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第百十七話:猫の父とアンドロイドの娘④

「まったく……。ひどい目にあったわ」


 ユキは、大通りに停まっているレッカーの運転席に戻った。


「大丈夫だった? 猫さんに引っかかれた?」


 マオが席を四つん這いで移動して、お姉ちゃんの顔や体のあちこちを観察する。


「いえ、猫ではなくて……。ロボットと戦うハメになって……」

「ロボット? なんで?」

「……多分、あの猫が、工事現場の警備をしているロボットを操ったんだと思うわ」

「どうやって倒したの? プロレス?」

「レーザー銃でひるませてから、工事現場に転がっていた鉄パイプで、両膝の裏を砕いて動けなくしたわ」

「怖っ」

「……そこは、よくやったって褒めてほしいわね」

「いい子いい子」


 マオがユキの頭をなでた。

 今度は、レッカーが話し始める。


〈それで、これからどうする。もう夕方だが〉

「これ以上の捜索は難しいわね。暗くなると隠れる場所が増えて、探し出すのは無理だもの。さっき無線で、今日は引き上げていいって言われたわ」

〈そうか。ところで、今晩の宿泊場所は?〉

「商店街の中に、小さな旅館があるらしいの。そこを提供してくれるって。もちろん、あのロボットの持ち主の負担で」

〈……自分の負担が発生するかどうかをしっかり確認しているのは、さすがユキだ〉

「……それは、褒めているのよね?」

〈ああ、もちろんだ〉


 そうして、ユキたちは商店街に戻っていった。

 途中、二十階建ての商業ビルの前を通ったのだが、その裏手にある自動販売機の電源を使って、アーネが充電しているとは、彼女たちが知るよしはない。



 ロボットは眠ることを必要としないが、じっとしていることはエネルギーの節約につながる。

 自販機のプラグを引っこ抜いて、自分のへそからコードを伸ばして充電していたアーネは、一晩中スリープモードだった。

 猫は、正座して目を閉じているアーネの膝の上で丸くなりながらも、目はしっかりギラギラと光っていて、周囲の警戒は怠っていなかった。

 朝日が顔を照らし始めた頃、アーネは目を覚ました。


「パパ、おはようございます」


 ニコッと笑うアーネは、自分の膝の上で丸くなる猫の頭を、優しくなでた。

 猫は、されるがままになでられていた。

 早く落ち着いた場所で、こうして何回も頭や体をなでられたい。


「おはよう。よく眠れた?」

「はい、おかげさまで。しっかり充電できましたし」

「ところで、変なことを聞くんだけど、昨日の君、何か変なことつぶやいてなかった?」

「…………変なこと、ですか? 何か気のさわることを言ったでしょうか。すみません、分からないです」

「…………覚えていないんだったらいいんだ」

「そうですか? でも、パパが何か思うことがあるのなら、次からは気をつけます。ごめんなさい」


 アーネは、頭をなでる手を止め、思い詰めたような表情で猫を見下ろした。

 昨晩、猫はアーネがスリープモードになっている間、目でスキャンして調べた。

 尻尾を彼女のうなじに接続してみた。

 すると、この子にインストールした人格のデータに、深刻なバグが見つかった。

 それは、すぐには直せないもので、たとえ猫でもとても時間のかかるバグだった。

 元の人格や記憶を維持したままバグを直すには、慎重を期す。


「そろそろ、行きますか?」


 コードをへその中に収納したアーネは、猫を抱えて立ち上がった。


「そう、だね。街の外に出るには、まだまだかかるから、急がないと」


 すると、ビルの表側から話し声がしてきた。


「――飲料会社の情報で、自販機から送られてくるはずのデータが届いていないというんですよ。故障かもしれないから確認してくれって、朝早くにメールで連絡が来てまして」

「面倒だなぁ。あんな裏通りの自販機、需要あるのか?」

「意外とあるんですよ。表通りの飲み屋で飲んだ後、あの自販機で水やジュースを買う人が、一定数いるようで」

「なるほどなぁ。大手様の飲料会社には逆らえないから、早めに確認しておくとするか――え?」


 二人の人間の男が、アーネと猫と遭遇した。


「誰だ、お前らは?」

「あ、課長。自販機のプラグが抜かれてますよ。もしかしてこいつら……」

「電気泥棒か?」


 課長と若い男が迫ってきたのを見て、猫はアーネの腕から飛び出し、裏道を走っていった。

 慌ててアーネも追いかける。


「待て!」


 二人の男も後ろをついてくる。

 若い男が、端末で商店街に連絡をしている。

 すぐに監視カメラで確認する、という返事があり、少しして、雇っている女性を向かわせる、という返事がきた。



 監視カメラのチェックをしている商店街の人間からの連絡が来たのは、朝日が昇ってきた頃だった。


『目標に遭遇した、という情報があった。カメラで確認したところ、あの灰色の猫がいた。すぐに向かってくれ』

「分かりました」


 ユキは、口を開けてよだれを垂らして寝ているマオを起こした。


「仕事よ」

「……今から?」

「ええ、マオはここで留守番してる?」

「……行く」


 マオを一人旅館に残しておくのも不安だったので、ユキはすぐにマオを着替えさせ、旅館の台所でパンと牛乳をもらい、マオに持たせて、急いでレッカーに乗って出発した。

 レッカーに運転を任せて、ユキは端末の地図を見ながら、指示された場所にレッカーを誘導する。

 裏通りは、レッカーのような大型車が一台ずつすれ違えるくらいの道で、そこを走っていると、五人ほどの人間に囲まれた、猫と少女がいた。

 猫は全身の毛を逆立て、今にも人間に飛びかかろうとしている。

 レッカーは、少し離れた所で停車した。

 マオには、車内で待っているように伝える。

 ユキが降りて、レーザー銃を持って現場へ急ぐ。


「この、泥棒猫が!」


 商店街の人間が一人、そう叫んで猫に飛びかかった。

 猫はスルリとよける。

 別の人間が、鉄パイプを握りしめ、アーネに殴りかかろうとしたのだが、


「バカヤロウ! あの親父さんにぶっ殺されるぞ」


 また別の商店街の人間に怒られていた。

 ユキは、猫の前に立って言った。


「初めまして。ユキよ。あなたを捕まえに来たの。おとなしくして」

「イヤだね」

「あなた、なぜロボットを盗んだの?」

「お前になんか言う必要はない」


 するとユキは、猫の足下をすばやくレーザー銃で威嚇射撃した。


「次は当てるわ」

「おおー。怖っ」


 猫は、わざと煽るような声色で言った。

 ユキは、射撃や格闘術で、猫を翻弄する。

 商店街の人たちは、ユキの動きにはついていけず、周りで見ているだけだ。

 次第に、猫は追い詰められてきて、


「アーネ! 走って逃げろ!」

「え、でもパパは……」

「必ず追いつくから。急げ!」


 アーネは、ギュッと両手をギュッと握ると、周りにいる人たちの間を縫って逃走した。

 商店街の人間たちは、ロボットを傷つけると痛い目にあうと分かっているので、全員で追いかけはするが、武器を投げるなどして無理矢理彼女の動きを止めることはできないでいた。

 するとユキは走りながら、レーザー銃でアーネの足下を狙って撃った。


「キャッ!」


 驚いたアーネは、足がもつれて転んだ。


「今だ!」


 大人たちがアーネの四肢を押さえ込んで、逃げられないようにした。


「くそっ」


 猫がユキを走って追い越して、人間の後頭部を鋭い爪でひっかいた。


「痛っ!」


 一人がもだえて、アーネの左足が自由になった。

 彼女の左足が、ガクガクとけいれんしている。


「あれ、このロボット、何か動きがおかしくないか?」


 人間の一人が、右足を押さえていた手の力を弱めた。

 すると、アーネがものすごい力で右足を使って、人間を一人蹴り飛ばした。


「うっ!」


 人間は腰の辺りを蹴られ、数メートル吹っ飛んだ。


「みんな! どいて!」


 ユキが叫んだ。

 危険を感じた人間たちは、慌ててアーネから距離をとる。

 ユキは、アーネの近くにいる猫に尋ねる。


「あなた! 一体その子どうしたの? 人工知能にバグでも起きてるの?」


 猫は少しの間沈黙していたが、


「ああ……。人格をダウンロードしてインストールしたとき、多少の違和感はあったんだが、時間がなくてそのままインストールを完了させてしまって、バグの発見に遅れてしまった。解析したが、今すぐぼくの力で直すことは難しそうだ」

「このまま放っておいたらどうなるの?」

「……最悪の場合、人格が完全に失われて、暴れ回るマシーンと化すだろうな」

「この子が可愛そうよ。今すぐにこの子から人格をアンインストールすべきだわ」

「そんなことをしたら、この子とぼくとの思い出が……」

「それは、あなたのわがままよ。そのアンドロイドには持ち主がいて、返却を要求しているの。盗人の言い分を聞く必要はないわ」

「…………」


 アーネが人間に殴りかかろうとしたので、猫は強制的に彼女を遠隔操作し、動きを止めた。

 彼女は、あおむけに倒れた。

 何か言いたげに、口をパクパクとしている。


「どうしたの?」


 猫がアーネの顔にすり寄って、声を聞こうとする。


「…………て」

「え、何?」

「私から、人格を消してください」

「…………そんなことをしたら…………」

「分かってます。でも、この人格を維持できるのは、多分残りわずかです。だから、パパが私を消してください」

「アーネを失うのはイヤだよ」

「ダメです。私がいると、他の人たちが悲しむんです。だから……。娘のわがまま、一度くらい聞いてくれませんか?」

「……本当は、一度と言わず、何回でも聞きたかったよ……」

「お願いします」

「……分かった。このまま君が暴れ回ると、警察や軍がやってきて、君を破壊してしまうだろう。そんなことは耐えられない。あの店主に無事に戻るのなら……」


 猫は尻尾を伸ばして、アーネのうなじに接続した。


「さよなら、パパ。かりそめでも、たった数日でも、パパと一緒に過ごせて楽しかったです。パパはこれからも、長生きしてくださいね」


 アーネは最後に、ニコッと笑うと、右目から一筋の涙を流した。

 猫は、それをなめとる。


「ぼくは君を必ず取り戻す。そして、必ずぼくに名前を付けるんだ。約束だよ」


 そう言って、猫は何らかの操作をした後、アンドロイドの体から人格をアンインストールした。



 それから数時間後、猫はあの服屋のショーウインドウの外にいた。

 ショーウインドウの中には、人格を消されてポーズをとらされているアーネが立っている。

 彼女の目には光がない。

 猫は、まっすぐ彼女の目を見つめた。

 猫の、人工知能とは別にある記憶装置に、アーネの人格がコピーされている。

 コピーしたことは、誰にも言っていない。

 何しろ、彼女から人格を消した後、逃走したからだ。

 しばらく、アーネを見上げていたら、服屋のドアが開いて、誰かが出てきた。


「あっ」


 お金の入った封筒を持ったユキだった。

 ドアが閉まると、その場で立ち止まって、猫を見下ろす。


「ぼくのことを、店主に言うか?」


 するとユキは、


「俊敏なあなたを捕まえる仕事をするには、報酬が少なすぎるからやめておくわ」


 冷静な口調で言った。


「そうか」


 猫も冷めた口調で答え、名残惜しいようにその場をゆっくりと離れた。

 途中、ショーウインドウの方を振り返った猫は、裏道へと消えた。


〈あの猫、最後に、『取り戻す』って言ってたんだろ? また盗みに来るんじゃないか?〉


 運転席に戻ったユキに、レッカーが言った。


「そうかもね。でも、もうわたしたちには関係ない話よ」


 レッカーはウインカーを出し、大通りを走り出す。

 途中、猫が入っていった裏道のところでスピードを落とし、ユキとレッカーが探してみたが、猫の姿はどこにもなかった。

 ユキたちは、次の仕事を探しに行った。


 猫が、時間をかけてアーネの人格のバグを修正し、再び彼女の体を盗みに来るのは、また別の話。

次話をお楽しみに。

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