第百九話:花冠(挿絵あり)
山にほど近い河川敷で、ユキたちはゴミを漁っていた。
「すごくたくさん積みあがっているわね……」
彼女たちの頭上から二十メートルほど上に、片側二車線の大きな橋がかかっている。
その橋の下に、金属資材などの事業ゴミが山のようになっていた。
〈自然を汚す奴らは許せないが、まあ俺たちの仕事にとっては都合がいい〉
「そうね」
ユキは、レッカーに背を向け、ゴミ山を慎重に登って、売れそうなものがないか探している。
レッカーは、トロトロと走り、Uターンして彼女とは反対の方角で、それらしいものを物色し始めた。
「レッカー!」
川岸の方から声がした。
白いタンクトップと、オレンジ色の作業服のズボンをはいたマオが、こちらに大きく右手をふっている。
前髪が額にペタッとくっついていて、汗のにじむほっぺたが太陽の光を反射して、キラキラ光る。
素肌が見えている両肩や胸元、そして顔も、パンのようによく焼けていた。
気温も湿度も高くて汗が蒸発しにくいため、川に入っていると暑さが紛れて気持ちいい。
マオは、靴と靴下をその辺に脱ぎ散らかし、川の水の中に入っていた。
彼女のふくらはぎが半分ほど、水に隠れている。
川幅は五メートルくらい。
ユキが川の危険性について、先ほど十分教えていたが、念のため近くに行って見張ることにした。
「ねえ、見て見て!」
レッカーが近づいてきてマオは、、キャッキャとその場で飛び跳ねてはしゃぐ。
バシャバシャと足元で、白い波しぶきがあがる。
そして、手に持っていた平べったい石を構え、川の真ん中あたりめがけて投げた。
石は、水面で一回ジャンプした後、ポチャンと音をたてて落ちた。
〈上手いもんだ〉
レッカーは素直な感想を言ったが、彼の言葉はロボットにしか分からないので、マオには通じていない。
「もしかして、レッカーほめてくれた?」
グフフと笑い、マオが足元の水を両手ですくってレッカーにかけた。
水は、レッカーのフロントガラスのすぐ下にかかった。
お返しにかけてあげたかったが、彼に手はないので、それはできない。
その代り、荷台の方に収納していたクレーンを正面まで回転させてから伸ばし、マオのいる所から一メートルほど横に、金属製のフックを水の中に沈めた。
「何やってるの? 魚釣り?」
ザブザブと水を足でかきわけ、マオは水に沈むフックの所まで来て、ひざを伸ばしたままのぞき込む。
真夏の太陽で熱せられたフックを人間が持ったらヤケドしてしまうため、いったん水で冷やしている。
三十秒ほど経ち、ゆっくりとフックが吊り上げられ、マオの顔の辺りで停止した。
「掴まれってこと?」
彼女は、両腕でしっかりとフックにしがみつく。
フックがさらに吊り上がり、マオの足は水面から三十センチほど浮いた。
マオの足から、水滴がいくつも垂れて落ちる。
「すごいすごーい!」
いつもより高い目線で景色を見て、マオは目を輝かせる。
広葉樹で覆われた、なだらかな稜線の山々。
白い雲が所々にポッカリと浮かぶ、青い空。
山の中腹辺りに建っている鉄塔と、そこから山の中に伸びる電線。
小さなカニや小魚が泳ぐ、穏やかな川。
少しの間そうしていたが、マオの腕がプルプルと震えてきたのを見たレッカーは、クレーンを動かし、川から出して川岸に着地させた。
「あっつ!」
マオがその場でバタバタと足を交互にばたつかせて、尻もちをついた。
河原の石は、太陽の光を浴びて熱せられている。
〈おっと、すまんすまん〉
レッカーは、クレーンをフロントガラスの正面で短く収納した。
マオは、靴下をはこうかちょっと悩んだが、やめてズボンのポケットに突っ込み、靴だけはいて、
「お姉ちゃんの所に行こうっと」
橋の下で物色しているユキの所に走っていった。
その後ろ姿を見送っていたレッカーは、マオの作業着のズボンの裾が少し短くなっているのに気づいた。
〈マオ、背が伸びたか……?〉
彼女はいつの間にか成長していた。
そういえば、自分とマオが出会ってからどれくらい経っただろう、と計算した。
〈あっ〉
導き出された数字に、レッカーは驚く。
それから、一人取り残されてどうしようか考えて、
〈俺も橋の下で何か探すか〉
ボソッとつぶやき、ユキやマオから少し離れたところに徐行運転で行き、広い視野で物色し始める。
すると、ゴミ山のふもとに花冠が落ちていた。
レッカーは、クレーンを伸ばし、フックで触ってみた。
〈造花か。だが、ピンク色の花と緑色の葉っぱがきれいだ〉
見た所、ほとんど汚れていなく破れている所もない。
〈これがいいかもしれない〉
レッカーは、遠くにいるユキとマオに見つからないよう、花冠をクレーンで回収して荷台の隅に置き、青いビニールシートで覆って隠した。
そして、ますます暑くなってきた気温と、強く照りつける日差しを見て、マオを車内で休ませようと、彼女の元に向かった。
夜も二十五度ほどあり、蒸し暑い風が静かに吹いている。
レッカーは、山から数十キロ移動して、河口付近に来ていた。
川幅は五百メートルもあって、川の反対側には工場群がある。
日が沈んでも工場は稼働し続けているが、夜目のきくロボットしか働いていないため、その一帯は最低限のライトしか点いていない。
「星みたいできれいだね」
レッカーの運転席側に立っているマオは、目の前に広がる工場夜景を、しみじみとした表情で見ていた。
「星? まあ、そう見えなくもないわね」
マオの右横に立つユキは、妹の感性が最初よく分からなかったが、そうかもしれないと思った。
〈俺たちのいる方は真っ暗だから、工場の様子がよく見える〉
レッカーは、自分の正面を照らすライトを消し、一緒に川向こうを眺める。
港に近いこの場所は、車用の通路がとても広く、大きな倉庫がズラッと並んでいて、昼間は関係車両がひっきりなしにやってきて騒がしいが、夜になると一台もいなくなる。
「こっち側は、何かみんな死んじゃったみたいになってる」
明かりの点いていない真っ暗な倉庫街の方を振り向いて、マオが言った。
「死んじゃったって、つまり人がみんな滅んだみたいってこと?」
ユキが尋ねると、こくっとマオがうなづく。
「とても静かで、何も見えなくて、ちょっと怖い」
ユキは、両肩をそっと掴んで、工場の見える方に向き直させると、彼女の背後から優しく抱きしめた。
一瞬キョトンとしたマオだったが、お姉ちゃんの腕が自分の胸辺りで絡んでいるのを感じ、次第に表情が柔らかくなった。
二人のその様子を見て、何かを思い出したレッカーは、
〈二人とも、荷台に上がってくれないか〉
「何? どうしたの?」
〈マオにも伝えてくれ。見せたいものがあるんだ〉
ユキはマオに伝えると、体を持ち上げて、先に荷台に登らせた。
〈ユキ、明かりをつけろ〉
何をする気なのだろうと思いながら、ユキは野営の時に使うランタン風ライトのスイッチを点けて、荷台の上に置いた。
荷台の周辺だけ明るくなった。
レッカーのクレーンが伸び、フックが荷台の隅にまで降りてくると、何かを引っかけて吊り上げた。
そして、マオの頭上一メートルの所まで持ってくる。
ユキがランタンを持って、フックの先を照らすと、
「花冠?」
マオがつぶやいた。
「花冠ね」
ユキが肯定する。
〈花冠だ。マオへのプレゼントだ〉
「レッカーからマオへのプレゼントだそうよ」
するとマオが、花開いたような笑顔になり、
「プレゼント! 可愛い花が付いてる!」
頭上のそれを見上げ、両手を伸ばした。
「何でプレゼントを?」
ユキがこそっと尋ねる。
〈今日は、マオが俺たちと出会ってちょうど一年だ〉
その言葉を聞いて、ユキも自分の人工知能で計算し、
「あっ」
と気がついた。
〈ゴミ山で拾ったものだが、喜んでもらえて良かったよ〉
「プレゼントなら、わたしが買ってきたのに」
〈それじゃ意味がない。自分で用意したものでないと〉
「……拾ったものも、悪くはないかもね」
〈だろ?〉
マオは、どこに飾ろっかな、とはしゃいでいた。
「わたしも何か、あげようかしら」
と、ユキが誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「イラスト紹介コーナー」で掲載させていただいた、touhan_songさんのイラストに、物語をつけてみました。
イラストを元に小説を書くことは、滅多にない経験なので、とても楽しかったです!
次話をお楽しみに。




