第百十二話:貧乏②
数か月後、隣町の郊外にある集落をレッカーは低速で走っていた。
市街地で、長期の仕事を終えたユキたちは、次の町へ向かう所だった。
舗装されていない細い砂利道で、周りには畑が広がっている。
あちらこちらに、作業をしている人間やロボットの姿がある。
道に沿って家が建っているが、どれも木造のボロボロな壁や屋根で、数か月前訪れた高級住宅街と比べると、まるで時代をさかのぼってきたかのように感じられる。
この集落には用事がないので、早々に通り過ぎようと思っていたのだが、
〈ユキ、この道の先で火事だ〉
再び、レッカーが報告した。確かに、細くて白い煙がまっすぐ空に上っていた。
燃えている家からは、おじいさんが外へ逃げ出している。
彼らは、ユキたちが進もうとしている道をふさいでしまっている。
〈助けるか?〉
一応、レッカーは尋ねる。
「……助けるしかないでしょ」
この前みたいに怒鳴られるのはイヤだったが、道は通れず、他に迂回できるところもないから、後戻りすることになるが、お姉ちゃんがどうするのか気になる様子でマオが彼女を見つめているため、選択肢は一つしかなかった。
マオの手前、困っている人を放っていくなんてことは、できない。
ユキはあまり気が乗らない顔をしながら、外へ出て現場へ走っていった。
数時間後、夕日の光が畑を照らすころ、ユキとマオは集落の代表の家に招かれていた。
ユキは、逃げ遅れていたおばあさんを助け、お礼がしたいと言われたのだった。
タダでマオにご飯を食べさせてあげられる、と心の中で歓喜し、ユキは彼らの誘いに乗った。
たくさんの料理が並ぶ宴会の席で、マオはお腹がはちきれそうになるくらい食べ、集落の人たちを驚かせた。
宴会がそろそろお開きになりそうな頃、若者二人に引きずられるように、一人のおじいさんが連れてこられた。
「あっ……」
ユキは、おじいさんの顔に見覚えがあった。
数か月前、高級住宅街で彼女が声をかけた老人だった。
すると、先ほどまで穏やかな態度だったおばあさんが、足早に彼の所まで行くと、手を引っ張って強引にユキの元まで連れてきた。
「ちゃんとこの人にお詫びしなさい!」
怖い顔をして、おばあさんは無理やり彼の後頭部を押さえて、頭を下げさせる。
「すみません……」
集落の人たちからのキツイ視線に、おじいさんは委縮して、すんなりと言う事を聞いた。
「わたしは、今回この人を助けた覚えはありませんが、どうなさったのですか」
ユキが、おばあさんとおじいさんの顔を順に見ながら尋ねる。
「このバカじいさん、たばこの火を消し忘れたんですよ。それで家が全焼してしまいました。全部コイツが悪いんです」
おばあさんが、怒りをあらわにしながら言った。
「け、消したつもりだったんだよ……」
ボソッと言い訳を言ったおじいさんだったが、それが余計におばあさんの癪にさわった。
「このアホが! 三か月前も同じこと言ってたじゃないか。あんたのせいで屋敷を失って、しかも愛しのマイクまで……。犬としては寿命が近かったけど、火事なんかで死んでいいはずないのに……。それで、私の実家のあったこの集落のご厄介になることになったんでしょう? 村の方たちと話し合って、あんたを村から追い出そうかと考えていたんだよ」
「そ、それだけは……。もうたばこはやめる。もっと働く。だから……」
「まったく! 三か月前の火事の時、煤だらけだったあんたに道端で声をかけてくれた女の子に、ひどい態度をとったって聞いたよ、住んでいた屋敷の隣のご婦人から。あんたは本当に心が貧乏だね。おかげでお財布も貧乏になったし」
「……ごめんなさい」
「もしあの時の女の子が現れたら、謝らせたいのに……。どこの誰かも分からないんですよ。ユキさん、先ほど三か月前はあの町で仕事をしていたとおっしゃっていましたよね。何かあの女の子のことを知りませんか?」
ユキは、おばあさんから期待のまなざしを向けられたが、
「分からないです」
と答えた。
翌朝、集落を後にした。
山へと続く道で、レッカーが尋ねた。
〈なんで、おじいさんを助けたのは自分だと名乗らなかったんだ?〉
「あのおじいさんに関わっていると、わたしの心まで貧乏になりそうだったからよ」
次話をお楽しみに。




