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第百八話:少女と街と装甲車③

 三人の中で一番視力がいいのは、レッカーだ。

 彼は本来、そこそこ遠い先まで見えるのだが、池に行くまでの地面が登り坂になっていて、その向こうにいる装甲車に気づくことができなかった。

 だから、ユキとレッカーはほぼ同じタイミングでそれの存在を認知した。


「エンジン音は聞こえた?」

〈いや、今の今まで聞こえなかったし、今も聞こえていない。エンジンはかかっていないと思う〉


 二人は、緊張感をたっぷり含んだ小声でやり取りする。


「どーしたのー?」


 レッカーが突然停車したため、唯一何も気づいていないマオが、のんきな声でお姉ちゃんに尋ねる。


「助手席の下で丸くなって、頭を抱えてうずくまってて」


 お姉ちゃんは冷静かつ小さな声で、正面を見たままマオに言った。

 旅をしていて、危険なことは多々あるため、ユキは普段から、何か怪しいものを見つけたら、マオにこういう指示を出している。

 たまに練習で、座席の下に隠れたり、そっとレッカーから外に脱出する訓練などをしている。

 だからマオは、ユキの言う通りの行動を何も言わずにとった。


『小さい子どもを連れているのですか?』


 壮年女性の低い声で、装甲車が尋ねてきた。

 車体に取り付けられているスピーカーから声が聞こえてくる。

 装甲車から、エンジンのかかる音がした。


〈とんでもなく視力がいいな〉

「……座席の下に隠れるまでそれほど時間はなかったはずなのに、見られているなんて」


 レッカーとユキがボソッと言う。


『子ども、そして若い女性は歓迎しましょう。私の理想の街づくりには必要ですから』


 レッカーと装甲車が鉢合わせした瞬間は、装甲車から敵意が発せられていたが、マオとユキの存在を知った後、ピリピリとしたその感情が相手から和らいでいっているのを、レッカーとユキは感じた。


〈何を言っているのか、さっぱり分からないが、俺はとりあえず対話を試みるべきだと思う〉

「わたしもそう思う」


 二人は意見をすり合わせた後、ユキだけ外に下りた。

 レッカーの正面をふさぐように立ち、まっすぐ装甲車を見る。

 そして、装甲車に向けて叫んだ。


「わたしはユキ! 後ろにいるのは、妹とクレーン車。観光に来たの!」


 すると装甲車がゆっくりと近づいてきた。

 どんどん距離が縮まり、ユキとの距離は五メートルほどになった。

 分厚い車体に体当たりされたらひとたまりもないため、レッカーは不安になって後ろに下がりたくなったが、ユキが一歩も引いていないため、彼女を置いて逃げるわけにもいかず、どうにかその場にとどまる。


『私の名前はティナ。見ての通り、軍用の装甲車です。運転手はいません。私一台です』


 ティナと名乗った装甲車は、穏やかな声色で言った。

 ユキは、たった今思いついたウソを話すことにした。


「わたしたち、運送業をしながら旅をしていて、大自然の景色や遺跡を見て回るのが好きなの。それで、この辺りにも、外界と隔絶された緑と水源豊かなところがあって、しかも人が昔住んでいた形跡も見られると知って、興味がわいて。もし、あなたが静かに過ごしたいと思っているのなら、ごめんなさい。わたしたちはすぐに出ていくわ」


 彼女の長い話を、ティナは黙って聞いていた。


『いえ、出ていかなくて結構です。私はあなたたちの滞在を歓迎します。私が敵意を向けるのは、私に無断でこの土地に立ち入ろうとする者のみ。あなたたちは最初に私に話しかけてくれました。とても嬉しいです』


 ティナはヘッドライトを点けたり消したりして、歓迎の意思を表した。


〈とりあえず、俺がペシャンコに潰される最悪の事態は回避できそうだ〉


 レッカーが緊張をほぐすように、ブルルと軽くエンジンをふかした。

 ユキのボディも、ティナに体当たりされたらタダでは済まないから、彼女は胸をなでおろした。


『どうぞこの街を見ていってください。私は監視業務があるので、案内することはできませんけれど』


 ユキもレッカーも、何と返事したらいいか分からず、数秒間沈黙が流れる。


「そ、そうなのね。じゃあ、わたしたちは色々見させてもらうわ」


 ユキが駆け足で戻ってきて、運転席に座ると、急いでギアを動かしてアクセルをふかし、すぐにその場を離れた。

 ティナの脇を通り抜けて、大きな池に沿うように走り、半分ほど行った所で、元の方角にハンドルを切った。

 池から二百メートルほど離れてから、ユキはバックミラーで背後を確認する。


「ついてきてないわ。ひとまず安心ね」


 面倒なことが去ったことに、ユキは一息ついた。


「ねー、あのおばさんの声の車、何て言ってたの? あの車がここを見張ってるの?」


 興味津々といった様子で、マオがハンドルを握るユキに尋ねる。


「よく分からないけど、話を聞く感じだと、見張っているようね」

「じゃあ、ここではあのおばさんの言う事を聞かないとダメってこと?」

「まあ、言うこと聞いて大人しくしていた方が、レッカーがペシャンコにされずに済むし」

「レッカーってそんなに弱かったっけ?」

「レッカーが弱いんじゃなくて、ティナが強すぎるの。あれは装甲車といって、銃弾すら跳ね返すほど強い車体なのよ」

「じゃあ、あのおばさんの悪口言ったらダメだね。気をつける」

「おばさんって言うのをやめたら、もっと安全になると思うけど。今度会ったら、ティナと呼んで」


 それからレッカーは数キロ走った。

 最初はもっと手前で停車して動画を撮影するつもりだったが、


〈念のため、もう少し走って離れてからにしたい〉


 と、レッカーが言ったので、ユキも同意した。

 ちょうど、別の集落跡が見えてきた。

 先ほど見た集落の住居と、造りは同じだったようで、同じ素材や部品があちこちに残されている。

 ユキはウインドーを全開にし、運転席の中から動画の撮影を始めた。

 数分経って、ユキが端末を自分のひざに置いた。


「静かなところね」

〈ああ、ここに昔、人が生活していたんだ。きっと穏やかな村だったろう〉

「そうかもしれない」

〈ここに宿場町をつくるということは、こういった住居跡も取り除かれるんだろうか〉

「……でしょうね。いえ、逆に観光スポットとして遺した方が、お金が動く予感がするわ」

〈なんかお前、一瞬目の色が変わったぞ〉

「そう?」


 ユキは端末を懐にしまった。

 それを見たマオが、


「もう動画撮り終わった? さっきの池で泳ぎたい!」


 と目を輝かせながら言った。


〈まあ、透明度の高い水だったから、真夏だったら気持ちよさそうだ〉


 レッカーが独り言を言う。


「もうすぐ夕方になるわ。水が冷たくなっているから、泳ぐのはダメ。靴下を脱いで入るくらいだったらいいけど」

「じゃあ、それで!」

「ただね、ティナがまだ池の前にいたら、あまりとどまりたくない」

「おばさんのこと? 怖いから?」

「まあ、その通り」


 レッカーが二人の会話に割って入る。


〈ちなみに、さっきこの壁の中に入ってきた時の入り口の他に、外に出られる所はあるのか?〉

「ないわ。人が一人やっと通れる穴は二か所あるそうだけど、レッカーが安全に通れるのは、一か所だけ」

〈そうか……。どっちみち、あの池に向かうしかないのか〉

「あと、そろそろ野営の準備を考えなくちゃいけないわ。壁の外だと砂嵐を避けられる壁も丘もなさそうだったから、できれば池の近くがいい」

〈分かった。俺が一晩中起きて警戒しているから、そこで休もう。それでいいか?〉

「ええ。そうしましょう」


 レッカーは方向転換すると、元来た方向へ走り出した。

4へ続きます。

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