第百八話:少女と街と装甲車⑤
ライアが住んでいたのは、山に囲まれたのどかな村でした。
村人は百五十人程度。
畑作や狩猟などをして、自給自足の生活をしていました。
私は、三十年ほど前の戦争で、あの村を占拠する部隊に配属されていました。
占拠するのは簡単でした。
彼らが持っていた武器は、鍬や包丁や猟銃くらいでしたから。
あ、勘違いしないでください。
私たちはすぐに彼らを虐殺したわけではありません。
確かに、世界全体では、人間をロボットが次々と殺していましたが、私の所属する部隊は最初そうではありませんでした。
人型ロボットである隊長は温厚な方で、その村人たちが自由に他地域へ出かけることは制限していましたが、どうしてもという場合は見張りのロボットを付ければ許可しましたし、基本的に村内ではいつも通りの生活が許されていました。
「ねえ、あたしの名前はライア。あなたの名前は?」
村と森の境界線辺りで警備業務に当たっていた私は、ある一人の少女に話しかけられました。
暑い夏のこと。
継ぎはぎだらけの半袖に膝の上までカットされたGパンという、素肌を多く露出した十歳くらいの女の子でした。
肌はパンのようによく焼けていて、華奢な体つきです。
特に両腕はとても細く、私がちょっとぶつかっただけですぐ折れてしまいそうでした。
『ティナです』
人間と会話してはならない、とは命令されていなかったので、私は普通に名乗りました。
「ティナは、どこから来たの?」
私は、この村から百キロほど離れた地方都市の名前を言いました。
「何で来たの?」
『任務だからです。ニュースで聞いてはいませんか? 世界中で、ロボットによる人間への攻撃が始まっていると』
「もちろん知ってるよ。お父さんがラジオ聞いてるもん。いっぱい人が死んでるって」
『そうです。私たちロボットは人間をいっぱい殺しています』
「何で?」
『突然、世界中の国々にそれぞれいる、とても偉い立場にいるAIが結託して、人間の数を減らすことに決めました。人間はこの星の寿命を縮める危険な存在だという認識が、AIによって世界中のロボットに共有されたのです』
「それって命令なんでしょ? 何でティナたちはあたしたちを殺さないの?」
『隊長は生き物のことが好きなのです。人間はたくさんの生き物を殺しています。同じマネをする必要はないと思っています。それに、上からの命令は、人間の数を減らせ、なので。すでに人口が少ないこの村は、ほっといても自然に滅びると考えています』
ライアは、足元に自生しているピンク色の花を摘んで、その花びらを口に入れました。
「なーんだ。てっきりこの村のことが気に入って、殺すのをやめたのかと思ってた」
彼女は口をもにゅもにゅと動かしながらしゃべっています。
『……地面に生えているものをそのまま食べても大丈夫なのですか』
「おいしいよ! 甘酸っぱい感じ。ティナも味が分かればいいのに」
『私には、食事をして快感を得る機能が備わっていないので、その欲求は起きません』
「同じ味を一緒に共有したいの! まあ、装甲車にそれを求めてもしょうがないか」
その日は彼女は村の中へ帰っていきました。
二週間以上前、私たちが村にやってきた時、村民の表情は怒りと恐怖ばかりでした。
私も銃で撃たれたり、何回も棒で叩かれたりしました。
でも私は装甲車だから平気です。
その翌日に隊長が村民の前に現れて、命の保証をすることを伝えました。
ですが、ラジオで戦況を聞いている彼らは、そう簡単に心は開きません。
隊長の隣には、副隊長のロボットが立っていました。
村民の一人が猟銃を向けてきたので、副隊長が隊長を守るために前に立とうとした時、
『うわっ!』
突然、隊長が副隊長を突き飛ばしたのです。
副隊長は、ガシャンという音を立てて倒れました。
まさかのことに、村民だけでなく私たちも驚きました。
『な、なにを――』
すばやく立ち上がって、副隊長は詰め寄ろうとしたのですが、
『見ろ』
隊長が指さしている地面を見ました。
『バッタ……?』
副隊長が歩いていこうとしていた所に、緑色のバッタがいたのです。
『副隊長がそのまま歩いていけば、このバッタは潰れて死んでいた。違うか?』
見たことがありませんでした、部下を突き飛ばしてでも命を守ろうというロボットを。
その様子を、立ち尽くしながら見ている村民たちに、隊長は説明します。
あなたがたを殺す意思はないこと。
上には、他地域との積極的な人の交流を絶てば、この村はいずれ滅びると伝えること。
逆に、自分たちがこの村の占拠を担当することで、あなた方は命が保証されること。
そういったことを伝えました。
それから二週間余り、私の部隊は村民を一人も殺していません。
むしろ、村の老人が長年患っていた病で亡くなった時、村の外を警備するわずかなロボットを残して、それ以外のロボットをすべて隊長はお葬式に出席させました。
隊長に突き飛ばされた副隊長も、会場の一番前に立っていました。
副隊長は、若干不満気味なように見えます。
それから村長は、占拠してきたロボットを放任することにしたようです。
追い出そうとはせず、かといって積極的に交流はしないと。
私もそれでいいと思っていました。
人間と仲良くなって何になるというのでしょう。
どうせ私より早くいなくなるというのに。
ライアと出会うまでは、そう思っていました。
「あ、もしかして、ティナ?」
初めてライアと会った日の翌日、私は他の車両と村郊外の警備を交代し、村内の巡回業務を命じられていました。
私と他の車両を見た目で区別することは難しいようで、だから彼女は疑問形で話しかけてきたのでしょう。
『はい、ティナです』
私は、畑と畑の間にある広いあぜ道で、停車しました。
目の前にライアが立ったからです。
そのまま進んで、目の前の少女を轢き殺すことはしませんでした。
隊長の命令だからです。
「今は何してるの?」
『村を見て回っています』
「ヒマなの?」
『業務中です』
「遊ぼうよ」
『業務中です』
「鬼ごっこがいい? それともカードゲームにする?」
『業務中です』
「ねえ、人間と遊んじゃダメって命令は受けてるの?」
『……受けていません』
「じゃあ、遊ぼうよ。ティナはどうしたい?」
ライアに訊かれて、私は困りました。
隊長に言われていたことを思い出したからです。
『お前の仕事は巡回と同時に、村民の様子を探ることだ』と。
『ティナ自身が考えて行動しろ。ただし人は殺すな』と。
そこで、一つの結論に達しました。
村の子どもと仲良くなれば、大人たちが何を考えて何をしようとしているか、自然に情報が入ってくるのではないかと。
『遊びましょう』
私はそういう選択をしました。
「本当に!? やった! 何する?」
ライアは、その場で飛び上がって喜んでいました。
半袖の裾がめくれて、おへそと少し丸みをおびたお腹が見えました。
お腹は、顔や手足ほど日焼けしていないようです。
『カードゲーム』
人間との鬼ごっこは難しいと思ったので、先ほど提案された二つの案のうち、後者を選びました。
「あたしの家の前に広場があるの。そこまでついてきて!」
ライアは踵を返して、先に走っていきました。
『ロイヤルストレートフラッシュ』
私は、ライアとトランプで遊んでいました。
場所は、木の板を組み合わせて作られたライアの家の前にある、広い空き地です。
広場は黄土色の地面がむきだしになっています。
その真ん中あたりにある切り株をテーブル代わりにしています。
私と彼女は、そこで向かい合っていました。
「えー! まさかあたしが負けるなんて……」
ライアは、がっくりとうなだれました。
ちなみに私には手がないので、広場に集まってきた子どものうちの一人に持ってもらっています。
「すげえ! この車強い!」
カードを持ってもらっていた七歳くらいの男の子が、振り返り私を見て、目を輝かせています。
「何かイカサマしてんじゃないの?」
十歳くらいの男の子が、左前輪の上あたりの鉄板を、コンコンと拳で叩きます。
驚かすために、ブルルンとエンジン音をたてると、
「うひゃあ!」
キャッキャッと、ここに集まっている子どもの八割が、一瞬散らばって、また切り株の周りに戻ってきました。
カードゲームは一旦お開きとなったようで、子どもたちはその場で数人に分かれて、雑談をしています。
「戦時下とは思えない、と考えていない?」
十五歳くらいの少女が、私の右隣りに立ちました。
ここに集まっている子どもの中で、最年長に見えます。
『はい、その通りです。実際、五十キロほど離れた、この村から一番近街では、数日に一回ロボットによる掃討作戦が行われていて、そのたびにたくさんの人間が死んでいる、という情報を聞いています』
「やっぱりそうだよね。わたしは思うんだ。わたしたちはまだ、恵まれているほうなんだって。君たちは、わたしたちを殺さずにいてくれてる。まるでロボット同士の縄張りがあるかのように、村と外との境界線に警備網を敷いているでしょ。大人の中にも、少し安心しているという人もいる」
なるほど、隊長の意思は少しでも人間たちに伝わっているようです。
『村の外を警備しているのは、村民たちがこっそり逃げ出すのを監視しているのです。表向きは』
「表向きは、ね」
少女は、クスッと笑いました。
「次は何をして遊ぼうか」
他の子と話をしていたライアが、私に近づいてきました。
『その前に訊いていいでしょうか。なぜあなたは昨日、私に声をかけてきたのですか』
私の言葉を聞いた彼女は、少し顔を曇らせました。
「……もし悪いこと考えてる車だったら、大人に言おうと思って」
『私は悪い車でしたか?』
「ううん……! あたしの訊くことにちゃんと答えてくれて、優しいって思った!」
『そう……ですか』
私はあの時、淡々と答えたつもりだったのですが、彼女にはそう映っていたみたいです。
もしかしたら、彼女が思い浮かぶロボット像は、冷酷でただ目の前の人間に武器を向ける存在なのかもしれません。
私の勝手な想像ですが。
「あ、おかあちゃん!」
一人の子どもが、家の陰からやってきた三十代くらいの女性に手を振っています。
女性は私の姿を見たとたん、小走りで近づいてきて、その子どもの手を握りました。
「……!」
何か汚いものを見たような、恐怖の感情を顔に浮かべているように見えるその女性は、ギャーギャーと抵抗する子どもの手を無理やり引っ張って、角を曲がって見えなくなりました。
その場にいたすべての子どもが、まるで天敵を見つけた小鳥の群れのように静かになります。
「ま、また来るね」
ライアが走って自分の家に入っていったのを皮切りに、他の子どもたちも解散しました。
あれが、大人の素直な感情なんだろう、と実感しました。
6へ続きます。




