第百十四話:地球を救った話①
星がきれいな夜だ。
夜空には、真夏の星座がプラネタリウムのように広がっている。
その下の荒野を、レッカーは走っていた。
荷台に荷物はない。
次の仕事先に向かうため、石や岩がゴロゴロしている荒野を横断している。
〈左前辺りの岩の麓で、明かりがチカチカしてるぞ。どうする?〉
真っ先に気がついたレッカーが、マオとトランプをして遊んでいるユキに伝えた。
ユキはカードを席に投げ出し、フロントガラス越しにその方向に目を凝らす。
数百メートル先に、高さ二十メートルほどの、角が丸くなった長方形のブロックの形をした、茶色の岩が一つ立っている。
レッカーは時速六十キロほどで走っているため、その明かりとの距離がどんどん縮まっていく。
「本当ね。規則的な点滅じゃなくて、まるで誰かに気づいてもらおうと不規則に点けたり消したりしている感じ。レッカー、人影は見える?」
〈四十代くらいの人間の男が、車の運転席から顔を出して、こちらに手を振っている。かなり焦っているような表情だ。どうする、助けるか?〉
「……あまりお金にならないことはしたくないけど……」
〈もし急病人がいて、俺たちがスルーしてその後亡くなってしまったら、後味が悪いと思わないか〉
「……レッカー、最初からあの人を助けるつもりで、わたしにそのことを知らせたんでしょ? お人好しなんだから」
〈お互い様だろ?〉
そんなやり取りをしながら、レッカーは男性のいる車から数メートル離れた所に停車した。
万が一あの人間が悪者だった場合、マオを守るためだ。
ユキは運転席から飛び降りると、ドアを閉めて懐からレーザー銃を取り出し、いつでも撃てるように両手を下げて構える。
「ああ、助かりました……! 誰も通らないので、もうダメかと思いました……」
胸をなで下ろした男性は、車から急いで出てきて、安堵した表情をした。
黄土色の作業服を着ていて、筋肉質でガッシリとした体格をしている。
「こんな荒野の真ん中で、何があったのですか? かなり焦っている様子でしたけど」
ユキは左手にレーザー銃を持つと、腰の後ろに隠した。
「実は、娘が急病で……。この近辺に、治療に使える鉱物があるらしく、そこまで行こうと思っていたのですが、少し事故にあってしまいまして……」
男性は、チラッと空を見上げたが、慌てて視線をユキに戻す。
「鉱物ですか? 病気なら、病院に連れて行けばいいのでは」
「あ、いえいえ、ちょっと訳あって病院には行けなくて……」
かなり怪しいとユキは思ったが、急病なら早く処置しないと危険と判断し、レーザー銃を懐にしまうと、
「分かりました。娘さんをレッカー――わたしのクレーン車に乗せるので、車から出してもらってもいいですか」
「ありがとうございます! 助かります」
男性はすぐに車の後部座席のドアを開け、娘の左腕を自分の肩に回させて連れ出した。
娘は、シンプルなデザインの服を着ていた。
例えるなら、人間が手術を受けるときに着る服だ。
年は十代後半ほど。
背中まで届く茶色っぽい髪の毛は、すべて右肩に流されているが、レッカーに向かって歩くたび、ハラハラと少しずつ肩から落ちてまっすぐ垂れ下がる。
顔はかなり真っ青で、かろうじて目を開けている。
右手で左の脇腹を押さえていた。
ユキは、娘さんを助手席の方に案内して、男性と二人がかりで乗せた。
「え、誰この人!?」
マオは、運転席まで座ったまま後ずさりし、警戒する顔で女の子を見る。
「具合が悪いみたいなの。助手席を譲ってくれる?」
ユキがそう言うと、マオはしぶしぶ納得した風にうなづき、
「お姉ちゃんの膝の上に座っていい?」
と聞いてきた。
「いいわよ」
ユキは応える。
車内の真ん中辺りに娘が座り、助手席に男性が、そして運転席にユキとマオが座った。
「どこへ行けばいいですか?」
ユキが男性に尋ねる。
「北東に二十キロ進んでください。その先の山の麓に洞窟があって、その中に目的の鉱物があるそうです」
男性は懐から端末を取り出して、その画面を見ながら説明した。
ユキが一度も見たことがない型の端末だった。
〈了解した〉
レッカーは威勢よく言い、出発しようとする。
「あ、ちょっと待ってください! 僕らの車を荷台に積んでもらえないでしょうか。治療に必要な設備を積んでいるのです」
「……分かりました。車はまったく動かせない状況ですか?」
「そうですね。エンジンがかからないので、申し訳ありませんが、ロープで吊り上げてください」
ユキは男性に協力してもらい、まず車にロープをしっかり固定し、吊り上げる準備をする。
作業中ユキは、車体に何か映像のようなものが映し出されいるような気がした。
外部からではなく、内部からまるで車体の何かをカモフラージュするかのように、偽の映像を映しているような。
だが今更、作業をやめるわけにはいかない。
レッカーに車のすぐ近くまで来させて、伸びてきたクレーンのフックにロープの輪をしっかりかけた。
そして、次にユキは荷台に登り、ゆっくりと吊り上げられた車がまっすぐ上から降りてくるように、手で車体を押して微妙に調整する。
「どこかケガしてるの?」
一方、車内に残っているマオは、すぐ隣に座っている娘の顔を、興味津々といった様子でのぞきこんだ。
コクっとうなづいた娘は、脇腹をさする。
すると、服の下の包帯に違和感を覚え、ひもを少し解いて娘は、マオに見られないように隠しながら中を見た。
傷口が開いているのか、血がにじんできていた。
「傷を縫わないと……」
ボソッとつぶやいた娘は、マオを見て、
「あの……私のお父さんを呼んでもらえませんか」
「う、うん。分かった……!」
マオはなんとなく気になって、娘の服の中を一瞬だけ見た。
そこには、青い色の血が白い包帯を染めていた。
マオは、ぞわぞわっと鳥肌が立った。
「お姉ちゃーん! お姉ちゃーん! ちょっと来て! この人の血が!」
悲鳴に近いマオの叫び声を聞き、車を荷台にちょうど固定し終わったユキが、急いで運転席に上がってきた。
「どうしたの!?」
「この人の血が……青いの……」
お姉ちゃんに抱きつきながら、マオは娘の脇腹を指さす。
ユキはマオを運転席に座らせると、娘の患部をのぞきこんだ。
青い血でできた、直径十センチくらいの丸い染みがあった。
2へ続きます。




