第百十一話:宝石の積もる駅で【リーナ・ジーン編】②
明かりは確かに、部屋から漏れてくる光だった。
ジーンはサーモグラフィ機能で、部屋の中の温度を測定する。
部屋の一角に熱源があり、室内は二十度前後をいったりきたりしているようだ。
中に、人影が二つある。
ジーンは、慎重にドアをノックした。
反応がない。
「……誰もいない?」
リーナが小声でジーンに尋ねる。
『静かに』
ジーンが、左手を拳銃に換装した。
それを見たリーナとアキは、ドアから一メートルほど後ずさりする。
ジーンは、もう一度ノックした。
すると、
「……どなたですか?」
二十代くらいの男の人の声が返ってきて、ドアが静かに三分の一ほど開いた。
濃い緑色の制服を着た駅員だ。
背は百七十センチほどあり、スラリと細身の体型をしている。
アンドロイドだ、とジーンにはすぐに分かった。
駅員は最初、自分と同じくらいの背丈の者がいると思い、視線をまっすぐ向けていたが、そこに誰もいないと気づくと、下を向いた。
自分の足元に、サッカーボールほどの大きさの、中世の仮面を付けたロボットがいて、少しだけ驚いて目を見開いた。
しかし、寒々とした真っ暗な通路の真ん中あたりに、十代らしき少女が二人、体を縮こまらせて立っていることに気がつき、
「よろしかったら、温まっていきませんか?」
駅員は優しい声色でそう言い、ドアを全開にして、三人を歓迎した。
『助かるよ。連れの子たちが寒がってるんだ』
ジーンは、左手の拳銃を仕舞い、温かい部屋の中に入った。
二人も、その後に続く。
アキのジャンパーから何か小さいものが落ちてきて床に転がったが、誰も気がつくことはない。
「あー、生き返るー!」
リーナはジャンパーとつながったフードをとった。
ここは事務所で、木製のデスクが四つほど部屋の真ん中に向かい合わせで置かれていて、その上にはノートパソコンもある。
部屋の一角には、薪ストーブがあった。
リーナはすぐにでもそれに近づきたかったのだが、先客がいた。
「……誰だ……?」
そう言って振り返って三人を見たのは、白いひげがモジャモジャと生えた七十代くらいの男だった。
継ぎはぎだらけの、茶色の生地の分厚いコートを着ていて、木製の一人用の椅子に座っている。
コートのせいで正確な体格は分からないが、頬は青白くて痩せこけている。
手には菓子パンが握られている。
誰の目から見ても、人間だと分かった。
「あなたと同じく、吹雪から避難してこられた方々ですよ」
駅員がうっすら微笑みながら言い、ストーブの所まで行くと、その上に載っている使い込まれたヤカンを手に取り、近くの戸棚から一つずつコーヒーカップを出して簡易的なキッチンの上に置き、次にココアの素である粉を入れ、お湯を注ぎ、ヤカンをストーブの上に戻して、カップを二つのデスクにそれぞれ置いた。
「どうぞ、体が冷えているでしょう。お召し上がりください」
リーナは、椅子にドカッと座ると、一気に飲もうとして、
「あつっ!」
と慌ててカップから唇を離した。
「火傷しますから、お気をつけて。時間はたっぷりあるので、ごゆっくりお飲みくださいね」
クスッと駅員は笑う。
「では、私もいただきます」
アキも、フードをとった。
クセのある背中まで伸びる黒髪が飛び出すように出てきて、彼女は軽く頭を振って手櫛で整える。
静かに、リーナの向かいのデスクの椅子に腰かけ、優しい吐息で少しだけ冷まし、一口だけ飲んだ。
冷えた両手をカップで温めながら、そっと目を閉じて、緊張していた表情が徐々に和らいでいく。
「ん?」
二人の様子を見ていたひげ男が、膝をいたわるようにして立ち上がった。
右足を少し引きずるようにしてアキの近くまで歩いてきて、舐めるようにジロジロと彼女の体を観察する。
「な、何でしょうか……」
いかにも浮浪者に見える男に近寄られて、アキは体をよじり、胸を守るように少し背を向け、顔だけ男に向ける。
念のため、ジーンは彼女の足元に来て、男を見張る。
「いや、あんたから、シャラシャラとアクセサリーがたくさん擦れるような音がわずかに聞こえてな……。ちょいと気になったんだ。それに、クンクン……。何か金目の匂いもする気が……」
男は、ますますアキに近づいてきて、鼻をひくつかせた。
「お嬢さんが怖がってますよ。それくらいになさったらどうです?」
リーナの少し後ろに立つ駅員が、若干緊張した表情で言った。
「ん? ああ。そうだな。悪かったな。俺はこれでも、昔は商売で成功して、お金持ちだった時期があったんだ。その時持っていた色々な物の事を思い出しただけだ」
ひげ男は、のそのそとストーブの元へ戻っていき、椅子に座って背中をこちらに向けて丸くした。
アキは、ひげ男に向けていた視線をようやく外して、再びココアを飲んで、一息ついた。
体がホカホカしてきたリーナとアキは、椅子の上でうつらうつらと、舟をこぎ始めた。
「お二人とも、よろしかったらあちらのソファで仮眠をとっては?」
駅員が、大人五人が座れそうな長さの革製ソファを、手のひらで示した。
壁際に置かれていて、あちこち縫い目がほつれている。
二人は、ジーンから受け取っていたモコモコのタオルケットを、寝ぼけまなこで抱えながら、ソファに移動した。
「アキと……ハグしながら……寝たいなぁ。絶対あったかいもん……」
リーナが、ふわぁとあくびをして仰向けに寝転がる。
「リーナさんだって……とっても温かくて心が落ち着きますよ……。でも……ハグしながら寝たら……私かリーナさんのどちらかが……床に落ちちゃいます……」
二人は、お互いの頭のてっぺんを向けて横になり、体にタオルケットを巻き付けて、目を閉じた。
それからリーナとアキは、ソファで寝息をたて始めた。
ジーンはその間、ひげ男と駅員を見張りながら、この後どう行動しようかと考えていた。
朝になると吹雪はやんで、日差しが町を照らしていた。
「それじゃ俺は、ちょっくら行くかね。世話になったな」
ひげ男がストーブから離れ、のそのそと事務所の入口へ歩く。すると、
「ん? これは……」
男は、首からかけられる長さの細い鎖が伸びた、キラキラと光る石を拾って、天井の明かりに透かした。
「宝石じゃないか!」
男は叫んだ。
その声に、その場にいる全員が男を見る。
男の持っている宝石は、ジーンに見覚えがあるものだった。
ジーンがキャタピラで高速で床を移動すると、頭からプロペラを出して飛び上がり、男から宝石を奪い取った。
「何するんだ! 拾ったんだから俺のだ!」
『いや、元はぼくらのだ』
ジーンはひげ男の足元に舞い戻ってくると、足に突撃して転ばせた。
「……っ!」
元々足腰の悪いひげ男は、転んで体を打って、悶えている。
「な……、何をしているのですか!」
駅員がジーンとひげ男の元に駆け寄ってくる。
『動かないで』
ジーンは右手をショットガンに換装して、駅員に銃口を向けた。
駅員は両手を上げて、意思を示す。
「アキ!」
一連のやりとりを、呆然とした顔で見ていたアキの手を、リーナが力強く握り、事務所のドアの近くまで引っ張って連れてきた。
無抵抗の駅員と、息をするのがやっとのひげ男を交互に見て、ジーンは駅員に視線を戻し、見上げながら言った。
『一晩泊めてくれてありがとう。おかげでこの子たちは死なずに済んだ。お礼を言うよ』
「宝石強盗だったのですか……? 盗んだ物を、そのお嬢さんに隠し持たせていたのですね」
『強盗じゃないよ? 道端で盗賊団に襲われてね、ぼくが返り討ちにして、戦利品をもらっただけ。アキに拾ってもらって、そのままにしちゃってた。さっさとぼくが飲みこんでおけば良かったんだ。警察と猛吹雪から早く逃れたかったから、そこまで頭が回らなくて』
「その宝石を警察に返却すれば、あなた方は罪に問われないのでは?」
『それじゃダメだよ。ぼくらはこれを売って生活費にするんだもん』
「……持ち主が悲しみますよ」
『そんなの知ったこっちゃない。生きるのに必要だからやってるの』
ジーンは、ひげ男から奪い返した宝石を、駅員に投げた。
駅員は慌てて両手で受け取る。
『それは、一晩泊めてくれたお礼。このひげモジャおじさんの治療費も、そこから出しておいて』
ジーンはリーナに、視線で合図をした。
リーナはアキを連れて事務所を出る。
そしてジーンは、銃口を二人に向けながら最後に退出して、静かにドアを閉めた。
駅舎を出ると、外は目がくらむほど明るかった。
町全体に降り積もった雪に太陽の光が反射し、宝石のようにキラキラと光っている。
「せっかく温かい部屋に招いてくれたのに、申し訳ないことをしてしまいましたね……」
アキは眉を下げて、落ち込んだ顔をする。
「アキ、まだまだ甘いよ。あたしたちは、他人の事を気にする余裕はないの。自分たちの事でせいいっぱいなんだから、そんなこと気にしちゃダメ」
リーナがアキのお尻を、分厚い生地のジャンパーの上からバチーンと叩いて、喝を入れる。
『そうそう。早く町で宝石を金に換えて、さっさと次の町に行かなくちゃ。足がつく前にさ』
もうアキが落っことさないように、あーんと口の中に三つ全部宝石を飲みこんだジーンが、足を伸ばして、新雪の上を先に進み、二人が歩きやすいようにする。
「そもそも、その宝石って、全部本物なのでしょうか」
アキの言葉に、先を歩いていたジーンが立ち止まり、その後ろを一列に歩いていた二人も足を止める。
『あーー、そうか。その可能性もあるかーー。ぼくに宝石鑑定機能があればなぁ。多分、本物だと、思う……。本物だと、いいなぁ……』
「えー、ちょっと待ってよー! あたし、何を買うか考えてたのに!」
『……ちなみに、なんだい?』
「空飛ぶ車! 歩くのダルいもん」
『宝石が全部本物であることを祈ろう』
そして、三人は再び歩き出す。
「この町に、いつかまた来ることはありますか?」
アキが二人に尋ねる。
「ない」
『二度とないよ』
三人はキラキラと光る宝石の中に消えていった。
次話をお楽しみに。




