第百八話:少女と街と装甲車④
『あら、おかえりなさい。観光は楽しめましたか?』
ティナは池のすぐ近くに停車していた。
〈ああ、とてもいい所だ。動画もたくさん撮ったよ〉
レッカーが答える。
「予想通り、ここにいたわね……」
小さな声で、ユキが冷静につぶやく。
「どうするの? 逃げるの?」
マオが楽しそうに訊く。
「逃げないわ。もうここに泊まるしかないもの。空もオレンジ色に染まってきたし」
まっすぐティナを見ながら言うとユキは、運転席のウインドーを開けて、右腕だけを出し、ティナに向かって友好的に軽く手を振った。
それを見たティナが、エンジンをかけて、ゆっくりとこちらに近づいてきて、レッカーの運転席側の五メートルほど前で停車する。
「今日、この池の近くで泊まりたいんだけど、いい?」
ユキが明るい声で訊いた。
『ええ、構いませんよ。歓迎します。もう夕方ですし、今から壁の外の荒野を走るのは、危険だと思うので』
ティナはハザードランプをチカチカと点灯させて、友好的な意思を示した。
マオは、ティナが危ない存在ではないと感じて、座席の上を四つん這いで移動し、ユキのひざの上にちょこんと座った。
「ねえお姉ちゃん、今日の晩御飯はこのおば……ティナと一緒に食べるの?」
「え? 一緒に?」
ユキは思わず聞き返し、わずかに戸惑いの表情になる。
余計なことを、とレッカーは心の中でつぶやく。
マオの声はこの場にいる全員に聞こえていて、
『本当ですか? 私、誰かとお話しするのは久しぶりで、あなた方が良い方々だと分かった時から、もっとお話ししたいと思っていたのです。ぜひご一緒させてください』
ティナの声の調子がさらに高くなった。
「…………」
〈…………〉
ユキはハンドルを見つめ、レッカーはユキの顔を見て、人間で言うところの顔を見合わせた状態になった。
「……ええ、ぜひ夕食を共にしましょう」
歓迎するという表情を、ユキは精いっぱいつくった。
〈一人でも多い方が夜は楽しいからな〉
ありきたりな文言を、レッカーは淡々と言った。
『ユキさんはロボットなのですね。言われないと全然分かりません……』
辺りはすっかり暗くなり、たき火の周りだけが明るい。
空は東の方は真っ暗で、西の方がほんのわずかに色づいている。
たき火をはさんで、レッカーとティナがそれぞれ停まっている。
レッカーの前には、折りたたみ式の椅子が二つあって、そのうちの一つにマオが座っている。
その火の上には、小さな鍋がぶら下がっていて、その中では葉物野菜と豚肉が、コンソメスープに浸かってグツグツと煮えていた。
「そう? まあよく勘違いされるわね」
ユキはそう言いながら、具材をゆっくりと混ぜ、火が均等に具材に通るようにする。
『その食事を食べるのは、マオちゃんだけでしょう? 一回分の食事にしては多いような気がしますけれど……』
ティナが鍋の中身を見ながら訊いた。
「明日の朝も食べさせるから、これでいいの。一人分だけ料理を作るのって、案外大変なのよ。二人三人いたほうが、まだ面倒が少ないわね」
底が深い木製の皿に料理を注ぎ、マオに渡した。
真っ白な湯気がマオの顔を一瞬包む。
「何も見えなくなった!」
お皿を両手で包むように持ちながら、キャハハとはしゃぐ。
中身が波立ち、スープが少しこぼれて地面に落ちた。
「コラ、せっかく作ったんだから、こぼさず食べなさい! もったいないでしょ」
ユキが眉間にしわを寄せて、注意する。
「ごめんなさーい」
フフフと笑い、マオはスプーンでコンソメスープを少しすくい、ペチャペチャとこぼしながら口に運んだ。
〈秋の夜は冷えるから、温かいスープがおいしくなるな〉
たき火の反対側にいるティナにちょっとだけ警戒しつつも、レッカーはリラックスした声で言う。
マオが休まずスプーンを動かすのを見て、ティナが、
『子どもが一生懸命ご飯を食べるのを見るのは、楽しいですね。なんだか、ライアを思い出します』
懐かしむように言った。
「……ライアというのは、ティナの知っている女の子?」
ユキが尋ねる。
『ええ。私の相棒……いえ、家族のような女の子でした。とても前向きで一生懸命でした』
〈過去形ということは、今はいない、ということか?〉
話を途切れさせないように、レッカーが質問を重ねる。
『そうです。ここにはいますが、生きてはいません』
ここにはいる、という言葉を聞いて、ユキとレッカーは、この大地のどこかにお墓があるのかもしれないと予想した。
そして、そういうことを話す流れになっていると思い、ユキが、
「良かったら、ライアっていう子のこと、お話してくれない?」
『はい、もちろんです。一人でも多くの人にライアの事を知ってほしいので、ぜひ。マオちゃんも、食事のお供に訊いてくれると嬉しいです』
急に名前を呼ばれたマオは、スプーンを動かす手を止め、ティナを見た。
「ん、何が始まるの?」
マオが隣の椅子に座るユキを見る。
「家族の事を話してくれるみたい」
ユキはマオにそっと耳打ちした。
そして、ティナは話し始めた。
5へ続きます。




