第百十一話:宝石の積もる駅で【リーナ・ジーン編】①
列車から駅のホームに降りると、目の前に高さ一メートル横二メートルくらいの雪山があった。
「すんごい雪降ってるね!」
リーナが、両手を横に広げて叫び、犬のように喜びながら、全身で雪を浴びる。
彼女のほっぺたは、気持ちが高ぶって、また寒さの両方のせいで、鮮やかなピンク色に染まっていて、絶えず真っ白な息が吐きだされる。
ビュウビュウと吹きつけてくる雪と風のせいで、その声と白い吐息は、深夜の駅に響くことなく、かき消されてしまう。
「ホームのあちこちに吹き溜まりができてますね……。誰も除雪しないのでしょうか」
まるで極地に行くような全身モコモコな装備のアキが、顔をしかめた。
雪と風が、ビシビシと肌に突き刺さるような痛さで吹きつけてくる。
降り積もった雪のせい、そしてまた別のせいで、アキは動きづらそうに、まるで油の切れかかったロボットのように、重い足取りだ。
首元に巻いている極厚なマフラーを引き上げて、鼻とほっぺたと口元を覆った。
『田舎町の駅だからね。しかもこんな夜更けで。遅延してなかったら、まずお客さんはいない時間だもん』
一人、列車の出口に立つジーンが言った。
「確かにそうですね。この駅に降りたのは、私たちだけのようですし」
『ホームに明かりが点いてるだけ、まだマシだと思った方がいいよ。照明設備はあるのに壊れてて点いてなくて、夜になると真っ暗になる駅なんて、田舎に行けば腐るほどあるんだから』
「設備改修にお金をかけられないから、ですか?」
『そう。人間の利用者がどんどん減っていて、ロボットは夜目がきくから、明かりがなくてもクレームが少ないんだと思う』
すると、列車の出口近くにできた吹き溜まりが、一瞬にして崩れた。
リーナが体全体で突撃したのだ。
両手でサラサラした雪をすくって真上に投げて遊んでいる。
雪は、荒れ狂う風にのって、夜の闇の中へ消えていった。
「ねえ二人とも! 早く行こうよ。寒いじゃん!」
リーナが雪を投げるのをやめて、ブーブーと文句を言う。
ちょうど、汽笛がなって列車のドアが閉まり始めたので、ジーンがホームに飛び降りた。
『…………から、…………と……た』
サッカーボールより少し大きいくらいのサイズのジーンは、頭の上まで完全に雪の中に埋もれた。
その姿を見て、リーナは「プハハハ!」と腹を抱えて笑う。
「だ、大丈夫ですか……?」
アキが、ジーンの顔の周りの雪を、手袋を穿いた手でかき分ける。
『楽しそうに遊んでいたから、雪も風も気になってないんだと思ってた』
雪に埋もれて聞こえていなかった言葉を、ジーンは繰り返した。
「久しぶりの雪だったから、つい」
ニシシ、とリーナが歯を見せて笑う。
でもジーンには、リーナが寒さのせいかわずかに体を震わせているのが分かった。
列車がホームを離れると、雪と風をさえぎるものがますますなくなり、二人の体感温度がどんどん下がってきて、ジーンはどんどん雪に埋もれていく。
「早くどこかに避難したいです……」
両手で自分の体を抱いて、アキが少し背中を丸くする。
『とりあえず、駅を出よう。そして、宿屋を探そう』
ジーンは、両足を伸ばして人間の大人ほどの背丈になり、キャタピラで進み始めた。
リーナとアキも、その後を追って雪をかき分けながら歩き出す。
一行は、駅に戻ってきた。
「宿屋、どこもいっぱいでしたね……」
駅舎の屋根の下で、三人は横に並んで立ち尽くしている。
『普通に考えれば当たり前か。こんなに天気が悪けりゃ、山越えを中止して町に留まりたくなるよ』
三人の足元にはどんどん雪が積もってきて、二人の足とジーンの体が埋もれていく。
「ジーン、のんきな声で言わないでよ。あたしたち、このままだと凍え死んじゃうじゃん!」
リーナがしゃがんで、ジーンの体を前後に激しく揺らす。
『分かった分かった! 今夜は、駅舎の中で風をしのげる場所を探して休むしかないかなぁ』
三人は、ゆっくりと駅舎の中を歩く。
人影は一切なく、等間隔に天井に埋め込まれている明かりが、時々点いたり消えたりを繰り返す。
最低限の数の明かりしかなく、足元は薄暗い。
木で造られた駅舎は、暴風でギシギシと、リーナとアキを不安にさせる音をたてる。
駅舎のあちこちに、木製のベンチや一人用の椅子が設置されているが、あまり管理は行き届いていなく、木が腐って少し壊れていたり、座れないほど完全に壊れていたりしている。
ジーンは一通りベンチを見て回り、比較的頑丈なものを選んで、二人に座るよう促した。
『これで体をくるんでいるといいよ』
顔の仮面を上にあげ、口を大きく開けて、中からモコモコの大きな毛布を二枚取り出し、それぞれ渡した。
リーナは無言でそれを受け取り、ため息をついてベンチに座りこんだ。
建物の中だが、暖房などないので、吐息は相変わらず真っ白。
急に、リーナの元気がなくなった。
もしかしたらさっきまでリーナが元気そうにしていたのは、自分を励ますためだったのかもしれない、とジーンは思った。
アキもそれを受け取って、リーナの横に座ろうとした時、
「あら?」
駅舎はとても広い。
昔、建物の中にいくつもお店があったらしいが、今はすべてシャッターが降りている。
真っ暗で一つも明かりが点いていないシャッター街の一番奥に、小さな光が見える。
『どうしたの?』
ジーンが尋ねる。
「あちらの一番奥に、何となく人の気配がします。ただの勘ですけど」
アキが指さした。
ジーンが、自らの眼のズーム機能で分析する。
『あー、あれは天井の明かりじゃないね。部屋から漏れている光だ。もしかしたら、あの部屋の中は温かいかも』
「行ってみましょうよ」
アキの顔色が少し良くなる。
『そうだね。リーナ、行くよ。温かい部屋があっちにあるかもしれないんだ』
「本当……?」
先ほどまで雪で楽しく遊んでいた元気が完全になくなり、眠気に支配されそうになっているリーナは、最後の力を振り絞ってどうにか立ち上がった。
そうして三人は、ジーンを先頭にして明かりを目指して、重い足取りで歩き出した。
2へ続きます。




