第百十六話:飲んでも呑まれるな【リーナ・ジーン編】
とある都会の繁華街。
新しい年を迎えた日の早朝、通りは静まりかえっている。
ペットボトルや空き缶、お菓子の袋などのゴミが散乱していた。
「汚っ! ゴミをポイ捨てする奴らも、間違いなくゴミね!」
軍手をはめたリーナが、透明なビニール袋にゴミをどんどん入れていく。
「罪悪感はないんでしょうか。誰かにゴミを拾ってもらうのに」
同じくゴミ拾いをするアキが、寂しそうな目をした。
『無いに決まってるでしょ。酒を飲んで酔っ払っている奴らはみんな、正気を失ってるんだから』
キャタピラでゆっくりと走りながら、ジーンはアームを地面に伸ばしてゴミを掴み、二人のビニール袋に放り込んでいく。
「でも、ゴミが一つも落ちてなければ、こうして仕事を紹介してもらえないのですから、複雑な気分です」
「まあ、それは確かにねー。ちょっとした小遣い稼ぎ程度の給金だけど」
『今日は、どこのお店も商業施設も閉まってるから、これくらいしか仕事がなかったんだよ』
しばらく手を動かしていると、アキが口を開いた。
「こういう清掃作業って、ロボットにやらせた方が良いのでは? 仕事をもらっている身分として言うことではないと思いますけど」
『あー。数年前まではロボットにやらせてたみたいなんだけど、年が明けてテンションの上がった人間がロボットを蹴って壊したり、今みたいな朝方だと人通りがほとんどないから、窃盗団が出没して、ロボットの機能を停止させて、分解して金になりそうな部品だけを取り出して逃走するっていう事件が、過去に数件あったっぽくて、それからは人間を雇ってやらせてるってさ』
ジーンが答えた。
すると今度はリーナが、
「それってさ、つまり人間の方が価値が低いって事じゃない? あたしとアキはロボットみたいに頑丈じゃないし、抵抗するための武器だって渡されてないし。人間は使い捨てって事? ひどくない?」
「そんなことないと思いますよ。おそらく、武器をたくさん持っていて強いジーンさんが一緒にいるから、女の子二人に任せてもいいって判断したんじゃないでしょうか。給料も、子ども二人ならそんなに高く払う必要もないですし。本当はもっとほしいですけど」
『結局、ロボットには充電するための電気がいるし、整備費用だってかかる。毎日ゴミ拾いをするわけじゃないから、低い給料で貧乏人をつかまえてやらせた方が、経費が安く済むんだよ。あと、それにね――』
ジーンが立ち止まった。
繁華街から一つ裏手に入る路地が、彼の左側にある。
大人の人間が手を横に伸ばしたら二人分しかないほど、狭い道だ。
『毎年、こういう狭い路地で、酔っ払った人間が夜中に眠ってしまって、そのまま凍死してるのが見つかるみたいなんだけど、ゴミ拾いをしているロボットの性能が低すぎて、生体反応がない人間をゴミ扱いして引きずって運んでいったことがあったんだ。人間を雇っているのは、そのせいもあるのかも』
「ほーら、やっぱり人間はゴミだ」
「違いますよ! 亡くなっていても、人は人です! 弔ってあげないと……」
三人は、大きな通りのゴミ拾いを終えると、その狭い路地の前まで戻ってきて、そこを歩き始めた。
二十分ほどゴミ拾いをしていると、
「うわっ!」
二つのビルの間の狭い隙間をのぞきこんだリーナが、驚いた顔をして後ずさりした。
『どうしたの?』
ジーンが、ギューンとキャタピラを高速で動かして、リーナの前に立ち、そこを見た。
六十代くらいの男が、壁に寄りかかって目を閉じている。
アキは、悲鳴が出ないほど驚き、口をパクパクさせながらその場に立ちつくしている。
「死んでる?」
リーナがジーンに尋ねる。
『死んでるね。死後数時間ってところかな。外傷は見当たらないから多分、凍死』
ジーンが冷静に答えた。
アキが、何か言いたそうに唇を震わせているが、喉がこわばって何も声が出てこない。
代わりにリーナが、
「何でこんなところで?」
『酔っ払ってたのかも。酒瓶が転がってるし』
「そっか……。せっかくめでたい新年なのに、こんな風に人生が終わっちゃうなんて、本当に残念な人」
『そうだね。まさかこの人も、こうやって自分が死ぬなんて思っちゃいなかっただろうね』
ジーンは、男の懐にアームを突っ込み、何か金目のものがないか探す。
すると、ようやくしゃべれるようになったアキが、
「あ、ええと、やっぱりそういう人からも頂いていくんですね……」
「そりゃそうだよ。死んだ人がお金なんて持ってても仕方ないもん。ロボットが見つけたら、この人の服ごと、ゴミとして捨てられちゃうと思うし」
汚そうな格好の男に触りたくないリーナは、ジーンの様子をうかがいながら、何が見つかるかワクワクした表情をしている。
『現金見つけた』
ジーンは、右手でお札を四枚持ち、二人に見せるようにヒラヒラとさせた。
「ジーンが持っててよ」
リーナが言う。
『汚いから?』
「そう」
『じゃあ、ぼくの整備費用にあててもいいかな』
「えー。せっかく新年だから、何かおいしいもの食べたい」
『仕方ないなー。じゃあ、半分を食事代にするか』
「いいよー」
そうして、ジーンはお札を自分の口の中にポイッと放り込んだ。
またゴミ拾いを始めた一行。
リーナはアキに尋ねる。
「何か食べたいものある?」
「ええと、それよりも、あの男の人のこと、誰かに知らせなくていいんですか?」
「真面目だねぇ。じゃあ、今の仕事を依頼してきた人に言っておけば?」
「あの、そこで見つけたお札のことは…………」
「もちろん、言わない!」
リーナは、ニシシと笑った。
『じゃあせめて、これを置いていってあげよう。さっき道ばたで、未開封の缶ビールを見つけたんだ』
ジーンは、自分の口からそれを出して、男のそばに置いた。
そして三人は、路地の奥へと消えていった。
雪が降り始めて、男の人にうっすらと積もっていく。
次話をお楽しみに。




