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第百八話:少女と街と装甲車⑦

 ティナの話がひと段落したのは、二時間ほど経ったころだった。

 その間にユキは、何回かたき火の薪を足していた。


〈その村での出来事が、かつては世界中で行われていた。たくさんの人が死んだ〉


 レッカーがしみじみと語る。


「そうね……」


 ユキは、胸の前で腕を組み、目を閉じ、かつて大切な人を亡くしたことを思い出す。

 彼女の顔に、火の影がゆらゆらとうつっている。


「子どももいっぱい死んだんでしょ? かわいそう……」


 長い話になるといつも眠ってしまうマオが、今日は目をしっかり開けて起きている。

 昼間にたくさん寝たせいで、マオはあまり眠くない。


『マオちゃんと同じくらいの子どもも、何人か死んだと思います。後で旅人から聞いた話ですが、その村で生き残ったのは、ライア以外誰もいなかったそうです』


 荒野に沈黙が流れる。

 動物の声もなく、風も吹いていないため、とても静かだ。


〈そこからの展開が、ティナとライアにとって大変なはずだ。聞くのが怖いな〉

『まだ長くなりますが、続きは明日にしますか?』

〈ユキ、どうする?〉


 意見を求められたユキは、


「明日の朝にはここを出発しなくちゃいけないから、今夜聞くわ。ただ、マオにはもう遅い時間だから、レッカーの中で寝かせる」

『ええ、分かりました。マオちゃんはおやすみなさいませ。では、続きをお話ししましょう……』



 あの後、村を脱出した私は、とにかく森の中を疾走していました。

 一秒でも早く、あの村から遠ざかりたかったのです。

 なぜなら、私はおそらくお尋ね者になるからです。

 GPSの電源は切っていますが、あの副隊長のことです、必ず私を破壊しにくるでしょう。


『ライア、疲れているでしょう? 少し眠っていてもいいのですよ』


 操縦席でグッタリとしている彼女に、そっと声をかけます。

 ライアは首を横に振りました。


「ううん、そんな気分になれない。今この時も、村の人たちが殺されていると思うと……」


 それから私は、長い長い距離を走りました。

 私の天井部分にはソーラーパネルが収納されているので、動力源には困りませんし、充電しながら走ることもできます。

 一週間以上走りました。

 もちろんその間、ライアが食事や水を確保するために、毎日森の中で休んでいました。

 彼女の住んでいた村は森に囲まれているため、どの植物が食べられるか分かるのだそうです。

 そして、景色が森から赤茶色の大地に変わり、さらに数日走っていた時、


「ねえ、あそこに入ってみない?」


 ライアが、とても小さな窓から、遠くにそびえたつ岩の壁を指さしました。

 そこには、私が余裕で通れる広さの裂け目があります。

 とても視力がいいのだな、と思いつつ、


『早く次の森を見つけたほうがいいのでは? この乾いた大地にずっといても、水も食糧も見つかりませんよ』

「今ね、ラクダが中に入っていくのが見えた気がする。ラクダって水を探すのがとても上手だって聞いたことあるよ?」

『分かりました。ちょっとだけ行ってみましょう』


 中に入ってみると、信じられません、緑がありました。

 乾いた大地にがんばって根を広げている植物が、あちこちにあります。

 そして、かつての住居の跡が残るエリアを越えて、少し進むと、


「水だ!」


 ドアを開けて、顔だけ出してライアが叫びました。

 坂を登ったその先に、湧水でできた小さな池があります。

 そこには、先ほどライアが見たであろうラクダがすでにいて、ガブガブと大きく口と喉を動かして水を飲んでいました。

 私がちょっと脅そうとエンジンをブルブルと回すと、ラクダは慌てるかのように逃げていきました。


「何か悪いことしたかも」


 ライアが眉間にしわを寄せましたが、


『あなたにも水が足りていないのですから、良いじゃないですか。それにあのラクダは十分水を飲んでいましたよ』


 ライアは私から飛び降り、池に駆け寄ると、手で水をすくって夢中で飲み始めました。

 ぷはあ、と笑顔が戻った彼女は、


「ここに街をつくろうよ!」


 と言いました。



 それから数か月の間、私とライアはこの壁の中で過ごしました。

 食料探しには最初苦労しましたが、食べられる野草や木の実が自生しているところを数か所発見できましたし、たまにやってくるラクダなどの動物を私が轢き殺して肉も入手できました。

 お腹を満たした後、彼女は車内にあったノートとペンを使って、街づくりの計画を練っていました。

 私に乗って、あるいは歩いて壁の中を見て回り、地形を観察して、この場所にふさわしい道路や建物、畑などを書き込んでいきました。


 ここにやってきてから四か月ほど経ったある日、


「熱があるかも」


 ライアが、車内の席でぐったりしています。

 とても汗をかいていて、息も苦しそうです。

 村にいたころより、頬や体つきがさらに細くなっていて、マッチや小枝のように簡単に折れてしまいそうです。


『病院へ行きましょう。ここから山を越えて五時間ほど行った所に街があります』


 すると、彼女は首を横に振りました。


「ダメだよ。あたしはきっと見つかったら殺されるし、軍を無断で抜けたティナも破壊される。街に行くのは危険」

『それでも、運が良ければ誰にも見つからずに済みます。あなたの言う事は聞けません、ごめんなさい』


 私は彼女の反対を押し切って、壁の外に出ました。

 抵抗する気力も残っていないのか、それ以来ライアは席に横になってぐったりしていました。

 私は、疾走しながら話します。


『思うのです。大きな街の貧民街だったら、戦時中でも隠れてやり過ごせると。食料もわずかに流通しているでしょう。それに、協力できる人間がいたほうが、生きるのがもっと楽になると思うのですが』


 彼女は首を横に振ります。


「それは……イヤだ。あの壁の中に、誰も不幸にならない幸せな街を――」

『あなたみたいな子どもと、軍用装甲車一台に、そんなことできるわけがないでしょう!』


 私はつい、彼女の言葉をさえぎってしまいました。

 それから彼女は、静かに泣いていました。

 声も出さずに、時折苦しそうにうめきながら。

 しばらく経ったころ、ライアは口を開きました。


「夢がないとね……人間は生きる気力を無くしちゃうんだよ」

『そういうものなのですか?』

「そうだよ。きっとティナにも分かる時が来る。だから覚えていて。絶対、あそこに街をつくるって。約束して」

『…………分かりました。約束しましょう。あの壁の中に、必ず街をつくりましょう。でも、私からも約束させてください。今は病院で手当てを受けてください。いいですね?』


 観念したように、ライアはフッと小さく笑みを浮かべ、


「うん……」


 肯定の返事をしました。



 病院に到着するまで、彼女は間に合いませんでした。

 街がまだ見えてもいない場所で、ライアは短い一生を終えました。


8へ続きます。

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