。
「軍用車……ですか?」
『うーん。ぼくが見た感じ、軍のものには見えない。だいぶ古い車体だもん。いつ壊れてもおかしくないような』
リーナが、ジーンの頭を軽くコンコンと叩く。
『リーナ、何?』
「ジーン、ちょっと見てきてよ」
『えー? ゆっくりだけど、走りながら撮影してるし、このままやり過ごすこともできそうだよ?』
「面白そうじゃん」
『面白い……? よく分かんないなぁ』
「ほら、行ってみてよ。もしかしたら、あたしたちの後をついてきちゃうかもしれないでしょ」
『……うーん。まあ、ぼくらにとって不利益な存在なら、壊しちゃえばいいか。仕方ない』
ジーンは、伸ばしていた足を収納すると、リーナが開けてあげたドアから外に出る。
そして、その車に話しかけた。
『ねぇ、そこで何をやってるの? 何を撮ってるの?』
ゆっくりと走っていた車は、ジーンの出現を確認すると、ブレーキをかけて停まった。
〈商店街の写真を撮っているのです〉
人間の女性の声を元にした合成音声で、車は答える。
『やっぱりここは商店街だったんだ』
〈マスターのご命令により、一年に一回この旧市街を訪れ、この景色をデータとして残しています〉
『マスターって、廃墟マニアの人?』
〈いえ、この商店街のあるエリアの自治会長を務めていた方です〉
『なるほどね。三十年以上前に自治会長だったなら、今は結構な年寄りじゃない?』
〈はい、今年で九十五歳になりました。もう先が長くないとおっしゃっていまして、ご自分でここまで来ることはできないので、運送業者さんに依頼して私をここまで運ばせ、写真を撮るように私に命じています〉
ジーンと車が穏やかに会話しているのを聞いて、リーナとアキも車の前に姿を見せた。
「ねえ、その自治会長は、きれいな商店街だったころの景色を覚えてるんでしょ? 今のこんなボロボロな光景を見て、悲しまないの?」
リーナが尋ねる。
〈私が新しく撮った写真を見せるたび、最初は悲しそうな表情をされて、実際に涙を流すこともあります。しかし、最後には昔を懐かしんで、柔らかい表情をなされます。一緒に商売を営んでいた奥様や従業員の話や、お客様の話、同じ場所でお店を開いている人たちの話を、少しずつ私に聞かせてくれます〉
ふうん、とリーナはあまり興味なさそうな顔をした。
「私も聞いてみたいです、そういう温かいお話を」
〈では、お聞かせしましょう。あれは――〉
『あー、ちょっとゴメン。ぼくらは旅をを急がなくちゃいけないんだ。またの機会にするよ』
そろそろ出発しないと今日も野宿になっちゃうよ、とジーンはアキに言った。
シュン、とアキは縮こまり、残念そうな顔をした。
するとその車が、
〈よろしければ、皆さんの写真を撮りましょうか〉
「撮って撮って!」
リーナがお店の正面にアキとジーンの手を引っ張って立たせ、「いえーい!」とポーズをとった。
アキは、恥ずかしそうにしながらも、リーナの手をそっと握り返した。
ジーンは、まあいいか、とつぶやき、カメラを見る。
そして、カシャっと音が鳴る。
〈マスターも、商店街への来客を喜んでくださるでしょう。あなた方の写真をマスターに見せてもいいですか?〉
『いいよ。ぼくらにもその写真をくれる?』
〈ええ。私の車内にプリンターがあって、そこに印刷したものがあるので、そこからお取りください〉
リーナがドアを開けて写真を一枚拾う。
「よく写ってる!」
『リーナはすごく笑顔だ。アキは少し表情が固いかな』
「うー。だって……」
そして、三人は歩き出した。
ここから二十キロ以上歩けば、次の街へ着く。
小型自動車は、それからもゆっくりと商店街を進み、一枚一枚丁寧に写真を撮り続けた。
次話をお楽しみに。




