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第六話:最強の二人⑥

 夕食の後、適当に屋敷の中をブラついていたら、執事にばったりと会い、お暇でしたらビリヤードやダーツはどうですか、と誘われた。初めてのことにマオはすっかりはしゃぎ回り、二時間ほどがあっという間に過ぎてしまった。そろそろ子どもは寝る時間だ。

 目を擦るマオの手を引いて、ユキと執事の二人は寝室へと連れて行った。博士が「畳に布団を敷いてある部屋と、ベッドがある部屋、どちらがいいかな」と尋ね、即答でマオがベッドの部屋と答えた。彼は「分かりました」と最低限の返事だけをした。

 ベッドの部屋はビジネスホテルの部屋よりも二回りほど広く、ベッドの毛布は綿毛に包まれているようにふわふわしている。壁紙やカーペットが全て暖色で統一されていた。

 初めて入る部屋にマオは興奮するかと思っていたが、すっかり眠気もピークのようで、ツインベッドの片方に倒れこむなり寝息をたて始めてしまった。まだ浴衣のままだから、着替えさせる手間が省けて良かった。ユキはマオを仰向けに寝かせて静かに毛布をかけた。部屋の電気を消し、もう片方のベッドに腰かけた。肩の荷が下りた顔をする。

 今回ばかりは、ロボットのユキでさえ疲労を感じた。何と言ったって、マオが負けず嫌いであるために勝負が終わらないのだ。執事は道具のセッティング兼審判なので、自然と二人での戦いとなる。別に体力を使う遊びではないが、正確にボールの軌道や的までの距離を計算しつつ自分が込めるべきパワーを算出できるのがユキみたいなロボットだから、失敗することが無かった。

 そんなことが続くとマオじゃなくても文句を言うだろうし、事実マオは手加減するように口を尖らせてお姉ちゃんもそれに従ったのだが、マオは不器用で、ボールを他のボールにぶつけるのに人一倍どころか三倍ほど時間を費やし、的がバリアを張っているようにダーツを跳ね返すというミステリーがしばらく続いたため、「できるまで寝ない」と言い張る始末で、途中で抜け出してボーリング場の準備をしていた執事が骨折り損となり、もう休みましょうとユキが言っても聞かず、ひたすら二つの競技に没頭した。そして、温泉と食事で溜めこんだエネルギーを全て使い果たした。

 明日、街のゲームセンターで練習させた方が今後のためかもしれない。ユキはそう結論づけた。

 外からの光が、今の唯一の光源だ。立ち上がって窓の近くまで寄った。見下ろすと、庭をライフルを背負ったロボットが二体、警戒しながらゆっくり歩き回っていた。ユキは真っ黒なカーテンを閉めて部屋を暗くし、マオを起こさないように足音に気をつけながらドアを開けて廊下に出た。そろそろ博士の実験に付き合うことにしよう。温泉や食事を提供してもらった対価だ。

 とっさのことに、ロボットのユキでも対応できなかった。ドアに面した壁に背をピッタリ付けて左腕を突き出してきた執事に気がついた瞬間、ユキの腰の辺りに冷たい物体を当てられた。彼を突き飛ばそうとする前に強い電流の流れる音が耳をつんざき、間髪入れずに目の前が真っ暗になり、足で自分の体重を支えきれなくなってカーペットの上にうつ伏せで倒れた。視覚装置と運動装置が、外部性の電気信号によって頭脳からの命令を阻害されているようだ。現在作動しているのは聴覚だけのようだ。

 執事が誰かと連絡を取り合っている声が聞こえる。敬語を使っているということは、相手はあの博士だろう。だが、何を話しているのかは分からない。彼女の聴覚でさえも活動を停止しつつあるからだ。最後に聞こえたのは、「研究室まで参ります」という声だった。


 先に回復したのは聴覚だった。かすかにウィーンという音が聞こえる。その音は自分の周囲から響いている。音の反響具合から、自分は機械の中をくぐっているのだと分かった。音がはっきりと聞き取れるようになると、触覚と視覚が徐々に戻ってきた。冷たい金属のベッドに固定されつつ寝かされているようで、暗い天井が見えてきたと思ったらいきなり明るくなった。機械をくぐり終わったらしい。そう言えばCT検査をやるとか言っていた。今、自らの体の中を探られているのだろう。

 機械音が無くなり、ベッドが止まった。慣性の法則で若干体が揺れた。来ていたはずの服は全て剥ぎ取られている。

 横目で人影が確認できる。手足だけではなく頭も固定されているので振り向くことができないのだ。この背格好は、夕食の時間を共に過ごしたあの博士だった。白衣に着替えている。

「おや、目が覚めたかい」

 彼はニヤッと口の端を曲げた。

「……何のつもりですか。私は、あなたの研究に手を貸すと言いましたよね。この真似は何なのです?」

 ユキは怒りの感情を含ませながら尋ねる。

「何って、研究だよ。戦争兵器の」

 彼は淡々と話す。

 ユキは目を見張って顔を強張らせたが、冷静になろうと思考を制御した。

「私を解析してロボットを作ろうとでも?」

 その通りだ、と博士は言った。「最強の人型兵器を作ろうと研究中でね。街で偶然見つけた君を利用しようと考えた」

「最強のロボットなら、ビルよりも巨大な物をいくつも作るだけではないですか? なぜ私を調べる必要があるのですか」

「僕が目指しているのは、完璧に人間そっくりなロボットだ。執事のような中途半端な物ではダメだ。近くにいても誰にも気がつかれず、敵の行動パターンを学習し、自ら考えて攻撃する兵器こそが、最強。まさしく君がそうなんだ」

「それでは、答えになっていません。私を調べてそれで終わりなことには変わりません」

「分かってないねぇ」

 博士は静かにため息をついた。

「調べた結果、僕にはそんなロボットがつくれないと分かった。オーバーテクノロジーなんだよ、君は。でも、改造することはできそうだ。頭脳に細工をすれば、君の意識はそのままに体だけ思いのまま動かせることが可能と判明した。ユキちゃん自身を戦わせるのだよ」

「私は、戦いたくありません」

「そうだろうねぇ。でも僕は心が痛くならない。だって、君はロボットだから。使い物にならなくなれば、それだけの物だったということさ。バラバラになった君を国を挙げて分析すれば、いつか誰かが同型のロボットを開発できるだろう。そうなれば隣国の政府に勝利が訪れる」

 ここでユキは、この街に着いた時に買った地図を思い出した。この街は国境近くで、隣国では政府と反政府軍による戦闘が行われているということを。人間対人間の醜い争いだ。それに自分が参加するのか。

「拒否します」

「ロボットに拒否権など無い。どんなにロボットが高度な技術を持っても、それを使うのはいつだって人間なのだから」

 博士はそう言い放つと、ユキの頭の先の方へ消えた。パソコンのキーボードを規則正しく操作する音がする。

「君にはもう一度眠ってもらう。そして起きた時には、すでに体は僕の物になっている。理解したかい」

 ユキは手足を固定しているベルトを見た。子どもでも簡単に外せそうだが、四肢のどこも自由に動かないのが悔やまれる。

「では、始めるか」

 博士のその声は、ドアをけたたましく開ける音にかき消された。


7へ続きます。次がこのお話のラストです。

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