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第百十四話:地球を救った話③

 レッカーは二十キロほど北東方向に走った。

 千メートルほどある、岩がゴロゴロした山の麓に、目的の洞窟がある。

 その手前で、レッカーはブレーキをきかせて停車した。


「娘さんは大丈夫ですか?」


 ユキが尋ねた。

 顔色は相変わらず悪い。

 娘の代わりに父親が答えた。


「今のところは、何とか我慢しているようで、大丈夫です」


 彼は娘の背中を優しくさすった。

 娘は脇腹をかばうように、背中を丸くしている。


「鉱物の採取は、お一人で大丈夫ですか?」


 あまり気が進まないので、ユキは父親一人で行ってきてほしいと思っていた。


「もちろんです。ほんの一欠片でいいのです。すぐに終わりますよ。あっ、そうだ。採取している間に、僕の車を地面に降ろしてもらえませんか。娘への処置は車の中で行うので」

「分かりました」


 行ってくるからな、と娘にささやいた後、彼は助手席から飛び降りて、頭にライトを付け、右手で懐から工具を取り出し、洞窟の中へ走っていった。

 それから数分後、小さな明かりが洞窟の中から近づいてきて、星明かりの下まで来ると、人影の輪郭がハッキリと現れた。

 父親が、興奮した表情でこちらに走ってきた。


「車は降ろし終わってます」


 ユキがレッカーの荷台の下に立って、車からロープを外しながら言った。


「ありがとうございます!」


 父親とユキが二人がかりでレッカーから娘を降ろし、車の前まで連れてきた。


「後は僕が対処します。申し訳ありませんが、お礼をしたいので、もうしばらく待っててもらってもいいでしょうか」

「ええ、待ってます」


 車の中に二人が入っていく。

 車内に明かりがつき、人影が中で動いているのが見えるが、具体的に何が行われているのかは見えないし、音も漏れてこない。

 十分ほど経ち、車のドアが開いて父親だけ出てきた。


「無事に修理が終わりました。あの鉱物がなければ、娘は直りませんでした。もう心配はありません。ご協力ありがとうございました。これはお礼です」


 そう言って彼は、腰の後ろに隠していた左手を出した。

 そこには、緑のカビのような色をしている、直径十五センチくらいのゴツゴツした石が握られていた。


「この石は、僕らの故郷では高値で取引されている物で、一年間は豪遊できると言われているのです。この地域でよく採取されるものです。よろしければ受け取ってください」


 念のため、ユキはポケットから白い軍手を取り出してはめ、それから石を受け取った。

 石を両手で持ったまま、ユキは尋ねる。


「これからどうするのですか? 車は動けないんですよね」

「仲間に連絡を取ってみます。とりあえず、娘はもう大丈夫なので、数日もすれば来てくれるかもしれません。まあ、車の修理も試みますがね。食料は積んであるので、ピクニックだと思って待ってますよ」

「そうですか。では、わたしたちはこれで失礼します。旅の無事を祈ってます」


 そうして、ユキたちは去った。

 なぜかレッカーは全力疾走だった。

 親子が見えなくなった頃、レッカーが言った。


〈あの娘、ロボットではないと思う〉

「…………そうなの?」

〈包帯を替えているとき、患部を見たんだ。確かに肉体だった。血が青かった。体の構造はこの星の人間と違いはなかったように思うが……〉

「え、『この星の人間』ってどういう意味?」

〈いや、確信はないがな。俺だって、地球上のすべての人類を直接見たわけではないから〉

「……そんな存在が、本当にいると思うの……?」

〈この空の上は、とてもとても広いんだ。どこかにはいると考えてもいい〉


 ふう、と疲れたような顔をして、ユキは運転席にドップリと座って目を閉じる。

 すると、マオがユキの作業着の袖を引っ張った。


「さっき、石をもらったんでしょ? 宝石?」


 マオの目が、すごくキラキラしている。


「さて、何かしら」


 ユキは、換気のために運転席と助手席のウインドーを開けた。

 二重にしたビニール袋の中に入れて口を縛ってしまっていたが、慎重に開けて中を見て、鼻をスンスンと鳴らし、鼻腔に入ってきた空気の成分を分析する。


「危険な成分は溶け出してはいないわね。少なくとも、持っているだけでは問題なさそう」


 ユキは懐からレーザー銃を取り出すと、エネルギーを最小に絞って、石を少し削り、小さなかけらをつまんで自分の口に入れた。


〈どうだ……?〉


 走りながら、うががうようにユキを見る。


「カビの生えた、ただの石ね」

〈うっそだろ……〉

「石ころー? えー? お姉ちゃん、タダ働き-」

「マオ、そんな言葉、一体どこで覚えたの……?」


 ユキは、ペッとかけらを手に吐き出し、石と一緒にウインドーから投げ捨てた。


〈彼らの故郷では、高価らしいが〉

「価値観って、人それぞれだものね……」


 ユキたちは、次の町に向けて旅立っていった。



 ユキたちが見えなくなったのを確認した父親は、懐から端末を取り出して通話を始めた。


「お疲れ様です。地球を調査中の○○○○です」

『お疲れ。定期連絡を怠ってどうした? 事故でもあったか?』

「実は、宇宙船のカモフラージュが不具合で解けてしまって、高空を飛んでいるところを、この星の警備機に発見されてしまいまして、色々撃たれて不時着してしまったのです」

『なんだと!? 命は無事なのか?』

「ええ、娘は銃弾を脇腹に受けて、出血多量で危ないところでしたが、一難は去りました」

『そうか、それは良かった。まあ、いざとなったら本来の姿になって戦えばいいがな』

「もちろんそうですが、なるべく我々の存在は秘匿すべきと考え、人の姿のまま今まで過ごしております。治癒力はこの姿だとかなり低下してしまいますが、体を覆うことができるカモフラージュ装置のバッテリーを節約したいので、やむなく人の姿で隠れ忍んでいます」

『なるほど、ケガをしているのなら、これ以上の任務続行は難しいだろう。一旦帰ってきたまえ。地球の衛星軌道上に船を派遣するから、そこまで本来の姿で飛んでくるといい。君の車は、遠隔操作で溶解処分しよう。そこまでの距離なら、姿を隠す装置のバッテリーはもつだろう?』

「それくらいは、大丈夫です。娘を連れて帰還します」

『ああ、君たち親子は、地球侵略部隊調査部の重要な人員なのだから、自分の体を大事にするんだぞ』

「そうですね。あ、報告書は後ほど送りますが、先に簡単な説明だけさせてください。この星の資源を獲りに来るのは、保留とした方がいいと考えられます」

『……ほう、それはなぜだね』

「近年、この星の空気はだんだん綺麗になってきています。我々の欲している資源というのは、この星で言うところの『汚い空気をたくさん取り入れた鉱物』ですから」

『なんと……。五十年前に調査隊を派遣したときは、なかなか良い鉱山が見つかったのだが……。今回の調査の結果だけで判断はできないが、本格的に侵攻を開始するのは、だいぶ先になりそうだ』

「ええ、百年後辺りにまた調査に来てみたら、環境が変わっているかもしれません」

「そうだな。ところで、地球人に助けてもらったのか?」

「はい、正確にはロボットと人間の幼い女の子です。見ず知らずの私たちを拾ってくれたのです。とても心優しい方たちでした」

『地球の知性を持つ存在は、自分勝手で暴力的な存在だと思っていたが、そんな者たちがいて、もし増えているのなら、侵攻はためらわれるな。心が痛む。今後も、長い目で見た調査が必要かもしれん』

「はい、私も同意見です」

『せっかく食料になりそうだと思ったのだが、罪悪感で躊躇してしまいそうだ』

「そうですね。私も最初はためらいました。あまりおいしくなかったですし」

『うん、分かった。本来の姿になったら、傷の治りも早いだろう。すぐに姿を戻って治療し、帰還せよ』

「了解しました」


 父親は通話を終了し、端末を懐に入れた。


「報告が終わった。元の姿に戻り、傷を治した後、衛星軌道上の船に帰還するぞ」


 車の中の座席に座る娘に呼びかけた。


「うん、分かった……」


 脇腹をかばいながら、娘が車から出てきた。

 そして、体が急速に膨張して変化する。

 娘の体は、体長十メートルほどになった。

 姿は、この星の人間が見たら、ドラゴンだと思うだろう。

 無数の牙がのぞく口を、娘はわずかに開き、人間にとっては毒になる息を吐きながら、静かに目を開けた。

 翼を大きく広げ、まっすぐ満天の星空を見上げる。

 彼女の大きな瞳に星々が映る。

 父親の体も何十倍も大きくなり、似たような姿になった。

 ただし、体長は二十メートルほどある。

 二人は、頭の中で念じて、体に埋め込まれた、姿を消す装置を起動した。

 たちまち姿が見えなくなる。

 そうして二人は、大きく羽ばたいて砂嵐を巻き起こしながら、勢いよく空へと飛び立っていった。

次話をお楽しみに。

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