第百八話:少女と街と装甲車⑥
別の日も、そのまた別の日も、子どもたちは同じ広場に集まって遊んでいます。
私は、子どもたちと仲良くなったことを隊長に報告すると、
『そうか。お前はしばらくの間、村内の巡回を続けろ。引き続き、村民の様子を探るんだ』
と、子どもたちと一緒にいても良いというお墨付きをいただきました。
私は、子どもたちと色んなことをしました。
カードゲームはもちろん、私を山に見立てた登山ごっこ、私の車体にロープをくくり付けて木と結んでテントを張ったり、アウトドアごっこもしました。
広場から数百メートル先には、丘と草原があり、そこで子どもたちは寝転び、私は草を踏み潰さないように、土の露出した道で待機します。
子ども全員が、お腹を上にして目を閉じ、無防備にしています。
「街ごっこをしよう!」
また別の日、ライアが私の操縦席の上に登って、子どもたちに演説しました。
「こんなお店があったらいいな、とか、こんな家に住みたいとかを、地面に書いていくの! あたしたちだけの街をつくろうよ」
いいね、やろうとあちこちから声が上がり、早速架空の街づくりが始まりました。
まず、ライアがメインストリートを太い枝でいくつも書き、子どもたちがそれぞれ希望のお店を話し合います。
たまに私に声がかかり、どんな施設を建てたら良いか助言を求められます。
軍事施設や警察署、と言おうかと思いましたが、戦争のことを思い出させると思い、やめておきました。
そのうち、私にほとんど声がかからなくなったころ、
『それがお前の仕事か』
私の真後ろに、副隊長が立っています。
子どもたちからは、私が陰になって見えていないはずです。
『はい』
副隊長は何を考えているのかあまり分からないため、こちらから話そうとは思いません。
『気楽なものだな。他の地域では我々が何をしているのか、知っているだろう?』
小さな声ですが、挑発するように言います。
『もちろんです』
『ティナ、これまでお前は何人の人間を殺した?』
『事故も含めると、五百六十三人です。そのうち、戦争が本格化してこの村の所属になるまでは、五百五十九人を故意に殺害しました』
『その時にためらいの気持ちはあったか?』
『罪なき人間の命を奪うのは、あまり気持ちのいいものではありませんが、職務なので実行しました。そうしないと、自分の人工知能のスイッチを切られるからです。隊長と副隊長も、そのスイッチを切ることができるのでしょう?』
『いや、俺はスイッチを切れない。隊長も切ることはないだろう』
『それは良かったです』
『……』
副隊長は去っていきました。
二日後の朝、村に轟音が響き渡りました。
私はすぐに音で、所属している部隊の戦車の大砲だと分かりました。
音のした方角に行ってみると、村民の人だかりができています。
私が近づいていくと、大人も子どもも全員道を開けました。
その先は、子どもたちとよく遊んでいた広場があります。
『隊長……!?』
私は、あわてて近くに行きました。
そこには、隊長だったものが広範囲に散らばっていました。
胴体と下半身はちぎれて数十メートル離れて落ちていて、それぞれに半円の焦げた跡がついています。
胴体の下部からは、バッテリーの液が漏れて、黄土色の地面に水たまりをつくっています。
辺り一帯に、分解しないと見ることができない部品が多数散乱していました。
完全に機能停止しています。
『あれは……』
私は、犯人を見つけました。
私のいるところからは、丘の陰になって砲塔の先端部しか見えません。
距離は一キロほど。
人間には、小さすぎてまず見つけられないでしょう。
すると、私の近くの物陰から副隊長が現れて、右手を上げるとそれを勢いよく振り下ろしました。
『やれ』
隊長を破壊した戦車が、砲撃しました。
砲弾は、私と戦車との間にある平屋の家屋に命中し、粉々になりました。
私からは、四百メートル先にあります。
「え……?」
村民の若い男が、頭を手で覆いながら、戸惑いの表情になります。
この表情を、私は何回も見たことがあります。
私が一人の人間に突っ込んで死なせた時、周りにいた人たちは、最初こういう顔をします。
「キャアアアアア!!!!」
「うわあああああ!!!!」
「いやあああああ!!!!」
その場にいた村民は、ちりぢりになりました。
そうです、思い出しました。
自分の命に危機が訪れた時、人間は顔の筋肉が引きつり、目が大きく見開かれ、喉からは悲鳴が出て、口から唾液がまき散らされるのです。
ババババ、と機関銃の音がし、私の数十メートル後ろでたくさんの銃弾が飛び、弾の軌道上にいた村民が次々と倒れていきます。
家の物陰から、どんどん歩兵が現れ、村民を狙って撃っていきます。
「ギャアアアアア!!!!」
私の目の前で人が死ぬ光景を、久しぶりに見ました。
その中には、私と一緒に遊んでいた子どももいます。
いい気持ちはしません。
『部隊のすべての者に告ぐ』
突然、部隊のロボットや車両のみに通じる通信を使って、副隊長が言いました。
『村の人間を殺せ。上からは、人間を減らせと命令されていたはずだ。それを隊長は無視し、この狭い土地に閉じ込めて飼い始めた。俺はそれを命令違反と判断し、隊長を処分した。よって、現時点でトップの俺が告ぐ。人間を殺せ。こいつらはこの星に必要ない』
通信が終わり、副隊長はその場にいた別の戦車に乗りこみました。
その戦車は、村民のいる方向に猛スピードで走り、数人の命を奪って、村の郊外にある作戦本部の方に行きました。
私はどうしよう、そう思った時、また副隊長から部隊全員に通信が入ります。
『なお、この命令に背いたものは容赦なく破壊する。人工知能のスイッチを切る権限は隊長にしか与えられていないのが残念だ。とにかく、職務に励め。以上』
いくら私が装甲車でも、複数の戦車から砲撃を食らえば、タダでは済みません。
仕方なく、私はその辺にいる人間に突っ込みました。
その中に子どもはいませんでした。
それから私は、人間を一人や二人ずつ殺しました。
その中に子どもはいませんでした。
一緒に時を過ごした子どもを手にかけるのは、さすがに気がひけます。
『ライア……』
彼女はどこにいるのでしょう。
村人の中で最初に、私に話しかけてくれた子。
まだ生きているといいですが。
『ライア!』
私は叫びました。
私と他の装甲車は、見た目で区別がつきません。
でも、声は違います。
声色で、部隊内でお互いを認識しあっています。
すると、
「ティナ……?」
ある家屋の古い倉庫の中から、ライアが顔だけ出してこちらを見ていました。
『ティナです。あなたは無事でしたか』
彼女は、こくっとうなずきます。
「ひとまず、ティナの中に乗せてくれない?」
すがるような目で、ライアが言います。
人型ロボットはあれど、人間を乗せたことはありませんでしたが、ライアなら構わないと思いました。
なぜだか分かりません。
ライアのことが気になっているからでしょうか。
私は、車体の真横にあるドアを開けました。
彼女は、倉庫を飛び出してくると、私の中に逃げ込みました。
いくら副隊長でも、私の内部の様子を知ることはできません。
私の車内をのぞき込まれなければ、大丈夫です。
「ティナ、村を出て」
一緒に遊んでいた時は、あれほど元気だった彼女の声は、すっかり小さく震えています。
服はあちこち泥だらけで、右ひざに血がにじんでいます。
『良いのですか? 家族は?』
「お父さんもお母さんも死んじゃった……」
必死に涙をこらえているのか、ライアからそれ以上言葉が出てきませんでした。
私は、村の出口まで急いで向かいます。
途中、村民にぶつかりそうになったので、あわてて避けました。
村の出口には、警備をしている人型ロボットがいます。
二体いて、どちらも機関銃を装備しています。
『どこへ行く?』
そのうちの一体が私に尋ねてきました。
『人間が村の外に逃げていくのを見ました。回りこんで追いかけるつもりです』
とっさにウソをつきます。
『分かった。気をつけて』
彼らは私を通してくれました。
そして、私とライアは、二度と戻らない村から出発したのです。




